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03 詩とか四コマ漫画とか

 新聞部に入部してからというもの、俺は教室で携帯電話を取り出すことがなくなった。そもそも外出時に持ち歩くことさえなく、いつも自宅の机にしまいっぱなしだった。

 代わりに授業が終わって休み時間になると俺はすぐにノートとペンを取り出して、うんうんと唸りながら必死になって創作活動に取り組んだ。

 もちろん、それは先輩に任せられた四コマ漫画と詩を作り出すためだ。どちらも作ったことがないとはいえ、挑戦する前から出来ないと言って先輩を落胆させるわけにはいかなかったし、なによりも、あわよくば先輩に褒められたいという打算があった。

 ひとまず全く知識のない詩を書くのは後回しにしておいて、俺はいくつもの横に長い長方形の枠を記入しているノートに向き合った。

 目指すは至高の四コマ漫画である。


「大事なのは起承転結、起承転結か……。ベッドから起床して歩いていたら、うっかり転んで、けつまずいたって話はどうだろう? いやいや、どうだろうって考えるまでもない。それじゃ面白くないか」


 漫画くらいなら中学生のころ飽きるほど読んでいたのだ。真剣になれば俺にもそこそこのものが描けるに違いないと、そう軽く思っていたのが大間違いだった。

 なにしろ一目でそれと理解できるようなちゃんとした絵はおろか、読んだ人が笑ってくれるような面白い話を考えることなんて、とてもじゃないができなかった。ここは斬新に四コマでポエムでも書いたろうかと思った俺は、なかなかに迷走していたのだろう。


「なーに、やってんのっ?」


「えっ? いや、何?」


 そうして机の上で絶望感たっぷりに頭を抱えていた俺の肩へ、前触れもなく右手を乗せてきた男子生徒は、とても安っぽくて調子のいい印象の笑顔を浮かべていた。果たして他人のことを馬鹿にしているのか友好的なのか、その表情を見ただけでは判断することもできない。

 対する俺はといえば、クラスの誰かに教室で声を掛けられたのなんて初めてのことだったから、あまりの動揺にガチガチ緊張してすっかり慌てふためいており、握っていた右手のペンを机の上に落としては拾い、また落としては拾いを繰り返していた。

 何か答えねばならないはずなのに、頭の中はノートよろしく真っ白だ。


「これってさ、枠の中に何も描かれていないみたいだけど、四コマ?」


「あ、うん。そうだよ」


「えっと、じゃー、何? まさかお前って漫研なの? うは、すげぇ!」


「わ、ちょ、ちがっ!」


 気さくに話しかけてきた彼はそれだけの短いやり取りで、実際には俺が二名しか存在しない新聞部の部員であるということを理解するよしもなく、漫画好きを公言してはばからない漫画研究会の一員だとでも勘違いしたのだろう。

 残念だったな、確かに俺だって漫研に入りたかったのは山々だ。しかしろくに絵も描けないから気後れして、結局入部を希望するわけにもいかなかったのである。

 ところがそれを自分の口で教えてあげることも出来ないのが無口な俺。あまり愉快に騒ぎ立てるものだから、彼の友人らしき男子生徒たちもぞろぞろと集まってくる。


「漫画? へぇ、俺も漫画なら好きだぜ! 家に十冊くらい持ってるもん」


「アニメなら俺もちょっと見たことあるぞ。この前ちょうど映画やってた奴」


「ふっふっふ、ちょいと読ませてみろよ。俺が面白いかどうかを判断してやるし」


 何を偉そうに言うか、この馬鹿者どもめ、アニメや漫画を少しかじったくらいでわかったつもりになるんじゃねぇ、などと心の中では強気に叫び返しながら、現実には合計四人の男子に机を囲まれてしまって、すっかり脳内リンチ状態の俺は彼らに対して何もできず、あたふたと口ごもって対応に困ってしまうのだった。


