13.自律
Chet Baker quartet, Night bird, Club 27, Perugia, maggio 1980
を 聴きながら
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……自律、という考え方は、何故こんなにも心地良いのだろうか、と思う。
……今、振り返れば、思えば、……というだけの話なのだけれど、私にむちゃくちゃを話して私にトコトンはみ出してぐずぐずになることを思考の経験としてしみこませたあの人と、自律を説いて、元の位置に戻そうと修正しようとしてくださる今関わっている方とは、本当に人への接し方も思考の開き方も対極なのだけれど、最終的に野に放つ、というのか(そういった表現が一番適切なような気がする)思考を最終的には縛ろうとしない絶妙さは、すごく似通っていて、多分指摘したら会話してくれなくなるような気がするけれど、……そんな気がする。
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……でも、ぐずぐずな思考を開かされていく過程のなかで、多くの思考の開放や、楽しさもあったけれど、元々甘えたで、廃退的な思考の持ち主である私には、……薬が効きすぎる……と、言うのか、結局、依存に傾いてしまって、コントロール出来ない自分の内面によりぐちゃぐちゃの混沌に沈むという地獄が待っていたから、……あの思考の経験は、きつかったかな、と、振り返ってみて思う。
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そもそも、自律(自分を律すること)すら上手く出来ない身の上で、コントロールが効かなくなるのも当たり前で
……だからなのか解らないけれど、寧ろ、自律という思考は、私には知らない思考の経験に思えて、すごく新鮮に思えて、それがどんなに小さなことでも達成出来たり、貫けたりすると、本当に嬉しくなるから
……ほんとうにちっぽけな思考の経験なのかもしれないけれど、すこしだけ胸の奥に温かいものが溜まって、蓄積していく感じがする
依存していた頃は、本当に胸の奥なんてすかすかで、いくら摂り込もうとしても飢餓状態に不安しかなかったのに
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そういうことも思考していくなかで
つまりは、良い塩梅というのは、自分を知るということも大きくあるのだと思うのだけれど、一番重要な要素は、自分を律するということを覚えるということなのではないかなと思う。
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自分を律することを覚えなければ、いつまでも繰り返してしまう
それこそ、思考のループ そのループがもし地獄ならば 地獄のループがいつまでも終わってくれないから




