開戦
お久しぶりでごめんなさい……
夜の暗闇から現れたセイラムが口を開いた。
「ごきげんよう。気分はいかがかしら?」
まるで敵意の無いような、穏やかな口調。しかし騙されるものか。コイツは禁呪を使って世界崩壊を企んでいる張本人だ。
「――――ああ、最悪の気分だよ。マリナは無事なんだろうな」
「もちろん。そうでなければ交渉は成立しないもの」
「…………証拠は?」
マリナが無事だと、オレはこの目でしっかり認識したい。魔女のたくらみに乗るつもりもないが、それが、オレがここに立つ理由なのだから。
「あなたが承諾したとき、無事だと教えましょう」
「それでは交渉も何もないのではないか? セイラム殿」
ソフィアが口を挟む。
まったくもってその通りだ。交渉とは互いのカードをトレードしなくては成立しない。
「いいえ、いいえ。交渉は成立しますよ。承諾したところでは、まだ術は成されていない」
言いたいことは分かった。
つまり術の成功を以て、初めて交渉が成立すると言いたいのだ。
「そんな言い分、呑むと思うのか?」
ソフィアは月夜を映し、銀色に輝く一振りを抜いた。
マズい……! ここで戦いとなればマリナは無事では済まない!
「お、おい! ソフィア!」
「あら……交渉決裂、かしら?」
「いいや、貴女の詭弁に則ったまで。これは、交渉の範囲外だよ」
無茶な言い分だが、セイラム本人が事前に無茶な言い分をしたことで言い返すことはできない。この場で押さえてしまえるのならそれがベストだ。
「なるほど。そういうことなら承知しました」
にィ、とセイラムの口元が歪む。窮地だというのに、魔女は嗤った。
「まずは邪魔な羽虫を片付けるとしましょう……!」
一閃、空を薙ぐ。
それが合図となり、茂みからヴァルグルント騎士団の精鋭が躍り出る。
「ウフフ……ならばこちらも」
パキン、とセイラムが指を鳴らした。すると彼女の周囲に虚空から人が現れた。
一人二人ではなく、数十人はいる。五十は下らないだろう。騎士団の数の二倍はいるように見える。
やはり、<新世界教団>は名ばかりではなかったようだ。教団と名乗る以上、それなりの人数がいるはずなのだから。
「リュート、下がっていてくれ」
ヴァルグルント騎士団と新世界教団。数で言えば圧倒的な不利を強いられている。
だが、騎士団は数にひるむ様子はない。
対する教団側の様子も異様だった。彼らはどうも人でありながら人に見えない。
「……なにを、した?」
「ふふふ、すぐにわかるわ」
ソフィアの目に、怒りが見えた。明らかに正常な判断力を奪われている。
操り人形――――いや、その目は死んでいる。死人のようだ。
騎士団の一人が斬りかかる。
洗練された一撃。
数日とはいえ、ソフィアに鍛えられた。そのおかげで彼らの剣技が凄まじいことがよくわかるようになった。
それを、雑、という表現が適切な一撃で弾く。
無茶な姿勢で弾くことでのけぞることになり、一撃はどうにか防げてもその後が続かない。
普通の理論でいえばそうだ。
しかし、
「なにっ!?」
完全に体勢を崩せたと思っていた騎士は、目を瞠ることになった。
……まるで姿勢を崩していなかった。
それは常人の筋肉では不可能だ。禁呪か、何かによってドーピングされているとみて間違いないだろう。加えて、一撃とはいえ弾き返す反射神経と判断力。
「貴様……」
「彼なら、その答えがわかると思うわ」
セイラムはオレを見た。
オレならわかる……?
一つ、思い当たることがあった。口に出すのもおぞましいが、これしかないように思う。
「肉体を操ったな……!」
「ええ、その通り」
「肉体を操る……? そんなことが可能なのか?」
額に冷たい汗がにじむ。
「意思を操る魔法はない。そんなのがあればとっくにオレの意思を操作して世界を壊している」
だから考えられるのは肉体の操作しかないのだ。
「その魔法で行動をそれぞれ制御して、集団を自在に操っている」
「馬鹿な……! そんな魔法は聞いたことがない! 第一、あれだけの人数を操作するなんて不可能だ!」
「それは違う。できるんだよ、ソフィア」
最悪だ。この世界の文明ではそういった考えは出てこなかっただろう。
――――確実に“こっち”の話だ。