「でもこれはさ、漫画は漫画でも、校内新聞の……」


 それでもなんとか搾り出した俺の頼りない言葉に、なかなか話の要領を得ないらしい彼らはそろって首を傾げてしまう。

 だから俺は大量のつばを飲み込み、これはある意味でクラスに友達を作るチャンスだと思って、しどろもどろに言いよどみながらではあるけれど、わかりやすく丁寧に説明した。

 俺が新聞部所属で、何故か四コマ漫画を担当することになってしまったってことを。


「お前って新聞部なのかぁ。へぇ、それじゃ見た目どおりに真面目な奴なのな。意外と俺らと趣味が同じなのかと思って期待したのに残念だ」


「いや、新聞部だからって、別にそこまで真面目ってわけじゃ……。むしろ俺なんてちょっと不真面目なくらいでね?」


「おっとすまん、これ以上しゃべっていたら活動の邪魔だよな? おいみんな、こいつは新聞部で真面目に活動しているらしいんだ、締め切りのせいで教室でも忙しそうに執筆中だから邪魔しないでやろうぜ!」


「あ、うん。それはお気遣いありがとう……」


 そんなわけで俺は、最初のころとは異なる理由で友達が出来にくくなってしまうのだった。

 結果的に避けられているのは、まぁ、相手に悪意がなくても悲しいものである。

 それでも、たとえば自分から仲良くなろうと近づいていけるのなら、もう大きな問題は何も残されていなかったのだろう。

 けれど、なかなかどうして、そのころの俺はクラスメイトに対して子供じみた意地を張っていたのだと思う。誰か相手のほうから声を掛けてきてもらうまでは、俺もこのクラスには本格的に馴染むつもりはないなどと、つまらない対抗意識を燃やしていたのだ。

 引き際がわからなくなったのかもしれない。俺は無駄に折れなかった。

 皮肉にもクラスから距離を置かれたおかげなのか、以降は休み時間の教室でも一人静かに集中して作業できることになり、色々とクラスのことを諦めた俺も、その数日間は本当に根をつめて、とにかく今後のためにも四コマ漫画のストックをためておくことにした。

 下手にも下手なりに、なんとか読めないこともない、そこそこのレベルのものを描き上げることはできるようで、結果として露見してしまった自分の才能とセンスのなさには辟易するものの、ひとまず俺は先輩に任せられた仕事の半分を終わらせることが出来た。

 面白いかどうかは読む人間が勝手に決めてくれればいい。そもそも商業誌で連載するわけではないのだ。漫画として最低限のものが備わっていれば先輩も許してくれるだろう。

 そんなわけで残る仕事に取り掛かるわけだが、これがまた厄介なものだった。

 なにしろ詩である。俺は詩なんていう高尚なもの、わざわざ読みもしなければ作ろうと思ったことだって一度としてなかった。

 そもそも、である。

 学校中にいる暇な人間を全員集めたって素通りされそうな、もはや誰がほんの一秒だって貴重な青春時代を犠牲にしてまで読むのだろうかもわからない校内新聞において、おそらく一円の価値もないどころか、逆にお金をもらっても読みたくないであろう俺が作ったつまらない詩の掲載なんて必要だろうか?

 たかが一生徒に過ぎない俺には、そこがまず疑問だった。


「あの、先輩ごめんなさい。作るのは四コマ漫画だけで勘弁してください」


 だから俺は先輩に頭を下げ、直接そう頼み込むことにしたのだ。直談判である。

 今日も今日とて部長専用のデスクにふてぶてしく楽しそうに座っていた先輩は、きつい口調で俺を罵ってくるのかと思ったけれど、殊勝なことに満面の笑顔でこう答えてくれた。


「そうだなぁー、場合によっては許してあげようかな」


「え? それ本当ですか?」


「うん。君が描いた四コマ漫画で、一回でも私が笑えばね!」


「……書くしかなさそうだ、詩を」


 なんというか、そうそう世間は甘くないということを改めて思い知った。

 こうなってしまった以上、もはや詩の創作から逃れることもできなそうだ。さすがに尊敬する先輩の手前大げさに落胆することはなかったけれど、改めて立ちふさがった無理難題を前に小さくため息を漏らした。

