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結局またここに来てしまった。
小鳥のさえずりと木の葉の擦れる音に包まれて座っていると、乱れた自分の心と静かに向き合うことができる。
男女の友情なんて存在しない――ここまでリアルにそれを感じたのは初めてかもしれない。
いくら性別の壁を忘れようとしても、あの子と2人きりになった途端に変に意識してしまうのは、男の性で片付けるしかないのか?
もしそうだとしたら、仮に俺の方は良くても、星七さんに嫌な思いをさせてしまうことになる。
勇気を出して友達になろうと言ってくれたのに、俺のこの体質のせいで……。
「星七さん、ごめん……やっぱり俺は君と友達には……」
「なれますよ」
えっ?
この清らかな声。聞き覚えがある。
でも俺は30分以上も1人でこのベンチに座っていたはずだ。
「私には分かるんです。陽己くんは私と、絶対に仲良くなれます」
夕日が逆光になってぼんやりと、隣に座っている女の子の影が見える。白銀の髪が、夕暮れ色に染まりゆく滑らかなグラデーションを作っている。
「星七さん?」
「こんにちは、陽己さん。あっ、もうこんばんはでしたね? ふふふっ」
「いつの間にそこに?」
「もう何十分も」
意地悪く浮かべている笑みから、どこか優しさまで感じられる。
すぐにでもまた逃げ出したいが……ここはもう行き止まり。
「私に気づかないなんて……何か深い考え事でもしてたんですか?」
「いや、その……」
うっ……本人の目の前でそんなこと言えるかよ。
「例えば、今日の夜ご飯なんだろなーとか」
なんだそれ、軽いな……でも使えるかも。
「そっ、そうだよ。多分カレーかなー?」
「そうなんですね……ふふっ。陽己さんと一緒にいると、私なんだか」
「ストップ! それ以上は言わなくていい!」
「えっ……?」
俺が慌てて腕を伸ばしたのを見て、星七さんはちょっと焦っている。失敗した感がものすごい。
「ご、ごめん……なんというかその……そういうのは無理なんだ。もっとたわいのない会話だったら何とかなるかもしれないけど……」
「充分たわいないですよ?」
「そうかな……? 俺こういうの慣れてないから……」
「ふふっ……陽己さんって、やっぱり私に似てますね」
「えっ?」
こんな可愛いトップアイドルみたいな子が、こんな情けなくて異性に相手にされない男と似ている? 何かの間違いだろう。
「私、怖いんです。こう見えて。異性と仲良くなるのが」
なんだそれ? 正に俺の性質。俺の方から言いたいことだ。もしかして遠回しにバカにしてる?
「嘘だ……」
「ほんとですよ! だから分かってください。私がどれだけ勇気をもって陽己さんにあの言葉を伝えたか」
あの言葉――もう何度頭の中で繰り返したかわからない。
『私、あなたのことが気になるんです! ……だから、お友達になってくれませんか?』
何度も繰り返したはずなのに、今が一番重く頭に響く……。
「ごめん……」
「分かってくれたならいいんです。じゃあ、陽己さん、今度こそ」
「あぁ、俺と友達になってくれ」
「……ありがとうございます!」
終わった。
これで良かったのかは分からない。だけど1つ、悩みの種が消えたと言っていい。
またここから新たな種が生まれることもあるかもしれないが、そんなの今考えても仕方ない。
俺にできることは、彼女の友達という立ち位置を徹底することだ。それがお互い一番いいに違いない。
気づけばもう真っ暗だ。思った以上に時間が経っていた。高校生はもう家でのんびりしている時間だ。
「俺のせいでこんな時間になっちゃったな……お詫びになんかジュースでも買ってくるよ」
「えっ!? そっそっそんな奢りなんていいですよ! 彼氏じゃないんですから!」
えっ、ここそんな手をバタバタさせて恥ずかしがるとこか?
はっきり顔が赤くなってしまっているのが街灯の心細い明かりだけでも分かる。
異性と仲良くなるのが怖い――星七さんもまた恋愛恐怖症なんだ。俺よりは異性慣れしてるみたいだけど、すぐに追いついてやるさ!
「友達でもたまにはジュースくらい奢るだろ」
「意外ですね……」
「ん?」
「なんでもない! 独り言です!」
「ま、いいや、買ってくるよ」
変な空気にならないようにあっさりと言い残して、缶ジュースを手に戻ってきた時、
「えっ……?」
公園に星七さんの姿はなかった。