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一夜明けると、俺の心はいつきが丘大公園に引きこもっていた時とは一変していた。
迷う必要なんて最初からなかった。素直に彼女の友達になってあげよう。
「男女の友情など存在しない」――この言葉が正しいのは間違いない。友情と愛情の区別なんて、言葉の上ではできても本能がそれを許さないのだ。
だがそれは相手を異性だと思って接している場合に限る。
性別なんて忘れればいい。普通の男なら難しいかもしれないが、恋愛恐怖症がかえってアドバンテージになる。
――と意気込んで朝の席に着いたはいいが、肝心の彼女の名前をまだ知らないことに気づき、1人薄ら笑いを浮かべてしまう。
「何ニヤニヤしてんだ?」
隣の席から三神が顔を覗かせる。相変わらず見た目だけはかっこいい。見た目だけは。
「あ、いや……自分に呆れてただけだよ」
「隠さなくてもいいぞ生瀬。登校中に可愛い子でも見たんだろ」
「そうじゃないっての! 確かにうちの高校は割と可愛い子多いけどさ」
「はぁ~? お前正気かよ。見渡してみろよ! 老い先短いばーさんばっかじゃねぇか!」
「お前の中では日本人の平均寿命は20歳前後なのか?」
今日も三神は、朝っぱらから全ての女子を敵に回す凶器を振り回している。気のせいか周囲の空気が重たくなったような……これじゃあ俺まで巻き込まれてしまう。
「聞きそびれたんだよ、彼女の名前。知ってるか? 少なくとも俺よりは女の子に詳しいだろ?」
三神に彼女の特徴を伝えると、やはりすぐぴんと来たようで、
「あぁ~、この春から転校してきた両羽星七のことだったのか。隣のクラスの。昨日話を聞いた時から、何となく予想はついてたけどな」
「ん? 彼女について何か知ってるのか?」
「あっいや、大したことじゃないよ。少しだけ話したことがあるんだ。確かに16歳にしては可愛いよな。美熟女って感じで」
16歳の美熟女……俺の辞書にそんな文字はない。
やはり三神は(普通にしてさえいれば)モテるので彼女とも多少の人間関係がすでにあるらしい。
「あっ三神くんおはよー!」
「あぁ、伊藤さん! 吹奏楽部の! おはよう!」
心では蔑んでいても態度には出さない。三神のいいところではあるが、何人の女子がそれで涙を流したか……。
♢♢♢
いよいよ覚悟を決める時。
短い休み時間に話しても変なところで終わってしまうかもしれないので、彼女がやってたみたいに放課後の体育館裏で伝えることにした。
三神に呼んでおいてもらったのでそろそろだろう。俺の人間関係の問題に尽くしてくれるなんて、なんと良い奴だ。ロリコンでさえなければ……。
「お待たせです。陽己くんですよね」
き、きたっ!
背中で透き通った柔らかい声が聞こえ、安定していた鼓動が途端に速くなるのがわかった。落ち着け俺、相手は三神と同じただの同級生だ……!
「は、はい……今日は一日よろしくお願いします……」
よろしくってなんだよ! なんでお見合い開始時みたいになってんだよ!?
「そそそそれでは、始めましょうか……!」
「はいっ……あっ、お茶を準備してもらうのを忘れてしまいましたが、大丈夫ですか……?」
いやそこ、乗らなくていいから!
俺の緊張に釣られたのか、星七さんまで肩をちぢ込めて突っ立ってしまっている。
これじゃあ友達になるどころじゃない。何か面白いことでも言って場を和ませないと……。
「俺昨日、光が丘大公園で一休みしてたんですよ。そしたら……」
「そしたら……?」
「…………」
「…………」
無理だこれ!!
何かアドリブを効かせようと思っていたが、浮かんでくるのは例の事案男だけだった。またあいつに流れを邪魔された!
「……ごめん、何も考えてなかった!」
「……ぷっ!」
えっ? ……笑った?
「あはははは! 陽己くんって面白いんですね! もっと真面目な方だと思っていたのに!」
笑ってくれた。俺の話に、心から笑ってくれている。
女の子を楽しませたのなんて何年ぶりだろう。ひょっとしたら人生で初めてじゃないか?
星七さんはぷっくりと柔らかそうな涙袋を拭いながら、
「こんな人と今日から友達になれるなんて、私嬉しいです!」
「いや、その……俺は……」
「これから一緒に勉強とか、昼休みにお弁当食べたりとか、いろんなことしましょうね!」
愛想笑いじゃないことは俺にも分かった。これから始まる新生活のようなものに向けて、目をキラキラさせている。
その期待に俺は答えることができるのか――
「違うっ……!」
――可愛いと思ってしまったら終わりだ。
「陽己さんっ、どこ行くんですか!?」
♢♢♢
そして俺はまた、いつきが丘大公園のベンチに一人。