07 恋心
とある休日、中道さんと待ち合わせていた俺は、彼女の所属するバンドのメンバーと会うことになった。
これはある意味で彼女とのデート、ある意味では彼女の両親への挨拶のようなものなのだ。……などと、見当違いに意気込んでいた俺は考え得る精一杯のおしゃれをしていった。
言うまでもなく、当時の俺はダサかった。ことファッションに関しては無頓着な以上、ひょっとしたら今の俺もダサさは変わらないかもしれないが、当時はもっとひどかった。
金もない、センスもない、おまけに一人で服屋に行く度胸もない。
中学時代には引きこもりだったこともあって、俺は普段から親が選んで買ってきてくれた服を着ることにしていた。けれどそれは家族の優しさか、決まって外では目立たないような地味な服だった。そしてそれをナイスなセンスと決め付けて、どこへ行くにも俺は好き好んで着用していたのだ。
はっきり言ってしまえば、高校生の俺には制服以外に勝負服なんてものがなかった。それでもまぁ、当時はそれなりに決めていたつもりだったのである。我ながら滑稽な話だ。
「ああ、こっちこっち! みんな待ってるよ~」
約束の場所に到着すると、先に待っていた中道さんは右手を上げて大きく振っていた。嬉しくなった俺も小さく胸元で手を振り返そうとして、男がそんなことやっても気持ち悪いだけだと気が付いてやめた。はしゃぐのは心の中だけにしておこうと思った。
ちょうど季節が春だったからだろうか、ともすれば肌色部分のほうが目立ちかねない薄着ではあったが、上下ともに淡いピンク色に統一してきたらしい彼女。当に散ったはずの桜が蘇ったのではないかと思えるほど、俺の目からは華やかで鮮やかで、なにより儚げな印象だった。
あえて言おう、可憐なる彼女に比べれば、おしゃれしたって俺は枯れ木に過ぎなかったと。
「ごめん、待たせちゃったかな? 俺の人生至上もっとも急いできたつもりだったけど」
「うんうん、じゃあこっち来て。みんなに紹介するから」
「お、お手柔らかにお願いします……」
それから俺が案内されたのは、実に一般的なファミレスだった。
もし彼女が陽気な顔をして俺を連れて行った先が、あまりに人通りの少ない路地裏とか、いかにも怪しい雰囲気のクラブとか、裏武闘会の特設リングとかだったらどうしようとか想像すると怖かったので、ばれないように俺はこっそり胸をなでおろしていた。
よく晴れた昼下がりの、しかも休日のファミレスだ。まだよく知らぬ彼らと出会ったところで、いきなり殴られるということもあるまい。
むしろ俺はバンドのみんなで和気あいあいと食事でも楽しめるんじゃないかと、わくわく気分で期待してしまうのだった。どうせ頼むなら特盛りのパフェにしようと思うくらい、俺の頭は単純だったのだ。
「こちら、私が言ってた作詞家の人。同じ高校なんだよ」
「ちょ、中道さん、そんな紹介しないでよ、恥ずかしいよ」
作詞家も何も、俺はたかが新聞部の新入りである。
すごい人物であるかのように紹介されて、変に期待をもたれてしまっては困る。なにしろ実際には努力も才能も不足しているのだ。あまりに信頼されてしまうと、それはそれで後々苦しいことになりそうで不安だった。
「そう? だったら後は自分で言う? はい」
とんと背中を押され、彼らの視線が集まった。のどがカラカラになった気がした俺はつばを飲む。
「あ、うん。……えっと、はじめまして、俺は吉永という者で……」
などなど、少々たどたどしくはあったものの、総勢五人で一つのテーブルを囲んで、水を片手に俺は簡単な自己紹介を終わらせる。色々考えた上で、あの冬の日にバンドの演奏に感動したという話は伏せた。あれはどちらかというと中道さんに対しての感動であって、バンドそのものへの感動とはまた違うものだ。詳しく曲のことや演奏について尋ねられるとボロが出るかもしれない。
