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<イリーナ>

 ルカが驚いて私から手を離し、短剣を掴んで立ち上がった。振り向くと仔犬がいた。


「なんだ……仔犬か。野犬かと思った……」


ルカはホッとして、座り込んだ。私は真っ黒な仔犬に手を差し伸べた。


「イリーナ、仔犬だからって、手を出したら危ないよ!」


仔犬が膝に飛び乗って、頬を舐めてきた。


「可愛い!」


「随分、人懐こいね。飼い犬かな? 近くに人がいるかもしれないから、気をつけなくては」


ルカは、警戒して、しばらく周りを歩いたり、耳を澄ませた。しかし、飼い主や、親犬の気配はなかったようだ。

ルカはどうやら犬が苦手なようだったが、私が泣き止んで、嬉しそうに仔犬を抱いているのを見て、追い払おうとはしなかった。仔犬を抱いていると暖かいし、可愛い仕草に癒される。


「イリーナ、朝早く出れば、三日位で国境に着くから、もう眠ろう。寒いよね? 身を寄せ合って眠れば少しは温かいよ」


ルカが近寄ってきた途端に、仔犬がルカに向かって、牙を剥いて唸り出した。ルカがしっ、しっと言っても、仔犬は逃げるどころか、近寄るルカに噛みつこうとしている様に見えた。ルカは諦めたように、焚き火の向かい側に横になった。


火が爆ぜる音と揺らぐ炎は眠りを誘うようで、ルカの穏やかな寝息が聞こえてくる。仔犬を抱いて横になった。仔犬からは懐かしい匂いがした。

仔犬から顔中を舐められ、くすぐったさの余り思わず笑ってしまった。あまりに仔犬の仕草が可愛いので、ギュッと抱きしめると抗議するようにバタバタと脚を動かし、耳元まで伸び上がってきた。


「イリーナ」


聞こえるか聞こえないかの囁きを耳にした。驚いて抱いている仔犬をよく観察した。漆黒の毛並みと金色の瞳。


「兄様?」


仔犬は人の様に頷いた。


「無事で良かった。切り株や大木に匂いを残してくれたから、匂いをたどって来た。大丈夫、側にいるから安心してお眠り」


兄様は人型であっても、狼の時と同じ様に耳も鼻もきく。


幼い頃よく兄様とかくれんぼをし、必ず見つけられていた事を思い出して、疲れたふりをして切り株や大木に自分の匂いを残しておいた。兄様は思った通り、追って来てくれた。兄様が側にいてくれるだけで、安心出来た。


「何故、仔犬に?」


「仔犬じゃない。子狼だ。大きいと警戒される」


「イリーナ、どうかした?」


眠っていたルカが、不審そうな目で見ている。


「なんでもないわ。犬に名前を考えていたの。私、地下にいる間に独り言を言う癖がついてしまったみたい。この犬をキールと呼ぶ事に決めたの」


関心なさそうに、ルカは、ふーんと言って目を閉じた。


「お母様の容体は?」


「直接見ていないが、フェオドラ様は、昏睡状態だと聞いている。父の屋敷に早馬で知らせが来て知ったから、そのまま此処へ来た。何の毒を使ったのかルカから、聞き出してみて。聞きだせたら、私は一旦、城へ戻る」


「兄様、行かないで」


「また匂いを残しておいてくれれば、すぐに追いつく。追いついたら一緒に石を取り戻して、城に帰ろう。フェオドラ様ならわかってくれる」


「兄様が、いつもの大きさなら温かいのに……」


「そんなわがままを言わないで……」


仔狼の眉が下がった様に見えた。

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