<イリーナ>
兄様がそばにいるのが当たり前だった。今回のように一週間位は用事でいない事はあったけれど、いつも側にいてくれた。兄様の側が世界で一番安心できる場所で、一緒にいることは当たり前。
それは好き、と言う事だったのだろうか? 好きか嫌いかと訊かれれば、好き……。それは物語の中に出てくる「愛」や「恋」とはどう違うの?
でも、兄様は私が国を追われたら、相手になんてしなくなるのだろうか……。安心できる場所を捨てて、信頼を裏切ってしまったことに気づいて、泣きたくなってきた。
小さい頃から、二人は大きくなったら結婚するのだと言われていた。兄様と結婚する事に疑問を抱いたことなど無かった。
ルカに、ドキドキしてしまったのは、ルカの見つめる眼差しが新鮮だったから。絵画で見る天使のような金色の巻き毛と、澄んだ青い瞳に魅せられてしまったから。ただそれだけだった。兄様以外の人と結婚して一緒に暮らすなんて考えてもみなかった。
地下からやっと出て、人前に出ることを許されたばかりで気が緩んでしまったのがいけなかったのだろうか。お母様だって、私が難しい問題を解けた時、喜びのあまりボリスの手をとった事があった。誰にだって、気が緩む事はあると思うのに。
でも、もし、あの時、毎日の様に兄様が来てくれていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
ルカが焚き火の用意をしていた。
「今夜は、野宿になるよ」
そう言って、二枚あるうちの毛布の一枚を渡してくれた。地下牢から出て、やっと人前に出る事を許されたのに、こんな事になるなんて思っても見なかった。母様が無事なのか、心配だった。兄様に会いたかった。今までルカにドキドキしていたのは、何かの間違いだったのではないかと思う程、ルカに対して心がひんやりとした。今すぐ帰りたい……。
涙が止まらないのは焚き火の煙のせいだろうか。焚き火を絶やさないように起きていたルカが、気がついて私を抱きしめた。
「イリーナ泣かないで。イリーナのためなら、何でもしてあげる。泣いていても綺麗だけれど、笑っている時の方が素敵だよ」
兄様がよくする様に、ルカに髪を撫でられ少し落ち着いた。ただ、ルカに抱きしめられ、髪を同じように撫でられても、兄様にされた時と同じ様に安心することは出来なかった。
と、ルカに手でそっと顔を挟まれた。私は拒否する様に顔を背けた。それでも、ルカの力には逆らえなかった。
「やめて!」
城を出ても私に自由はなかった。結局、ルカと言う地下室に閉じ込められただけだ。一つしかない指輪を持って、いつ魔物になってしまうか怯えながら、暮らしていかなければならない……。他に、道はない様に思え、抗うのを諦めようかと思っていた時に、後ろから、わん!と吠える声が聞こえた。