パッと見たバンドメンバー三人の印象は、右からイケメン、強面の不良、一般人だった。たしか三人とも大学生らしかったから、まだ高校一年生だった俺にはどうにも彼らが大人な感じがして、面と向かい合うだけでも緊張しっぱなしだった。
三人の真ん中に位置していた強面の男が、どっしりと座ったまま口を開く。
「……菅井だ。で、お前は本当に作詞ができるのかよ? ああんっ?」
ドスの利いた声は喧嘩腰に感じられたので俺は恐縮して、後ろに下がりたい気分で背筋を伸ばした。
「で、出来上がったものを見て、それで判断してください。ですが、もちろん駄目だったら別に捨ててくださっても構いません。こちらに文句なんてありませんし、悲しくもありません」
「……ったく、エミもなんでこんな小僧に頼るんだか。俺には理解できない」
菅井と名乗った強面の男性は、あからさまに顔をそむけると不愉快そうに舌打ちして、あえて俺にも聞こえるように大きな声で吐き捨てた。そのまま問答無用で殴りかかってくるのではないかと、俺の方は戦々恐々として小刻みに震えていたことは秘密だ。
不機嫌さを隠さない菅井さんとのやり取りで、初っ端から微妙に気まずくなってしまった空気を嫌ったのか、続けて隣に座っていた一般人風の男性が口を開く。あまり冴えない感じの印象だったので、あえて俺は身構えなかった。
「俺はエミの兄の孝之だ。学校で俺の妹に何を吹き込んでいるのか知らないが、手を出したら殺すぞ、てめぇ」
「はい、すみません。口までにしておきます」
「うるさい。俺には口答えもすんな。つーか俺はお前を認めねぇ」
中道さんの兄だという孝之さんの突き放した物言いに、もはや完全アウェーである俺は黙るしかなかった。取るに足りない小物じみた印象とは裏腹に、孝之さんは俺に対して殺意すら持っているようだったので、これまた萎縮して固まることしか出来なかったのだ。
しかし地味なのはお互い様だ。あまり口にしないほうがいい。
すっかり口を閉ざしてしまったことで俺が屈したとでも思ったのか、孝之さんは馬鹿みたいに偉そうな態度でふんぞり返っていた。見下されている、俺にはそんな気がした。
だが、威張っていた孝之さんに食って掛かったのは、その妹だった。中道さんである。
「兄さんは認めなくてもいいよ、私が選んだんだもん」
「はぁ、なんだよ? またお前は俺に歯向かいやがる気か? うるさいんだよ」
「な、そんな言い方ってないよ。そもそも兄さんは新曲のことなんか全然気にしてくれてないじゃん! 私が作詞を相談できるのなんて、ここには彼以外に誰もいないよ!」
「だからって、こんなガキに頼ることねぇだろ!」
ここがファミレスということも忘れて、すっかりヒートアップしてしまう二人。喧嘩するなら外で、いや兄妹なんだから家でやれ……とその場の誰もが思ったことだろうが、もちろん俺は口にしなかった。
中道さんには嫌われたくなかったから、というのが一番の理由だ。
それにしても中道さん、てっきり彼女はおとなしい性格なのかと思っていたのだが、実の兄を相手にすると、はっきりものを言うらしい。意外といえば意外に違いないけれど、人見知りな俺だって、血のつながった家族が相手なら反抗期よろしく些細なことで口げんかになることも日常茶飯事だったのだ。
やっぱりそうだよなぁ、とか、どちらかというと俺は共感を持った。
その後も二人のにらみ合いが続き、いよいよ武力行使に打って出るのかと趨勢を眺めていたものの、その口喧嘩が激しい殴り合いに発展することはなかった。
「まぁ落ち着けよ、お前ら。周りの迷惑だぜ。一つ、俺からもいいか?」
