情報収集
ようやく異世界で行動ができる……。
日はまだ高い。現実は夕方だったが、こちらではまだ十分活動できそうだ。
しばらく街中を歩きながら、情報を集めることにした。
基本的には中世の西洋と同じくらいの文明っぽいが。いくつか違う点も発見できた。
その一。
人間以外の種族がいること。
これはこの世界に来て最初にわかったことでもある。また、ドラゴンなどの伝説上の生物も存在するとわかった。
モン●ターハンターのゲームみたいに、重厚な竜の皮を着た剣士を途中で見かけたから、たぶん間違いないだろう。
その二。
酒場にはモンスター討伐のクエストがあること。
文字が読めないから、ザックリと雰囲気でしかわからなかったが、報奨金とその依頼内容を記した紙が酒場前の掲示板に貼られていた。モンスターの討伐のほか、盗賊などの危険人物もクエストの対象になっているらしい。
……その三。
『この世界では、魔法が存在する』
ここに召喚されたのも魔法だろう。
何かの呪文を唱えて指先から火を出し、薪に火をつける者。
水を操る芸をしながら路銀を稼ぐ者。
魔法が普遍的なものであるということがわかった。
しかし、それほど多くはない。適正が必要だったり、あるいは許可がいるなど、いろいろな可能性が考えられる。
わかったのはこの程度のことだった。
言葉すらわからない環境の中では大健闘だと思う。
自分の服装を見る。
すこし汚れてはいるものの、見慣れた学校指定のワイシャツと制服ズボンだ。ポケットには、財布とスマホ、それと巻田からもらったお守り。
日本の神様は異世界でもご利益があるのだろうか、なんてことを考えてしまう。そもそも、正月くらいしか参拝しないのだから、神様とやらがいるのなら人間の都合よさにあきれているだろうが。
財布……はあるが、使い物にはならないだろう。
貨幣が違うことは明らかで、無一文といって差し支えない身だ。
異世界で福沢諭吉はなんの役に立たない。
「はぁ……」
どうするかなぁ。これ。
途方に暮れた、というのが正直すぎる感想。最初のワクワク感なんて、もう少ししか残っていない。先立つものはなんとやらだ。
ぼんやり十円玉を眺めてみる。
精巧に細工された平等院鳳凰堂。この世界で再現は不可能だろう。これを売れば金になるはず――。
しかし言語が通じない以上、交渉という最初の手段すら封じられているのだ。
どうしようもない。
歩き回ったせいか、グゥ、とお腹が鳴った。
露店の店主にダメ元で声を掛けてみよう。チャレンジあるのみだ。このまま途方に暮れていては日も暮れるだけで何も得られない。
「あ、あの……」
林檎のような果物があった。俺の知る林檎より少し青が入っている紫色の果実。それはツヤがあって仄かに鼻腔へと甘い香りを届けていた。そのほかにもジャガイモやらニンジンのようなものも見える。
ここはどうやら八百屋のようだ。
「――――――――! ――――――!」
話しかけると、いい笑顔で何かをまくし立ててくる。
……ダメだ、ぜんぜんわからん。怪しまれる前に撤退したほうがよさそうだ。
「あー……やっぱ、なんでもないです」
しどろもどろになりながら、ペコリと一礼して後ずさる。
店主からいぶかしげな視線が向けられた。
空気が一変したように感じられる。なんだかヤバそうな感じだ。
「――――!! ――――!! ――――!!」
唐突に大きな声を上げる店主。周囲の人も何事かとこちらを見た。
何かを、いや、誰かを呼んでいる……! こ、これは……ッ!!
最悪の事態を想定する。このままここにいれば罪人扱いで牢屋に入れられる可能性もあり得る。自分の身の上を証明するモノは何もなく、語り騙るための言葉も通じない。
踵を返す。
急いで路地裏へ逃げ込み、適当な積み荷の影に隠れる。
表通りをうかがっていると、ガチャガチャと甲冑の音を盾ながら騎士らしき人が現れた。
ここから導き出せる結論は……
(…………通報されたってことか)
捕まっていたらどうなっていたのだろう。
何も盗みは働いていないが、弁明もなにも出来ない以上、罪を軽くする手立てはない。冷や汗がドッと吹き出す。
良く言えば、治安が整っている。悪く言えば、余所者には居場所がない。
実害があったわけでもないからか、騎士は少しして去っていった。
バクバクと激しく鼓動する胸を押さえながら、一安心。
「……さて。これからどうするか」
状況がどんどん悪くなっていく。下手したらこのまま飢え死にすることだってあり得る。
いっそ街の外へ出るか?
それは自殺行為だろう。まだ街の中は安全だ。
掲示板にあったように、モンスターや盗賊が出てくるはず。戦う術を一つも知らないうえに武器もない。