 かつての俺ならば、このまま創作活動に行き詰まって詩が作れなくなってしまったとしたら、きっと先輩の前からも逃げ出していたことだろう。

 けれどこのときの俺は不思議と前向きで、情けなく泣き寝入りすることもなかった。

 おそらく、それほどまでに、先輩の前でだけは無様な姿を見せたくなかったのだろう。

 あわよくば素晴らしい詩を作り上げて、いつもは素っ気無い態度の先輩に優しく褒めてもらおうと、そんな計画を勝手に立てては先輩の前でほくそ笑んでいたものだ。

 もちろん、そんな不気味な俺を前にした先輩の顔は引きつっていた。


「いいから君はジュースでも買ってきてくれない? 金は出すし、ゆっくりでいいからね」


「ふふ、わかりましたっ!」


 きっとこのときの先輩は、追い詰められながらも不気味に笑う気持ち悪い俺を一時的にも遠ざけようとしていたに違いない。でも一方で買出しを頼まれた俺のほうはというと、先輩から頼りにされているような気がして嬉しかったのだ。

 俺はいつも「若いころの苦労は買ってでもしろ、女性の頼みなら言い値で買ってでもしろ」と自分に言い聞かせ続けていたから、先輩からの買出しの頼みだって一円たりとも金を受け取らずに、むしろ喜んで自腹を切って引き受けたものである。

 たぶん、先輩にとっては都合のいいパシリだったことだろう。

 あのときの愚かな俺に面と向かって、諭すように言ってやりたい。女性の気を引きたいなら一人で先を走ってばかりじゃ駄目だ、その人の隣をゆっくり歩けと。

 ともあれ、結果的には実を結ばない愚行だったとしても、いつだって俺は先輩の雑用を買って出ていたのだった。そもそもパシリという自覚もなかった。

 そのことに俺が不満の一つでもあったかと言えば、まるでなかったのだから我ながら能天気な奴である。


「そういえば先輩、この新聞部の顧問って誰ですか? 俺は入部してから一度も顧問の姿を見たことがないんですけど、まさか幽霊とかじゃないですよね?」


 普段は忙しそうな先輩の仕事が一段落したときなど、暇を持て余して特に雑談の話題がなければ、俺は取り留めのないことを口にするようにしていた。

 せっかくかわいい年上の女子と狭い部室の中に二人きりでいるなんていう嬉しい状況なのに、それでいて気まずい沈黙になってしまうことだけは避けたかったのだ。

 先輩はそっけなく答えた。


「いないよ」


「いないって、顧問がですか? それとも幽霊がですか?」


「あのね、幽霊なんて怖いでしょ。幽霊部員なら一人いるけどね、そもそも部員の数が足りなくって我が新聞部は正式な部活じゃないの。実のところ同好会でもなければ、学校には部室と校内新聞の掲示場所を借りているだけだよ」


「そうだったんですか。……じゃあ、もしかして学校から部費も出ていないとか?」


「その通りだよ、困るよね。だからこのパソコンも印刷機も自費で工面したの。卒業した先輩はエール以外には何も残してくれなかったし。そうだなー、なんなら君がスポンサーになってくれるとか? ふっふっふ、私ながらいい考え!」


「いやいや、お断りします」


 危うく先輩からスポンサーにまでされそうになって、すでに無自覚パシリ係で懐の寂しい俺は肝を冷やした。

 たとえば新聞の片隅に絶賛恋人募集中の小さな広告を出すにしても、そこで先輩が指をつきたてて俺に要求してきた広告掲載料は、とてもローカルな校内新聞のそれとは思えなかったとだけは注意書きしておこう。どうせ誰も見ないだろうに五桁だったよ。万単位で払うほど効果あるのか疑わしいし、それならその金は別のことに使ったほうが彼女できそう。

 金をちらつかせて寄ってくる女性にろくなのはいないだろうが、金をちらつかせる男もろくなもんじゃないからお互い様だ。


「そうですねぇ、俺だって知名度が低そうな新聞部のスポンサーは小口でもお断りですが、先輩のスポンサーにならなってあげましょうか? なんなら一生養ってあげますよ」


「そんな頼りないもの断るに決まってるじゃん。私のスポンサーは私だけ。自分の生活費は自分で稼ぎたいし、そもそも私を養うとか、君のほうが年下なのに偉そうにしないこと! もう閉じてたほうがいいじゃないかな、その役立たずな口ってば!」


「ですか、ですね!」


 とまぁ、俺と先輩の二人、意外とこれでも仲は良かったのだ。

 いや本当に。

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