最後に口を開いたのは、端に座っているイケメンだった。喧騒から一歩引いたように淡々とした静かな口調で、けれど言葉には確かな重みを持った、不思議と説得力のある語り方だった。
その場にいた全員が渋々ながらも黙り込んで、やっと聞く姿勢になったのを見渡して確認すると、そのイケメンは冷静に続けた。
「お前に特別の期待はしないが、かといって別に文句もない。俺はただ気持ちよくギターが弾ければいいんだ。新曲の作詞はお前とエミで完成させてくれ。無理に急ぐ必要もない」
こちらへと真っ直ぐ視線を向けられたので、真摯に答えるつもりで俺はイケメンにうなずいた。彼の穏やかな言葉を聞く限り、そして信用する限りにおいて、俺はむやみやたらに焦る必要もないんだと安心したのだ。
ところが彼の落ち着いた発言は、仲間には大変不服だったようである。
「岸村ぁ、お前がそんな態度だから……」
そうやっていかにも文句ありげに口を開いた菅井さんではあったが、その続きをはっきりと言い切ってしまう前に反撃を受ける。岸村ぁと呼ばれたイケメンが、颯爽と言い返したのだ。
「お前から見て俺がどんな態度に見えようが、いつだって俺は音楽と真正面から向き合っているつもりだ。では逆に聞くが、お前らはどうだ? どうせお前らは音楽を心から愛してはいない。いつも考えているのはバンドの居心地の良さと、商業的な成功のことばかりだ。呆れてくる」
この言い分に菅井さんは悔しそうな顔で唇を噛み締めたが、一方、二人の会話を隣で聞いていた孝之さんは苛立ちを隠せなかった。先ほどの喧嘩の余韻が冷めていないのだろう。にわかに激情すると立ち上がり、鋭い目で岸村さんをにらみつけた。
「どっちがバンドをしらけさせていると思っているんだよ!」
その叫び声はファミレスに響き渡った。とっさに俺は周囲をキョロキョロと見渡して、こちらに迷惑そうな顔を向けていた店員さんや他の客の皆様に頭を下げていた。そんなことをしていると痛感する、ここにいる自分は場違いな気がしてならないと。バンドのメンバーでもないし、本当は作詞家でもない。なぜこんなところにいるのか後悔し始めていた。
けれど、そこまで考えた俺は、やっぱりこうも思ったんだ。
俺は、自分でここにいたくているんじゃないのか? ……って。
そう思うと、自然に視線は彼女の顔を捉えていた。
緊張し続ける俺の隣に励ますように座っていてくれた、中道さんだ。
「ちょっとみんな、やめようよ、さっき怒鳴っちゃった私が言うと説得力なんてないけど、兄妹喧嘩とバンドの仲たがいは全然違うよ。ねぇ、もう元に戻れなくなるよ?」
その中道さんはというと、ひどく悲しそうだった。
いや、捨てられた子犬のように寂しそうだといったほうがよかったかもしれない。
瞬間、俺は彼女がバンドのことを心から愛しているんだと思った。
同時に、彼女にとってはこのバンドこそが本当の居場所なんだと思った。
何故か本質的にはバンドに無関係なはずの俺も、彼女のすがり震えるような声を聞いて少しだけ寂しくなっていた。
「おいエミ、お前は誰の味方なんだよ? お前がはっきりしねぇから俺は……」
「やめろ菅井、それ以上言ったら俺はお前を殴る」
「……いいぜ、そのときは俺も殴り返してやるよ。大体、お前がやろうって言い出したんだろうが、このバンド。ちゃんと責任取れよ」
「うるせぇ。聞いていればさっきから偉そうなことを言っているが、結局お前は俺の妹のことでも狙っているだけだろ? 正直不愉快なんだよ」
「もう、だからやめてよ二人とも!」
気がつくと、テーブルを挟んで不穏な空気が飛び交っていた。殺伐とした雰囲気がファミレスには似つかわしくなく、どこか皮肉のように俺たちを凍りつかせた。
