17.課題は、解決するために用意されているものなのかもしれない (葛藤とは)
■葛藤(ここでの意味合いとしては、心理学的用語として) (a)接近・接近型 (b)回避・回避型 (c)接近・回避型 (精神分析学用語としての意味合い)で見ても面白いかも
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葛藤があるということは、結局は、大きな括りの内で、対立とストレスの思考の原点 本能的欲求と抑制する超自我との対立があるということなのかもしれないけれど……、、
……私は、思う
何故、葛藤するのかと言えば、実は自身が本当に求めたい希望があり、それを出来ないと思うことで起きる心理的歪みが苦しいからなのだと思う
……ここから思い詰めると最悪、精神を病む可能性も秘めている、けれど……、、
思考してみて欲しい
何故、シンプルに出来る、出来ないと二択に絞れないのか、そして、絞れたとして、何故、その方向性へ脇目もふらず向かえないのか
私は、思う
それは、吹っ切れていないからだ
……つまり、思考の再構築、組み立てが上手くいっていないため、非効率な思考方法しか取れず、結果も満足なものとして得られず、感情そのものも、選択して尚、満足感が得られず、思考の世界でも停滞した状態で右往左往することになる
……そう、私は、思う
そのような状態は、選択したとは言わない 停滞し、問題を先送りしているだけだと
課題がそこにあるのなら、……結局は、最善は、その課題を解決することなのだろうと思う




