1 緑のあんちくしょう
◆
「………っ!!」
ハッとして目が覚めた俺はうつ伏せの体勢から、腕に力を込め上半身を起こし辺りを見回す。
「……えっ……俺……生きて……る?」
なんで?
あんなに体中を駆け巡ってた痛みは、もう落ち着いたのか、今は全く痛くない……
全身を炎に包まれて、奇跡的に死ななかった?
そんな事あるのか?
というか、あれは現実だったのか?
とりあえず現状を確認する為、立ち上がり辺りを見回す。
ぱっと見たところ意識を失う前に居た洞窟の中の記憶と現在いる場所は一致するみたいだ。
違う所は……
……台座の上に有った玉が消えてる?
なんで?
誰かが、持ち去った?
触った瞬間全身を焼かれるのに?
どうやって?
それか、やはり第三者が居て俺に火を放ったあと、俺が倒れるのを待ち玉を持ち去った?
……なんか、そっちの方が、しっくりくるな……
触れた瞬間に触れた者を瞬時に燃え上がらせる玉なんて、聞いた事無いもんな……
しかし、助かったとはいえ全身大火傷は免れないよな……
皆と合流して、緊急連絡したら、病院に直行だな……
俺の身体、病院までもつのか……………ん?
なんで俺は今、普通に動けてるんだ!?
普通、全身大火傷っていえば、身動き出来ないよな?
俺は、自身の体におきている異変に疑問を抱きながら恐る恐る自らの手を見てみた。
「……えっ!? なん……で?」
火傷が……無い……?
なんで? あの時、俺は確かに燃えてたはず…… 全身に駆け巡ってた激痛がそ…の……証…拠?
……え……まさか……幻……?
そんなはずは……
俺は、動揺しながらも全身をくまなく見てみるが、身体の何処にも火傷はおろか、かすり傷すらない。
全身の体毛も健在だ。
髪の毛はもちろんの事、下も無事な事に安堵する。
この歳で、無毛はちょっと恥ずかしいしな……
今も下を見れば、そこには黒々と輝く黒きジャングルが確認出来……………ん?
なんで、ただ下を見るだけで黒きジャングルが確認出きるんだ?
あれ!? 俺、服着てないじゃん!?
っていうか全裸!?
なんで!?
……燃えた?
……服だけ?
……そんな事って、あり得るの?
漫画や、ファンタジーの世界じゃあるまいし……
……ははっ………
………何か身を隠せるような物は………
……此処には、無いか……
さっき充分に見て回った時、何も無かったしな……
仕方ない外に出て、とりあえず木の葉で、相棒を隠しつつ、女性陣に気づかれないように、トモヤかシンジを呼んで協力を仰ぐか……
「あれ?」
俺は踵を返し洞窟から出ようとしたのだが、背後にあると思っていた洞窟の入口が何故か見当たらない。
はて? 俺の思い違いだったか?
再度、俺は踵を返し反対側の壁を見る。
しかし、反対側の壁にも入口は無い……
……あれ?
……俺……もしかして、閉じ込められた?
えっ……マジで………
……これって……不味くね?
………全裸で、洞窟に閉じ込められたとか、洒落にもならないぞ!?
どうする、どうする、どうする、どうする……
……どうするって、脱出するしか無いだろ!?
とりあえず、崩れた入口の場所を特定しな……
えっ? 何か後ろに居る?
恐らく崩れたであろう洞窟の入口を探すべく行動を開始しようとしたのだが、何故か妙に背後から何かの気配を感じた俺は、恐る恐る背後を確認するため、後ろを振り向くと……
「――っ!?」
そこには、子供くらいの大きさの緑色の肌をした二足で立つ人形の生物がいた。
緑の生物は腰にボロ布を巻いているだけで他には何も身につけておらず、こちらを睨みつけるように見ているだけで全く動かない。
何だあれ? あんな生き物見たことないぞ? 未確認生物?
いや……見たことなるな……現実世界ではなく
物語やゲームの世界では、わりとポピュラーな奴だ。
『ゴブリン』
そう、あの生物の特徴はゴブリンと類似している。
しかし、ゴブリンが実在するなんて聞いた事ないぞ?