この状況をなんとかしなければ、いや真っ先に逃げ出したい、駄目だなんとかしなければ。息が止まりそうな緊張の中で、俺はどうするべきか自分に問いかけるように迷い続けた。
そんなときだった。
「なぁ、少年」
俺から見て右前方に座っていたイケメンの岸村さんが、腰を浮かせて椅子から身を乗り出すと、俺の耳に顔を寄せてささやいた。彼とは本質的には同じ男だというのに、その大胆な行動に俺はドキッとして射すくめられるように身構えた。
なるほど、これが世の女性を落として憚らない圧倒的イケメンの破壊力なのかと、そのときばかりは俺も敗北感を通り越して感心した。
「あ、はい」
「すまんが、しみったれちまった。ここは俺がおごる。お前は適当に食って、適当に帰ってくれ。こっちから誘っといて、悪かったな」
「ああ、いえ、はい。ありがとうございます」
「それと、曲。お前なりに歌詞を付けてくれたら嬉しい」
最後に爽やかなウインクをして、岸村さんは俺の耳元を離れた。そこには全く嫌味がなく、恥ずかしながら彼に対しては好感しか持てなくて、もはや憧れをも抱く格好良さだった。
そして俺はなんというか、さわやか美男子の彼とは同じ土俵で戦っちゃいけない格上どころか別次元の相手だと思ってしまうのだった。男から見ても格好いい岸村さんのことだ。大抵の男には不戦勝で勝ち続けてきたことだろう。これまでも、きっとこれからも。
俺には微笑んでくれてよかった、少なくとも彼が敵ではないと思えたから。
ファミレスを出るなり、数メートルほど歩いたところで彼女は大きくため息を漏らした。
「あぁ……」
そして街路樹に手をかけては弱々しくしなだれかかりそうになってしまうので、隣で見守る俺はおろおろしかけていた。
さて、なぜ彼女が一緒にいるかといえば、誘った責任感からか俺を見送ってくれることになり、途中まで中道さんも一緒に帰ってくれることになったからである。きっとファミレスの中では、未だに三人が言い争いをしていることだろう。
そう考えると中道さんも息苦しい現場から逃げ出しただけかもしれないな。俺のことなんて関係なく、気分転換もかねて外に出たかっただけかもしれない。
「どうしたの? もしかして食あたり?」
だったら大変だ。でも違うらしく、また深々とため息をついて彼女は苦笑した。
「……ねぇ、さっきの私ってどうだった? 正直ウザかった? ちょっと馬鹿だと思った? そう思うよね、わがままで面倒くさそうな女子だよねぇ……」
「そんなことないよ、今日も可愛かった」
「……そういうことじゃなくて」
突然ぴたりと立ち止まった彼女は、すぐ隣で同じように足を止めた俺の顔を見てくれない。
地面だけが友達みたいに、うつむいたまま語り始めた。
それはどこか唐突で突然に感じる話だったけれど、きっと彼女が落ち込んでいる理由と深く関わっているのだろう。ただの雑談ではあるまい。見ているのは足元ばかりだが、話す相手として俺を意識してくれている。
俺は聞き逃すまいと耳を傾け、無言で先を促した。
「あのね、私ね、次の曲がラブソングだって聞いたとき、とっても嬉しかったんだ」
「うん、どうして?」
あまり追及している感じが出ないように俺が優しく問いかけると、中道さんは少しだけ笑顔を取り戻して、ようやく顔をあげてから言った。
「出来上がった曲の歌詞をね、岸村さんが私に書いてくれって頼んできたの。覚えてるよね、一番端に座ってたギターの人」
「うん、覚えてる。かっこよかった」
「そう、その人。でね、その曲を私に渡すとき、岸村さんってば少し照れくさそうに、はにかんで笑ってた。いつもは真剣な表情で真面目な人なんだけど、その時は少年みたいで可愛かった。それでね、私さ、馬鹿みたいに舞い上がっちゃったの」
