第七話
メイドが人数分の紅茶を持って来る。 明るい水色でこの紅茶が、ルードの頼んだディンブーだろう。
少し口に含むと、芳醇な香りと爽快感を感じられる程良い渋みが広がった。 今まで飲んでいた紅茶が霞む程、素晴らしい。
メニューに持ち帰りが出来るものがないかと、メニューを開く。
紅茶
ディンブー百グラム 銀貨一枚と大銅貨四枚
百グラムで、千四百ヴァル? この美味しさで?!
私はディンブーを購入して帰ることを決めた。
店内の雰囲気やメニューについて話していると、料理が運ばれて来た。
ショートケーキ、サンドイッチ、オムライス。 私のピザが来ない。
一分も経たないうちに、ピザを載せた大皿がテーブルへ置かれた。 薄い生地の上に、具が載っていて彩りが良い。
各々が口に料理を運ぶ。
咀嚼すればする程に、予想以上の味が口いっぱいに広がったらしい。
ジェイダのオムライスが何かは、わからなかった。
フェーネのショートケーキは、フォークが沈み込むのを見れば柔らかいことは一目瞭然。 柔らかい何かと白いのが層になっている。
ロナリアはサンドイッチを、上品にーー
食べていない。 手づかみで食べてる!
私の頼んだピザは、食べた時の記憶がない。 いつの間にかなくなっていた。 一枚を切り分けて八切れあったはずが、一切れも残っていない。
満腹感があることから、食べたことはわかるのだが、味が思い出せない。
「母上、もう食べたんですか」
「ええ、食べたのはわかるんだけど、味が思い出せないの。 それで、そちらの方は?」
ルードの後ろに、ジェイダくらいの年齢の青年が立っていた。
「初めまして。 カフェシュクルのマスターをしてます。 ハルトと言います。 ルードくんと話をしていました」
「マスターの光るセンスに心を奪われたのですね」
「メルナ、うるさいよ」
青年はここの店主らしい。
どうやらこの店では店主をマスターと呼んでいるそうだ。
「初めまして、ルードの母でメリベルと言います」
「聞きたいことが三つ程あるのですが、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「一つ目に、ルードはこの店で働くと言ってますが、防犯面は大丈夫でしょうか」
「この店を覆うように魔法による永続結界を施しています。 悪意ある者は店内に入ることは出来ません。 ですので防犯面は大丈夫です」
サラッと凄いことを言う。
魔法による永続結界? そんなものが存在するの?
私の疑問を感じとったのか、実践してくれた。
「ここに、トマトがあります。 確認してもらっても?」
「……確かにトマトね」
「ではこれに、永続結界の物理と悪意を施します……はい、出来ました」
確かに、トマトの周りがうっすらと、光っている。
「では隣の席の男性にこのトマトを、力いっぱい床に投げつけて貰います。 遠慮なく床にめり込ませる勢いでやって下さい」
トマトを受け取ったジェイダは、床に投げつけた。
しかし、トマトは潰れることなくむしろ、跳ねて天井に当たる。 私は開いた口が塞がらないでいた。 トマトを投げたジェイダでさえ、目を見開いている。
床に転がるトマトを持ち、皿に置き包丁で切ると、瑞々しいトマトに変わりなかった。
「とまあ、こうなります。 何で、店内にいる限りは心配ありません」
「で、では二つ目です。 この店の料理の値段はもっと高くても良いと思います。 三倍程高くても良いでしょう。 何故こんなにも安いのですか?」
「まず、この店は平民エリアと貴族エリアの境目にあります。 裏通りということもあって、人は中々来ないでしょう。 そんな所に貴族が来店するとはあまり思えません」
「それに、売り上げを伸ばすなら大通りに店を出しています。 僕の目的とは違うので裏通りでも良かったんです。 これは料理の値段とも関係します。 僕の目的は在庫処分です。 食材は新鮮なんですが、量が多くて困ってるんです」
「商業ギルドへ売ることも考えましたが、催促された時のことを思い、止めました」
なるほど、在庫処分ね。 新鮮だけど多いから使ってしまおうということね。
「最後になるんだけど、ディンブーを購入して帰りたいので、用意して貰えるかしら」
「グラムは?」
「特別な入れ方とかあるの?」
「ストーレートで飲むなら、お湯は九十度くらいが良いと思います」
「では三百グラム頂けるかしら。 先に渡しておくわ、四千二百ヴァル」
「はい、丁度ですね。 少しお待ち下さい」
計算が早いのね。 渡して少し見ただけで判断がつくなんて、平民とは思えないわ。
マスターが去って、ルードが話しかけて来る。
「マスター鑑定が使えるから、あっさりバレちゃった」
「通う時に馬車で来ると、王家だってわかるわ。 どうするの?」
「大丈夫! 見てて」
ルードが小指にはめている指輪に魔力を流すと、一瞬でルードではない少年の姿に変わった。 髪は銀髪から、平民に多い赤茶色に変わっている。
「ルード……よね?」
ロナリアが尋ねると、「そうだよ」と少し低い声が返ってきた。 少し低いとは言っても、普通くらいだ。
元の姿に戻ったルードが話す。
「王家だから他の人にバレたらどうしようって、話したら作ってくれたんだ。 僕専用の変装指輪!」
嬉しそうに話すルードに私達は唖然とする。
この店に来てから、驚いてばかりいる。
「マスターは一体何者なんだ……」と、ジェイダが呟いている。
ルードはルーカスに頼まれていた、パンの持ち帰りを選んだ。
食パンというのを二斤とジャムというのを選んでいた。
お会計をしてディンブー、パン、ジャムを受け取り馬車に乗り込む。
私達は帰りの馬車で大いに盛り上がった。
個人的に、ハルトとメルナのやり取りが好きです。
メルナの入店挨拶や呟きに対しての、ハルトの呼び出しが、現実にあったら楽しいかなと思って書いてます。
微笑ましい仲の良い二人みたいな……。