<キール>
イリーナがルカと手を取り合って城を出たと聞いた時は、目の前が真っ暗になった。次期女王であることを自覚して、例えルカに恋をしても一時的なことで、行動に移すことはないだろうとたかを括っていた。しかし、一緒に城を出てしまうとは……。
ショックのあまり呆然としていると、父から言われた。
「婚約者に逃げられるとはな……。まぁ、起きてしまったことは仕方がない。真相はどうあれ、イリーナ様は次期女王であり、正式なお前の婚約者だ。密かに行方を探して、何事もなかったかのように連れ戻すのだ」
父は私の青い顔を見て、慰める様に肩を叩いた。
「案外、ルカとやらに石のありかを教えると言って、無理やり連れ去られたのかも知れないな。正体を知られて、酷い事になっていなければ良いが……」
私は父の言葉を最後まで聞かずに、イリーナを探しに飛び出した。
イリーナに怪我ひとつなく、無事であることがわかりホッとした。しかし、詳しい経緯を聞く暇がなかった。暇がないと言うより、怖くて聞くことができなかった。
イリーナは早速、昨日私が言ったことを実行した。女王に使った毒の種類をルカに聞いてのだ。だが、ルカは素っ気なく答えた。
「聞いても無駄だよ。解毒剤が手に入らない限り、女王は助からない」
イリーナは驚くべき行動に出た。ルカの短剣を鞘から抜き放ち、眺めるふりをして触れ、指先を切ったのだ。下手をしたら、自分が死ぬかもしれないのに……。
「痛っ!」
ルカが気づいた。
「イリーナ! 何してるんだ! 剣先は毒が塗ってあるんだ。すぐに薬を塗れば助かるとはいえ、もう剣には触らないで」
ルカは慌てて背負い袋から、水筒の水でイリーナの傷口を洗い、入れ物から出した薬をイリーナの傷口に塗り込んだ。イリーナが、私の方を見た。痛みで目の淵に涙が溜まっているのが見えた。涙のこぼれそうなイリーナを置いていくのは辛いが、チャンスは今しかない。ルカが必死でイリーナの手当てをしているうちに、入れ物を咥えて走った。
ルカから見えないところまで走ると、従来の大きさに戻った。その方が馬よりも早く走ることが出来るし、行手を遮る生き物はいなくなる。
フェオドラ様が襲われたと、早馬の知らせを受け、私はイリーナの匂いが森の方へ続いていたのを確認してから、近衛隊の宿舎に駆けつけ、隊に国境付近の森まで探索の手を伸ばすよう、言い、途中から単独行動をとった。隊には見つけても、後をつけるにとどめるよう申しつけておいた。
その為、すぐに近衛隊を見つけることが出来た。このまま行くと、隊はすぐにイリーナたちを見つけるだろう。
ルカに、もう一つの石のありかを案内させ、石を取り戻すまでは、出来る限り二人を捕らえない方がいい。ルカは一体どこに石を隠したのだろう?
解毒剤を近衛隊に渡すのに、一つ問題があった。
隊の前に狼の姿で現れることは出来ない。巨大な狼出現で、隊に狩られては堪らない。しかし、人に戻るには服が無かった。
ドナートが犬好きだった事を思い出し、仔狼になった。ちょこちょこと、ドナートの馬の前に出る。ドナートが私を認めると、馬から降りて近寄って来た。
「こんな所に、お前一人か? 母犬か飼い主はどうした? 何か咥えている?」
私は尻尾を振りながら、ドナートを振り返りながらとっとこ歩き出した。思惑通りドナートが後ろからついてくる。早くこの薬を渡さなければならないが、人に戻るには服が必要だ。他の隊員から引き離したあたりで、灌木の茂みに潜り込んで、ドナートを呼んだ。
「その声は、キール隊長?! 何処ですか?!」
「しっ! 静かに! 訳あって姿を見せることが出来ないが、陛下の為に解毒剤を手に入れたから、今すぐ、隊を連れて城に戻り、これを侍医に渡してくれ」
人型に戻って、薬の入った入れ物を灌木の茂みから手首だけ出して、見せた。無論、灌木の茂みの中で人型に戻った為、あちこち傷だらけになったが、そんな事には構っていられない。
「木に引っ掛かっているとかでしょうか? 今すぐ、お助けします!」
「いいから、一刻も早く、解毒剤を陛下に!!」
ドナートは躊躇っている。
「どうした? 早くしろ! 陛下のお命に関わる!」
「手首しか出ていない……。しかも、隊を連れて城に戻れとは……ひょっとしたら、森に住む悪魔かもしれない……」
仕方なく、肩が出ないよう気をつけて、灌木の間から頭を覗かせた。灌木の葉や小枝が髪や顔に付いている。
「隊長! 失礼しました」
「侍医が疑うなら、これも持っていって、一緒に渡すんだ。それから、弟に一式持って、このルートで行き着く国境付近に来るよう伝えてくれ。近衛隊は宿舎に戻り、待機。アキムの要請があったら出動してくれ」
私は我が家の紋章のついた指輪を一緒に渡した。
「これは確かに、ヴォルコフ公爵家の紋章。承りました、しかし、アキム殿にそんな漠然とした伝言で……」
「一刻も早く、行け!」




