出会い
――――その日、少年は運命に出会う。
……言ってみたかっただけです。
――腹部への不快な衝撃で目を覚ます。
「いっ、た……」
眠りから覚め、ぼやけた視界に映るのは、数人の人影。
視界がハッキリとしてくる。身なりの汚い、ガタイのいい四人に囲まれていることがわかった。
ここなら憲兵にも見つからないと、迂闊に物陰を選んだことは失策だったのだ。
全身の泡立つ感覚。脳が警鐘を鳴らす。この場にいてはマズいと――!
地面を蹴り、路地裏から離れようとするも、後ろから首元を掴まれ、引き戻される。そして両腕を太い腕で拘束され、いよいよ逃げられなくなってしまった。
(マズ……っ!)
振りほどこうともがいても、筋力が違い過ぎた。ビクともしない。
ズッ、と腹部に鈍い衝撃が走る。思いっきり殴られたせいで、胃液が逆流し、口から胃酸が漏れ出す。
吐瀉物はほとんど空に近かった。
ニタニタと愉快そうに笑う彼ら。何がそんなに楽しいのか。
サンドバックのように何度も。何度も。何度も殴られる。痛覚がマヒしてくる。意識が朦朧としてくる。
アァ――――オレは死ぬのか。
こんなところで惨たらしく。
「嫌だ……死にたくない……」
顔を殴られる。目蓋のうえが切れたのか、視界が赤く滲む。
もしかしたら、と今になって気づくことがあった。
最初に声を掛けた時、露店の店主は憲兵を呼んだ。不審だったから呼んだと思っていたが、オレの身を案じて憲兵を呼んでくれたのかもしれない。
殴られて痛む全身。腫れる顔。もう指先を動かす気力すら湧かないが、それでも。
「誰か……助けて……!」
――――オレは最期に、助けを求めた。
ああ。でもこんなところにヒーローは来ない。わかりきっていることなのに、それが精一杯の抵抗だった。
目の前の男が一人、遠くへ吹き飛んだ。何が起こったのかわからず、この場の全員が驚いた。
カチャ、と軽快な鎧の音色。
その音が聞こえたほうを見ると、一人の騎士がいた。
この異世界においても異質に映るほどの、高貴で清廉な女性の騎士。
淡い栗色の長い髪。澄んだエメラルドの瞳。磨かれた白銀の甲冑。そのどれもが一級品の芸術品のようで、オレは思わず見蕩れてしまった。
オレを拘束していた男の手が緩む。その隙を逃さず、腕を振り払って距離を取ろうとした。だが、逃れたあとで無様に転んでしまった。
それが合図となったのか、
騎士が駆ける。残りの三人は、抵抗する間もなく剣戟に散った。
倒れた四人。
どうやら、オレは死なずにすんだようだ。
「うっ……イテテ……」
全身がボロボロだった。一人じゃうまく立ち上がることすらできそうにない。
手が差し伸べられた。
屈強な四人を倒したとは思えない華奢な指先。
「――――――……」
彼女が何と言ったのか、オレにはわからない。
けれど、オレが言う言葉は決まっていた。
「ありがとう……」
そう、日本語で言った。もちろん、伝わるはずもない。
命を救われた感謝の気持ちを、表現する術を他には知らなかった。
腫れた顔を、さらにグシャグシャにして泣いた。これ以上ないほどに泣いた。
いろいろな感情が入り混じっていて、嗚咽は止まりそうにない。
差し伸べてくれた彼女の手を取ることもできなかった。
――頭に、優しく手がのせられた。
そして撫でられるたび、安らいでいくのを感じる。
その手の温もりと微笑む彼女に、オレは心の底から救われた気がした。
一日中、気を張り詰めていたせいで限界だったのか、そこで意識を失った。