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誰もいない夜道を彷徨う。
怒りで沸騰しそうな脳と、マリナを助けられなかった無力な肉体が、精神を正反対に蝕む。
――――カツ、と足に何かが引っかかった。
それは一冊の魔導書。黒い装本。
マリナが所持していた禁呪の書物は確かこんな風だったような。
それを拾い上げる。
「二冊の禁呪……」
セイラムは強い。悔しいがそれを認めなければ一生勝てない手合いだ。
異次元の強さを持つ彼女に打ち勝つ方法は、同じ土俵に上がるより他ない。
「……そういえば、オレはどこに帰ればいいんだ」
ふと思った。
足はマリナの家に向いている。
しかし、マリナが連れ去られた今、客人であるオレがただ一人帰るわけにもいかないだろう。
どこか別の場所に、と思い当たるのは一軒しかない。
「ソフィアにまた厄介になるか?」
キリキリと奥歯が鳴く。
違う。これ以上の迷惑を掛けてたまるか。
これはオレがやらなくちゃいけないことなんだ。
「身を潜めるだけならば、路地裏で十分だろう」
この世界の初めて来たときと似たような状況。けれど、使えるスキルは増えている。過去のような無様な事態は避けられるはずだ。
◆
路地裏は暗く、月明りすら落ちてこない。
手ごろな木片を用意して、魔法で火を灯す。外からでは気づけないくらいの小さな灯りだ。
「よし。これで書物が読める」
禁呪の本を一冊手に取って、読み始める。チラつく炎が文字を歪めているため、とても読みづらい。読書をするには最低最悪の環境だ。
それでもどうにか読み進めていくうちに、禁呪について多少の理解ができた。
「やっぱり別系統の魔法か」
人間が、性質を理解している精霊から力を借りるのがこの世界におけるスタンダードな魔法。禁呪は、その性質すらわからない“ナニカ”の力を借りて発動させる魔法のことだ。
「言語すら別ときた。だから呪文もデタラメに聞こえたわけか」
発動する魔法をイメージして、必要があれば呪文を唱えて精霊の力を借りることで力を増幅させる。これまで習った魔法はこの過程を踏む。精霊の力を借りなければならない理由は、体内にある少ない魔力を使って魔法を発動させるためだ。
――禁呪は違う。
簡単に言うと、世界を覆う大量の魔力を使って魔法を発動させるのだ。世界と術者のパスを作り出す何かがいる。借りるためにはソイツの力が必要ってわけ。
「……一歩間違えば死ぬんじゃないか、コレ」
身に余る大魔法の使用以外には向いていない。おまけに調整をミスれば即死。これがスタンダードな魔法にならなくてよかったと思うくらいだ。
禁呪のプロセスで、たとえば普通に火を起こすとしよう。
世界から少しの魔力を借りる。けれど少し借りたはずが、使いたい量よりも多く借り過ぎることになってしまった。
その魔力は世界へと返却されず、術者の体内に残留する。
コップ……というより、水風船だ。容量を超えれば、末路は当然ながら破裂。つまり、死ぬ。
「こ、こんなモノ、一朝一夕じゃ扱えるはずがない……」
禁呪を身につけなければ、勝てない。
三日以内にマリナを助けなければ、彼女は殺される。
――――なんだよこれ。
開始から大団円なんて存在してなかったじゃないか。
乾いた笑いが口からこぼれる。
それがあまりに愉快そうで、自分のワライゴエに聞こえなかった。
なんて耳障りで、くそだせぇ。
「そこにいるのは誰だ」
カチャカチャと軽快な鎧の音。おそらく騎士団の誰かだ。
「やっべ、厄介ごとになる前に退散しなきゃ」
前は悪いことしてないけど、今回は事情が事情だ。学校で窃盗をしている以上、普通に犯罪者。バレたら……死ぬんだっけ。
足に風を纏い、駆け抜けようと、
ガシッと手を掴まれた。
ああ。人生終了だ。
異世界冒険譚はここであっけなく幕切れ――
「……リュート?」
遠くからではわからなかったが、この距離では間違うはずもない。
「ソフィア……」
「な。どうしてこんなところにいるんだ、キミは」
呆れた彼女の声は、懐かしかった。たった数日の別離だったのに。
そして、この出会いは二度目。偶然か、それとも必然か。
一度目と同じ路地裏で、オレはソフィアに出会った。




