新世界教団
書庫は埃が被っておらず、日ごろから手入れされていることが窺えた。
「呪いのチェックをしてみたけど、どうやら平気のようだわ」
物色しながらマリナが言う。
ということは、触れたり読んだりしても平気ということか。
「ここに長居は禁物だろうな」
「そうね。一冊ずつ持って帰ってあとで読みましょうか」
「もっと多く取ってもいいんじゃないのか?」
「目的は禁呪を極めることじゃなくて、禁呪を知ることだから」
一冊を懐に忍ばせて、書庫を後にした。
ふたたび透明マントを被って、影の住人に見つからないよう、忍びながら校庭を歩く。それも難なくクリアして、禁書を盗み出すことに成功した。
マリナの力が凄かったとはいえ、こんなにも手際よく盗めたことに、一抹の不安を覚える。
嫌な思考を振り払う。
何事もなかったのなら、それが一番じゃないか。
「さ! 帰って読むわよ」
並んで帰路に着いていると、目の前に一つ、黒い影が見えた。
遠くに見えるそれは女性の影。
「本、隠しなさい」
ぼそりとマリナが耳打ちした。それには同意だ。
周囲に過敏すぎるのかもしれない。けれど、悪事を働いたのだ。過敏すぎるくらいがちょうどいい。
徐々に距離が詰まる。
次第にその輪郭がクッキリと浮かび上がる。
黒いドレスと艶やか黒髪。肌の色はそれと対照的に白すぎる。唇は鮮血のようなルージュを塗っている。
――――魔女。
彼女を形容するに、これほどふさわしい言葉をオレは知らない。
「こんばんわ」
優しい口調で魔女が言う。
「ええ。いい夜ですね」
マリナは穏便に切り抜けるための返事をした。
軽い会釈をして、横を通り過ぎる。
「ところで」
魔女はピタリと足を止めた。
「貴方、この世界の人間ではないわね?」
それはオレへの問い。
ゾクリと悪寒が走る。この女は、オレの正体を知っている……。
「走るわよ! リュート!」
グイと手を引かれ、魔女から逃げるために駆けだす。
彼女から離れようとしていた行動のはずだった。
「ねぇ。どうして逃げるの?」
逃げる。
その行為は当然、対象とは反対方向に動く行動だ。
だから、あり得ない。この結果はあり得ない。理屈がオカシイ。因果が捩じれている。
逃げた“先”に、魔女がいた。
オレたちは、逃げてなどいなかった。
「今まで見失っていたけれど、やっと――貴方を見つけられた――」
「それは、どういう……」
いとし子を慈しむような目で、魔女はオレを見ている。
つまり彼女は、ここで会う前からオレを知っていた……?
「ようこそ、異世界からの来訪者。≪新世界教団≫は貴方を祝福するわ」
バラバラだったピースが一つに繋がっていく。
以前、ソフィアに言われたことを思い出した。
『このあたりで危険な集団がいてね、騎士団だけでは対応しきれそうになくて……。だから解決のため、ハンターたちに協力をお願いしたんだ』
確か、世界を変革する危険思想を持った教団、だったはずだ。おそらくこの女はそこ所属している者だろう。
オレは、この教団の手でここに召喚されたのだ――。