静寂
魔女の放った魔法をその身で受け止める。背後のマリナを守るために。
「ぐ、ァ……ッ」
「リュート!!」
ジッ、と全身が内部から焼けるような感覚が走る。何か得体のしれないモノが、肉体を蝕んでいった。
……しかし、すぐに効果が出てくるわけではないようだ。
最初の不快な衝撃を除けば、特にダメージが残っているようには思えない。
大丈夫だ、とマリナを安堵させるために声を発しようとして、
「――――」
首が、口が、視線が、動かせないことに気付いた。
指先一つ、自由が効かない。
呵々と魔女が嗤う。
「そこで無様にしているといいわ。この女は貴方の恋人かしら?」
思考だけが走る――――
【マリナに何かしたら絶対に許さない】
動け。動け。動け! 頼むから動いてくれ……!
しかしいくら念じても、糸の切れたニンギョウのように、肉体は意思の介在を許してはくれない。
マリナの姿が視界に映った。彼女は振り向いて、小さく笑った。
「……ありがとね、リュート」
短くそれだけを言って、視線を戻した。
それは別れの言葉にしか聞こえなかった。
「さぁ始めましょうか。アンタとアタシの魔法、どっちが上か勝負よ」
「フフ……望むところよ」
「我が名はマリナ・ハイドフェルト! ……いざ尋常に」
「では倣って名乗りましょう……我が名はセイラム・モリスン。先手は譲るわ、どこからでも掛かってきなさい」
余裕しゃくしゃくの態度でセイラムはマリナを挑発する。彼女の性格なら、乗らないはずがない。
マリナは右手を前に突き出して、
【炎よ、奔れッ!】
詠唱によるイメージを最短に済ませて先制攻撃をした。通常のように、精霊の力を借りた場合、威力は増幅される。しかし、詠唱が長くなるため、相手に次の手を打たれやすい。
右手から扇状に炎が噴射され、前方一帯は焦土と化した。
ブズブズと地面から煙が立ちこめている。
完全な奇襲だった。
それでも、セイラムには届かず――背後を取られた。
(逃げろ、マリナ――――ッ!)
声すら出せない自分を呪いたい。
なんて無力で、情けないんだ……!!
ニッ、と口角を上げるマリナの横顔が見えた。
【吹き飛べ】
拳から炎が噴出する。その勢いに身を任せて、上半身をギュルンと回す。
「な、ッ」
その予想外の動きにセイラムは対応しきれない。
マリナは裏拳を、セイラムの頬に叩きつけた。
クリーンヒットしたその一撃で数メートル先にまで飛ばされて、ついにはオレの視界から見切れた。
ふぅ、とマリナは息をつく。
「力に溺れた間抜けで良かったわ。前から姿を消したら、つぎに現れるのは後ろしかないんだから。位置取りを間違えたわね」
叩きつけた衝撃で痛む右手を押さえながら言い放つ。
「小娘が……やってくれたわね」
「まだやるなら付き合うけど?」
【動くな】
セイラムが一言唱えると、マリナはピタリとその体を硬直させた。
オレと同じだ。あの術は厄介すぎる。
「初めからこうするべきだったわ。戦いのセンスを見誤ってしまったことは反省すべきね」
そう言いながらマリナの前に立った。
そして、腹部を何度も蹴り上げた。マリナは体をその場から動かせないため、衝撃を受け流すことすらできず、不自然なまでに姿勢を維持して攻撃を受けていた。
吐瀉物がガポッと口からあふれ出す。苦悶の表情すら浮かべていない。
頭が、怒りでどうにかなりそうだ。
いやとっくにブチ切れている。これほどまでに他人に殺意を覚えたことはない。
セイラムが指を鳴らすと、マリナは崩れるようにして地面に倒れた。意識はなくなっていた。
マリナの体をセイラムが抱えた。
「ゲームをしましょう。三日の猶予を与えてあげるわ。三日後、この場所でまた会いましょう。その時は色よい返事が聞けることを楽しみにしているわ」
空間が歪む。そしてその中にセイラムは進んでいく。
やがて消える頃、ようやく肉体の制御を取り戻すことが出来た。
オレはただ一人この場に残された。
周囲は静寂に満ちている。
「うおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
そして吼えた。
何もできなかった自分に。
憎むべきセイラムに。
必ず取り戻す。マリナを。
拳を握って決意した。爪が肉に食い込んで血がにじんだ。
月明かりが煌々と夜道を照らす。
フラつく足で、歩き出した。




