異文化コミュニケーション
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ソフィアに頼んで、本を購入してもらった。彼女は忙しいらしく、本や食料を購入してすぐに、西洋甲冑に身を包み出掛けていった。甲冑を纏ったということは、騎士などそういった仕事なのだろうか。
ベッドの脇にあるテーブルに数冊の本が積まれている。簡単で読みやすいものが多いらしく、中には幼児向けの絵本まであった。
この世界の言葉を知らなければ、何も行動ができない。
適当な絵本を手に取ってみる。
食べ物やモンスターがキャラクターとなっていて、可愛らしい挿絵とともに物語が展開されている……のだが。
「げっ。よ、読めない……」
多少ソフィアの言葉を聞いていたから、その勢いで読めるかもしれないと思ったのが甘かった。文字がサッパリだ。
他の本もパラパラとめくってみるが、同じことだった。これ以上迷惑をかけるのも気が引けるのだが、ソフィアに教えてもらうほかない。
ふと、腕の包帯がほどけかかっているのが見えた。結びなおそうとしてギョッとした。青い痣が酷い。どこも折れていないのが不思議なくらいだった。
いや、気づいていないだけでヒビくらいは入っているかも。
「今は安静に、か」
彼女が帰ってくるまでおとなしく待つことにした。横になって目をつむると、身体が休息を欲していたらしくすぐに意識は沈んだ。
◆
ソフィアが帰ってきてから一緒に食事をとることになった。
どうにか身体を起こし、食卓のある部屋に向かう。壁伝いで何とか歩ける調子だったが、たどり着くことができた。
トイレなどに向かう際に把握していたが、この家は一階建てで、住んでいるのはソフィアひとり。しかしその割には広すぎる気がした。
食卓を二人で向かい合うようにして座った。オレは、いただきます、と両手を合わせてお辞儀してから食べ始める。
不思議そうにその様子を彼女は眺めていた。
あ……そうか、文化が違うから。食べ物に感謝をしてから食べましょう、なんていうのは考えてみれば珍しいかもしれない。
説明する手立てがなく、困っていたら、
「いただきます」
と、ソフィアも真似して食べ始めた。それが何だかおかしくて、自然と笑顔になる。
食べ終えて、ごちそうさま、と言うとまた彼女が真似をした。
食器を洗うのを手伝い、それから水に濡れたタオルを持って自室へと戻る。
どうやら風呂場のようなものもあった。この国には沐浴の文化があるようで、風呂好きの日本人としてはありがたい限りだ。
包帯を取って、体を拭った。冷たさが少し沁みるが心地よい。
取れた包帯を再度巻こうとして、思うように巻くことが出来ず悪戦苦闘。
ドアがノックされ、ソフィアが入ってきた。
部屋に入ってきたソフィアの手には、替えの包帯が握られていた。
「持ってきてくれたのか。ありがとう」
「――――……」
互いに言葉は通じない。しかし、お礼の意図は伝わったようで、微笑みながら彼女は何かを言った。
オレの腕を取り、慣れた手つきで包帯を巻く。細く白い指に思わずドキドキしてしまう。
そしてあっという間に巻かれて、治療が終わる。反対側の腕も同様にすぐに巻き終わった。
「助かった――――って、え」
ソフィアは、オレの衣服に手を掛ける。何をしようとしているのかわからなかった。
「え、いや、え?」
お腹をツンツンと指で突かれて思わず、
「イデデ……! い、いや大丈夫だから!」
むぅ、と頬を膨らませて怒られる。
言わんとすることは理解できた。お腹の包帯も巻きなおすから脱げということだ。
「わかった! わかりました! 脱ぎます!」
ひと繋ぎのローブのような服。その腰の帯を自分の手で緩めて、上半身を露にした。
……やましいことはないのに、すっごい恥ずかしい。
包帯を背中に回す際、抱きつかれるような形になった。髪の毛から微かにいい匂いが漂ってくる。
思わず、ゴクン、と喉が鳴ってしまうくらい勢いよく唾を呑み込んでしまった。焦ったがどうやらバレていないようで安心した。
でも緊張しすぎてどうにかなりそうだ……!
治療が終わり、ソフィアの顔が離れていく。
長かった時間は過ぎ去った。体感時間の話で、実際は短かったと思うだが。
ようやくホッと一息。
ソフィアの顔を見ると、わずかながら頬が上気していることに気づいた。
……平然としていたようで、実は彼女も緊張していたのかもしれない。
治療を終えた彼女はこの部屋から出ていこうとする。
「あ、あの!」
あわててそれを引き留めた。
文字がわからないから、本が読めずに困っていることを伝えなくてはいけない。
…………どう伝えよう。
ジェスチャーは地球のものと同じで通じるのだろうか。
適当な本を片手に持って、文字の並びを指さした。それから、手のひらを上に向けて首を振ってみた。
「――……? ……! ――――!」
アゴに手を置いてしばらく考えたのち、ジェスチャーを理解できたのか、ポム、と手を打った。
どういう意図で解釈されたのかわからないが、何とか伝わったようだ。
ベッドの横に彼女は椅子を用意した。
そして、絵本を手に取って読み聞かせを始めた。
抑揚のついた透き通る声。思わず呆けてしまいそうになる。
絵本の内容をオレに見せながら、指で文字をなぞって読んでいる箇所を丁寧に教えてくれる。すごく助かるのだが……素直に恥ずかしい。
読み聞かせされるなんて、いつ以来なのだろうか。小学校以降の記憶ではサッパリだ。
とはいえ、真剣にソフィアが教えてくれる以上、照れて話に集中できないのは失礼だろう。それに絵本すら読めなかったのだ。何とか覚えなければ。
文字の発音や、わからない単語が出るたび、彼女に聞いた。まったくわからなかった言語から、一歩前進することができた。
そして布団の上で読み聞かせという性質上……オレはいつの間にか眠りに落ちていた。