死を忘るること無かれ
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禁呪の書物を一冊、読み終えた。
この書に記されていたのは、“破壊”の魔法だ。
「破壊する対象について、詳細なことは書かれてないけど……」
これは普通の攻撃魔法とは一線を画していることは明らかだ。禁呪は、莫大な魔力を消費して発動する魔法。とうぜん大魔法でなくてはならない。
最低でも天候制御レベルの魔法を要求される。セイラムは、空間の転移を実現していた。
「世界を繋ぐ特異点――――か」
セイラムが言った言葉。オレの存在はどうやら、この世界と元の世界を繋ぎとめる楔として機能するらしい。
……破壊の魔法なら、その特異点を壊せるだろうか。
可能性はある。しかし、曖昧な対象はおそらく壊せない。
それに、付け焼刃の禁呪であることも問題だ。知識として理解することと、力を行使することは天と地ほどの差がある。
「一度試すべきだな」
だけどこの選択は最悪、死ぬ。
ふと、考えてしまう。
死んだらどうなるんだっけ。
オレが死ねば、新世界教団の計画はおじゃんだ。とりあえず世界を守ることはできて、めでたしめでたし。
マリナも用済みになり、助かる可能性は低くない。
教団が危険な集団だから、騎士団が躍起になっているわけだ。ソフィアだってひとまず安心できる。
なんだ、いいこと尽くしだな。
死んだほうが役に立つんじゃないか。オレ。
禁呪を覚えなければ、セイラムと相対したとき敗北は必至だ。どのみち、死の危険は避けられない。
庭に出て、さっそく禁呪を発動させてみる。
対象は……適当にあの木でいいだろう。十メートルほど離れたところにある、一本の広葉樹に狙いを定める。
オレが死ねばハッピーエンド、生きていればトゥルーエンド。ってね。
まあ死んでもいいかー、と気楽に禁呪を発動させることにした。
理解できる言葉ではない言葉を声にだす。お坊さんが読み上げるお経と似たようなものだ。仏教では確か音写っていうんだっけな。音だけを模した意味のわからない羅列。
【――ァ、――ディヴ、ォウジャ――】
理解する必要はない。この音は世界から魔力を借りる鍵でしかない。
自分の裡にある回路に、別の回路が接続される感覚。
今から行うのは、内部のみの魔力でまかなえる小規模な魔法ではなく、世界から膨大な魔力を借り受けて発動させる大魔法。
――――接続完了。
魔力の奔流を感じる。
よし。ここまでは成功だ。
魔力をため込む器が壊れる前に、禁呪を発動させるとしよう。
【あの木を、破壊しろ】
呪文を唱えた。
けれど魔法は発動しない。
「な。なんで!?」
魔力は体内にとめどなく流れ込む。その流れは止まらない。
「ま、ず……ッ!」
発動しない理由は明白だ。魔法は例外なく、イメージによって構成される。そのイメージが正しくない場合、魔法は施行されない。
つまりこのままでは、世界から受け取った魔力を消費しきれず、魔力は体内で破裂する。
軽い気持ちで禁呪を発動させれば死ぬなんてことは、理解していただろう。
いや。正しく理解していなかったのか。
死んでもいいといういい加減な気持ちが、安易に禁呪を使わせた。
「リュート!!」
ソフィアの声がする。異変に気づいて駆けつけたのだろう。
死ぬ。
死ぬ。
このままじゃ死ぬ。
脳裏に浮かぶ死の妄想。虚無の世界。
――それを、禁呪として発動させた。
瞬間。
視界が暗転した。
オレが覚えていたのはここまでだった。