一瞬の沈黙。少しだけためらって、エミさんは口を開いた。
「ようやく、やっと私の気持ちがわかってもらえたんだって」
彼女はそう言い切ると、無自覚なのか、今にも泣きそうなくらい悲しそうに肩をすくめて、気丈にも笑ってみせる。
強がりなのか、自嘲なのか、俺には目の前にいた彼女の中で渦巻く気持ちの判断がとても難しかったけれど、少なくとも認めなければならないことが一つあった。
「そうか、中道さん……。もしかして岸村さんのこと、好きなんだね?」
「え? あ、うん。わかる? にごして言ったつもりなのにな……」
「あはは、今のでわからなかったら馬鹿だよ、俺。もう大馬鹿」
「そ、そっかぁ、ちょっと恥ずかしいな。こんなこと言うつもりなかったのに。悩んでいるとやっぱり駄目だね。……でも、どんなに悩んだって、自暴自棄になりかけたって、岸村さんには自分がどう思っているかなんて言えないんだよね。私は自分の気持ちを伝えることが怖くて仕方がないんだ。好きであればあるほどに」
「……そうなんだ。でも岸村さんから直接に作詞を頼まれたってことは、ちょっとくらい期待してもいいんじゃない? なにせラブソングなんだし」
どこか自分の胸が痛むのを我慢しながら、それを決して悟られぬように俺は彼女を励ました。
けれど、俺には微笑んでいてほしい彼女の顔は、ゆっくりと悲しみの色に染まっていく。
「なのに全然作詞が上手くいかなくて、ずっと胸が苦しいの。私の片想いなんだって諦めがついていたころより、片想いじゃないかもしれないって淡い期待を持ってしまった今のほうが、ずっと心が痛いの。初めて岸村さんに認めてもらえるチャンスなのに、バンドが解散しそうになっちゃうし、もうどうしたらいいんだろう?」
言っているうちに彼女の目は涙の湖をたたえるように潤んでいて、ふとしたきっかけがあれば今にも泣き出しそうだった。
おそらく俺には、その涙を本当の意味で拭ってあげることはできない。彼女の悲しみを根本からは癒してあげることもできない。だから何もできることはないんだと心ではそう思ってしまったのだけど、かといって切なさに道を見失う彼女の境遇を黙って見ているだけなんて、そんなこと中道さんに惚れてしまった俺には無理だった。
口からでまかせだろうと、なんとしても彼女を励ましてあげたいと思ったんだ。
「中道さん、安心して。俺を頼ってよ。大丈夫、簡単な話さ。バンドを結びつけるような、解散なんて吹き飛ばすような、最高のラブソングを俺たちで作ればいいんだよ」
「うん、ありがとう。あとね、それから、えっと……」
ようやくいつもの笑顔を取り戻した彼女が、少し照れくさそうに言った。
「……本当は私から言うべきかどうか迷っていたけど、君には言っておくね。私のことはエミって、名前で呼んでいいよ。中道さんっていわれると、兄さんと一緒で困るもの」
「わかった、そうする。エミさん、がんばろう」
こうして本人から直接に許可を得て好きな彼女のことを名前で呼べるようになったのは嬉しい反面、ものすごく辛かった。
エミさんと彼女の名前を口にするたび、彼女の存在がより強いものとなって心にあり続ける。より強く恋心を意識させられて、そのたびごとに複雑で激しい胸の痛みが俺を襲うようになったのだから。
けれどその痛みが、より明確に彼女の名前を刻んでしまうのだ。
「あら、今日は遅かったじゃない。友達とご飯食べてきたの?」
「……うん。だから晩飯はいらない」
まさか親を心配させるわけにはいかぬと泣きそうになる声を必死にこらえながら、早々に自室へと逃げ込んだ俺はしみじみと思った。
思春期における失恋とは、かくも苦しいものであるのかって。
その日はなかなか眠れなかったことを覚えている。