あれ? 俺、まだ夢でも見てるのか?
それにしては、いやにリアルだな……
身体も風通しが良すぎてスースーどころか、むしろ寒い……
あぁ… あいつボロいけど、腰に布巻いてるな……
何も無いよりかはマシかな……
布、余ってないかな……
『…ギギッ……ニン……ゲ…ン……』
しゃっ、喋ったぁぁ――!?
こ、これは、あれなのか!?
意志疎通が出来るのか!?
よ――し、落ち着け俺。
まずは、挨拶からだ。
「こ、こんにちは……」
…
……
………
あれっ? 反応が無いぞ?
「………ゲ………ロ………ス……」
ん? 『ゲロス』?
……『ゲロス』とは、何ぞや?
ゴブリン語?……いや、さっき人間って言ってたしな……
いや、待てよ。 そもそも『ニンゲン』って単語自体が、ゴブリン語で別の意味があると考えれば……
「ニン……ゲン……」
ほら、また『ニンゲン』って!!
これは、あれだな。 ゴブリン語で、挨拶的な意味だよ絶対!!
いや、待てよ…… じゃあ『ゲロス』の意味は何だ?
「コロ……ス……」
あれ? 新しい単語が出てきたぞ? 今度は『コロス』か……
『ゲロス』と『コロス』、一文字違いだが一体どんな意味が……
「ニン……ゲン……コロ……ス………」
おいおいおいおい、まだ単語すら解読出来立て無いのに、単語を繋げてきただと!?
『ニンゲンコロス』か……
『ゲロス』は、使わないのかな?
とりあえず、俺の知ってる言葉的には、かなり物騒な言葉だが、挨拶的な意味があるとすれば、俺も挨拶するべきなのだが、ゴブリン語はまだ全然意味がわからないしな……
ここは無難にあいつの言葉を復唱するのが好ましいかな?
どうせ意味もさっぱりわからないしな……
無難に復唱かな……
「グギャギャギャギヤ」
………うん………これ、絶対に言葉じゃ無いわ………
てか、こっちに飛び掛かってきたし……
……これは、受け止めてハグすべきなのか?
ゴブリンの外見は、小柄な体躯に緑色の肌、顔は醜悪で一般的に知られているゴブリンと大差は無い。
かなりの抵抗はあるが、我慢出来ない事は無いと思う。
まずは、友好的にこちらに敵意が無い事をわかってもらう為、優しく受け止め、ハグすべきだろう。
そう結論付けた俺は、間近まで迫ったゴブリンに両手を広げ満面の笑みで迎える。
「グギャギャギャ」
目を血走らせ、雄叫びに近い叫びを上げながら飛び掛かってきているゴブリンの姿は、まるで獲物に襲いかかる獣のようだ。
俺は、今にも逃げ出したくなるような気持ちを無理やり抑え込みゴブリンを優しく受け止めるべく、眼前に迫ったゴブリン両手を掴み、腹部に曲げた足を添え、勢いを殺さぬよう真後ろに倒れこみながら曲げた膝を勢いよく伸ばし、掴んでいたゴブリンの両手を離す。
そうすればゴブリンは自らが飛び掛かってきた勢いに俺の巴投げ擬きの勢いが上乗せされ、激しく真後ろの壁に激突した。
………あっ………
やっちまったぁ――!!
中学の時、柔道の授業で習った、ともえ投げにハマった友達達と、ことあるごとに技の掛け合いしていた時の癖が出ちまったぁ――!!
……あいつ、大丈夫か?
結構、凄い勢いで壁に激突したぞ……
これでは、友好的な関係……いや……もう、現実逃避は止そう。
物語次第では、ゴブリンと友好的関係を築くものもあるが、奴は明らかに殺意をもって襲い掛かってきた……
友好的な関係など到底築けるわけがない。
そこにあるのは、喰うか喰われるかの弱肉強食の世界………
あの勢いで壁に激突したんだ……致命傷にならずとも暫くの間は動けまい。
ならば俺のやるべき行動は、殺られる前に殺れだ!!
