一触即発
この世界に来てから、一週間が経過した。
その間にわかったことがいくつかある。
――ヴァルグルント公国。それがこの国の名前だ。
そして今いるのが都市ハーティス。
ハーティス・ヴァルグルントという人が初代の君主で、そこが由来となっているらしい。
絵本くらいなら読めるようになったし、それに……かなり大きな進歩もあった。
「ソフィア、その荷物持つよ」
「うん。ありがとう」
ソフィアと会話ができるようになった。ずっと、わからなった彼女の言葉を次第に理解できるようになり、やっとの思いでどうにか喋れるようになった。
とはいえ、慣れない言語でまだまだカタコトだが。
「リュートは凄いな、もう言葉を覚えて。異国の人なんだろう?」
異国といえば異国か。異世界だけど。
向こうの世界のことをうまく伝えることができそうになくて、少しはぐらかした。
「あの夜、助けてくれてありがとう。オレは君に、感謝してもしきれない」
「気にしないでいいよ。私は騎士だから、そういう性分なんだ」
そうは言っても、自分の家を貸してくれたり、治療や食事まで何から何まで彼女の世話になりっぱなしだ。
どうしてこれほどまでに優しくしてくれるのだろう……
酒場の前を通るとクエストの貼られている掲示板が見えた。ドラゴンからスライムまで、難易度はまちまちのように見える。
そのなかで一つ、気になるクエストがあった。
「<新世界教団>……?」
「このあたりで危険な集団がいてね、騎士団だけでは対応しきれそうになくて……。だから解決のため、ハンターたちに協力をお願いしたんだ」
ソフィアが補足をする。
なるほど。反乱分子……。
強いの思想を持って、何かを成そうとする集団はどこにでもいるのか。
「ちなみにどんな集団なんだ?」
「詳しいことは不明だけど、世界を根本から変革する……とか、言っているようだ」
予想通りな怪しい集団だった。悪事をはたらく前に先手を打つのは正しい判断に思える。
ふと、薬屋の前を通りがかったとき気になるものを発見した。
「ソフィア、ちょっと寄り道いいか」
「うん。何か気になるものでもあった?」
薬屋に足を運ぶ。気になった理由は、こちらの世界でよく使われていものだったからだ。
白い固形物のそれを指さして、ソフィアに聞いた。
「ああ、それは皮膚に塗ったり、整髪料としても使える薬だよ」
薬……? やっぱりオカシイ。
「口に含んでも大丈夫なものか?」
「うーん、どうだろう」
ソフィアが返答に窮していると、薬師が代わりに答えた。
「構いませんよ。口に含むことで歯の痛みどめにもなります。試してみますか?」
ヘラですくい上げられたそれを、受け取って舐めてみる。
うーむ。これは……
「バターだ……」
この世界では薬としてのみ、使われているらしい。
それではあまりに勿体ない。
「今晩の食事はオレに作らせてほしいんだけど」
「うん。構わないけどまさか、これ使うの?」
どんなものが出てくるか想像がつかないらしく、ソフィアは首をひねって唸っていた。
バターを購入してから、鶏肉や小麦粉など他の必要な食材をそろえる。
一通り買い物を終えて帰宅しようとしていると、目の前で何かもめごとが起きていた。
「ッ、この……クソガキッ! よくもやってくれやがったな!」
高級そうな衣服に身を包んだ男性が、小さな少年を虐めていた。身なりから貴族であることがすぐわかる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
大泣きしながら、うずくまって少年は謝り続ける。それでも貴族はいら立ちを抑えきれないようで少年を蹴り飛ばそうとした。
――――刹那、
ソフィアが駆ける。
そして貴族の男性を突き飛ばした。