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51 : DAY45 財務卿の異変と元ギルドマスターの転落

 

「ぐふふ……良いぞ。 ワシの考えた世界武術大会は最高に盛り上がっておる!」


 くいっ!


 大会主催者であるゲースゥ卿は、グラスになみなみと注いだワインを一飲みすると、満足の吐息をつく。

 今宵の酒はグランリーゼの70年物……ボトル1本で一般的な家が建つほどの最高級品である。


 ここは王立競技場に隣接する運営棟最上階にあるゲースゥ卿の私室。

 決勝戦を前に記者会見を終えたゲースゥ卿は優雅な晩酌を楽しんでいた。


「あの……それが」


 羨ましいがそんなことをしている場合では……とでも言いたげな表情を受かぺるパトリック。

 その微妙な変化を見逃す卿ではない。


「……どうしたパトリック? 気になることがあるなら言ってみよ」


「は、はっ!」


 ギラリと卿の右眼が怪しげな光を放つ。

 酒精の影響だけとは思えない底知れぬ眼光に、思わず鳥肌を立てるパトリック。


 最近の卿は何かおかしい……そう感じていても事務方のトップとして報告しないわけにはいかないのだ。

 膨大な事務作業を一手に引き受け、さらにやつれたパトリックは震える指で書類をめくる。


「”羽ばたく者たち”の敗退により、慈善クジのオッズに大きな偏りが生じ……クジの購入者から不満が出ております」

「さらに、クラウスのパーティが本部の推薦を受けて大会に参加したことがマスコミに露見し、八百長ではないかとの声が上がっております」


「この状態でクジの払戻率の変更を発表するのは、流石にマズいのではないかと……」


 どちらも本命ではないパーティが決勝に勝ち上がってきたのだ。

 優勝パーティを当てる単勝予想を含め、各種クジの結果は大荒れである。


 当初予測の3倍近い売り上げを叩き出したクジに気を良くしたゲースゥ卿は、より儲けを確保するため払い戻し率を下げることにしたのだ。


 パトリックとしては余計な事をしなくても分け前で借金を返せるのだ。

 それよりも批判の矢面に立ち、クジ購入者に憎まれることは避けたい。

 夜道を安心して歩けなくなるではないか!


 そう考えたパトリックは必死にゲースゥ卿を説得するのだが。


「……パトリックよ。 ワシの方針に異を唱えるのか?」



 ガシイッ!


「ひ、ひいっ!?」


 ゲースゥ卿の枯れ木のような右腕がパトリックの左肩を掴む。


 メキ……メキッ


 卿の指が肩に食い込み、イヤな音を立てる。


(馬鹿な! ゲースゥ卿の細腕のどこにこんな力が!?)


 腐っても中堅ギルドのギルドマスターだったのだ。

 ある程度は身体を鍛えていたし、冒険に出たこともある。

 戦闘では素人であるゲースゥ卿に自分がダメージを食らう事など……!



「パトリックよ、次はないぞ……!」


「ひ、ひいっ!?」


 ドサッ!


 自身の血で染まった右肩を押さえ、情けない悲鳴を上げるパトリック。



 ゴゴゴゴゴゴッ



 得体のしれない赤黒い瘴気をまとい仁王立ちするゲースゥ卿。



(異常だ……今の卿はおかしすぎる……!)



 恐怖で腰を抜かしたパトリックの胃がキリキリと痛む。

 自分はもう逃れられないところまで来ていた……パトリックの脳裏に絶望の二文字が浮かぶ。


(あ、あとはクレイ……お前だけが頼りだ……)


 念のため親族を通じ、クレイのパーティに大金を掛けているのだ。

 奴さえ優勝すれば借金を返せる。

 契約違反になるのなら追加の手切れ金を払っても良い!!



 あれだけ邪険にしていたのにも関わらず、今更クレイに縋りつくパトリック。

 彼の一縷の望みは二日後……無惨にも散る事になる。


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