殺すのには抵抗があるから、動けなくなるくらいに痛めつけるくらいで良いか……
……そうだなぁ―― あぁ…関節でも外すか……
幸い柔道の授業で関節技も習った事だし。
しかし、上手くやれるかは別問題。
んじゃ、ゴブリンをサクサクっと無力化して、ついでに腰巻きを剥ぎ取って、消えた洞窟の入口を探しますかね。
今後の大まかな行動指針を決めた俺はゴブリンに近づき、関節技を決めようとしたのだが、ゴブリンの様子に違和感を感じる。
あれ……こいつ……息してなくない?
脈は……無い………ん?
あれ? もしかして、俺……殺っちゃった?
てか、そもそもゴブリンって脈とか呼吸とかあるのか?
ん――、考えても、わからないな……
とりあえず、足だけでもやっとくか……
急に復活されても困るし。
ゴブリンの両足を破壊し終えた俺は、そのままゴブリンの腰巻きを奪い自らの腰に巻き付ける。
腰巻きを奪い埋まったであろう入口が何処にあるのか調べるのに、まずは目の前の壁を探ろうとしたところで、背後……俺の調べようとした壁の反対側から、ガラガラガラと壁が崩れたかのような音がした。
背後を振り返れば、そこには人が4人くらい横に並んでも充分余裕で通れそうな幅の通路が出来ていた。
とりあえず俺は、その通路を見なかった事にして目の前の壁をくまなく調べる……
俺は、洞窟から脱出したいのであって、さらに奥に進みたいわけではないのだ。
◆
……あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか……
通路以外の壁は全て調べつくした。
結論から言えば、全ての壁は一枚岩の如く繋ぎ目すら無かった。
そして、いつの間にか俺が倒したはずのゴブリンは跡形もなく消えていた。
まるで、洞窟に吸収されたかのように……
そして俺は、ある1つの疑問が思い浮かぶ……
此処は本当に現実世界なのか? と……
地球にゴブリンが実在したなど聞いた事も無いし、死体が勝手に消えるなんて、地球ではありえない。
塞がった入口が跡形もなく消えるのもそうだし、触れるだけで接触したものを炎上させる玉も……
では、此処は一体何処なのか……
明確な答えなど見つからないが、ある1つの仮説が俺の脳裏によぎる……
これ………異世界転移じゃね?
そう、よくラノベ等で題材にされる、アレだ。
俺も好きで、良く読んでいたが、まさか自らの身におきるとは……
って事は、チーレムか? チーレムなのか!?
俺、Tueeeeeeなのか!!?
チーレム無双なのかぁぁぁ!!
……ふぅ……落ち着け、俺……
まずは能力の確認だ!!
やはり、異世界といえば魔法!!
魔法といえば、火球!!
火球といえば、魔法の基本で一般的に初級魔法として知られている。
そんなファイアーボールは、どんなラノベも、だいたい一番最初に唱える事が多い。
ならば、俺もそれに倣って唱えようではないか!!
これで、何かしらの魔法が出れば、異世界転移が確定して、さらには、今居るこの洞窟もダンジョンという可能性が出てくる。
そうすれば、奥に進むしかないこの洞窟も奥に進む事で脱出出来る可能性が出てくるって訳だ。
だが、1つ問題がある。
その問題とは、ズバリ詠唱だ!!
詠唱が必要な場合、その詠唱を知る術が今の俺にはない……
それになにより詠唱の内容次第では、俺の精神が耐えられない場合がある。
まぁ、色々悩んだところで現状出来るのは、魔法名を唱えるくらいしか出来ないわけなんだがな……
さて、考えまも纏まった事だし早速試してみたいところだが、何処に撃つかな……
通路は……魔法が成功した場合、威力が凄すぎて破壊しちゃったら通れなくなるから、却下だな……
ならば、反対側の壁……恐らくこの洞窟の入口があったであろう壁付近にするか。
もしかしたら、壁が壊れて脱出出来るかもしれないし……
俺は未知なる魔法へ淡い期待を込めつつ、通路とは反対側の壁に右手を向け火球をイメージしながら魔法名を唱…え……あ…魔法名は……まぁ、最初は『ファイアーボール』で良いか……唱えた。
「ファイアァァーボォォールッ――!!」
◆