4.禁止・譲渡・そして、怠惰と熱
alice coltrane - turiya and ramakrishna
を 聴きながら
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2018.12/5 の活動報告で
>『メンタルの弱さ故に、前回の活動報告にて数日休息をとると書き込みましたが……、その休息の過程で、様々な思考の変動があり、
やはり、私は、創作を行うべきではないという結論に至りました。
その結論に合わせて、企画していたオフ会のお話も行うべきではないとそのような思考に至りました。
オフ会であって下さると仰っていたお二方には本当に、申し訳なく思っております。
そのような結論に合わせて、1年後に行う退会に合わせての作品の譲渡の件について、
どなたかご希望の方はいらっしゃらないでしょうか……?
他、こまごましたまだやり残している事柄について、1年後の退会までに少しずつ終わらせていくと決めております。
今まで、このような人間に関わって下さり、構ってくださった皆様、本当に感謝の気持ちでいっぱいで御座います。
少し、早いですが、お礼の言葉は何度でも言ってもよいものですよね。
来年退会するまで、一生分の有難うを積み上げていく所存です。
有り難う御座いました。
失礼致します。』
と、書いて、……何かを捨てた気がした時、私は、
>『ストレスと緩和の融合
繰り返し思考してみれば、私の問題は、結局のところ、この私の性質にあるのだと思う
私は融和がへたくそなのだと思う
他者にストレスばかり与えてしまう ストレスとは圧迫だ
追い詰めてしまってどうする……と、反省する ……反省するけれど、反省ぐらいでこのような性質が改善出来れば悩んでいない
真綿で締め上げるように、気づけば他者を圧迫してしまう
ほぼ無意識だ 私に悪気など爪の先ほどもない してしまって大分たってから気づく それは最早、悪質な域だと思う
私の思考そのものがそのようになってしまっているのかもしれない
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……だから、私は、他者に楽しさを提供できる方に一生勝てる気がしない
どうしたらそのようになれるのかもわからない
ストレスと緩和の融合……、ストレスをなくせるようには思えない けれど、せめて緩和との融合が出来るようになれば……そんな風に反省してみたりはする
私のこの性質をいつか緩和出来れば……出来ないかもしれないけれど、せめて少しだけでも意識すれば』
と、いう雑文を書いた。……私は、その時も間違いなく気持ちの上では混沌の中にあったのだろうと思うのだけれど、……今は、また混沌の中にいるのだと思う
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3のページの項目で、私は、>『書きたいことだけではなく、”書きたくないことも書いているという状況に”嫌になり、そんな半端な”自分の態度に怒りを感じていたのかもしれない”』
と、自ら記載した。
……結論として、私は、今、自らを捨てようとしているのだと
そう、解っているのです