禁忌の呪文
マリナは顔をしかめていた。
「嘘……じゃないのよね。呪いは発動してないし」
「ああ。こんな話、信じてもらえるとは思えないけど」
「信じるわ。それで? どんな世界なの?」
自分の知識の範疇で、元居た世界のことを伝える。
魔法の存在しない世界だということ。文明はこちらよりも発展していること。自分は日本という島国に住んでいたということ。
興味津々に食いついてくれるから、話し甲斐がある。
「文明は発展してるのよね。その技術でこっちに来たわけ?」
「さすがにそれはない。異世界なんて誰も存在してると本気で信じてないよ」
「じゃあ、どうやって来たっていうのよ」
「あの時は……声が聞こえたんだ」
「声……?」
オレはその謎が知りたくて魔法学校に入学した。未だにその真相には迫れずにいるわけだが。
あの時の呪文。ハッキリとは覚えてないが、雰囲気は伝えられる。
その呪文を口にした。
するとマリナの表情がみるみる変わった。
「――――やめなさい」
打って変わって強い口調で止められた。
「わかったわ。アンタがどうやってここに来たのかってこと」
「本当に!?」
彼女は頭を抱えて、深くため息をついていた。
「禁呪、よ」
マリナが言うには、現在の魔法とは別系統の魔法らしい。そんな魔法があるなんてオレは知らなかった。
「魔法を唱えるとき、アタシたちはよく【○○の精霊に願い奉る】って言うわね」
授業で習ったことを思い出す。
「確か、精霊に力を借りることで魔力を増幅したりできるんだっけ」
「そうね。禁呪はアタシも詳しくは知らないけど、悪い精霊や別の何かから力を借りる魔法だって言われているわ」
仕組みがわからない魔法を使い続けることは危険だと判断され、安全な魔法を推奨され、今の形に落ち着いたとのことだった。
マリナは、禁呪について軽く授業で触れた程度しか知らないらしい。さらに、EクラスやDクラスでは禁呪に関する知識は一切得られないという。
「はぁ……聞かなきゃよかった……」
大きなため息をついてうなだれている。
「そんなに禁呪ってヤバいのか」
「法で禁止されているのもあるけど、何より威力が格段に違うらしいわ。アタシも知識としてしか知らないから見たことはないんだけど」
謎が一つ解けた。
オレは、この世界に禁呪でやってきたのだ。
つまり、その禁呪さえわかれば帰れる可能性がある。
「……アンタは、元の世界に戻りたいの?」
「こっちの世界も悪くない。でもやっぱ帰りたいな」
ふぅん。と興味なさげにマリナは返事をした。
少し何かを考え込んだ後、
「なら協力するわ」
「えっ」
「協力するって言ったのよ」
マリナの口から信じられない一言が出た。協力してもらえるとは思っていなかった。
「それは助かるんだが、どうやって」
「禁呪の書庫に忍び込む」
情報を手に入れるために、情報のあるところに行く。それは理屈として間違ってはいない。ある点に目をつぶればの話だが。
「…………バレたらどうなる?」
「とーぜん、二人そろって死刑ね」
む、無茶苦茶だ!
さすがにそこまでのリスクを冒すのは考えてない。
「そ、乗り気じゃないならいいわ。一生帰れないわよ」
なぜ死のリスクを冒してまで、オレに協力しようとするのかその意図が不明すぎる。
「……ひとつ、質問させてくれ」
リスクの話は、実のところ些事に過ぎない。それよりも、もっと大事なことがある。
「なんで、オレに決闘を挑んだ?」
さっき飲んだ丸薬のおかげで、マリナは嘘をつけない。発動すればすぐにわかる。
「気に食わなかった、それが理由よ?」
「違う。聞きたいのはその先だ。なぜ、気に食わなかった?」
よっぽど追及されたくないのか、うっ、と短くうめいた。
「食い下がるのね……」
「答えなければ呪いが発動するんじゃないか?」
「ああもう、答えるわよ! ……魔法が使えるか使えないか、なんて、そんな小さな小さな理由で虐められているEクラスが気に食わなかったの」
恥ずかしそうにして顔を赤らめていた。言いたくなかったというのは良く伝わってきた。
つまり、お節介だったのだ。
「だいたいアンタね、上のクラスに逆らったらどうなるかわかってた? 決闘を挑まれて、無茶な条件を押し付けられてたわよ!?」
「それはマリナもじゃないのか」
「まあ。勝ったらコキ使うくらいはしてたけど、奴隷にしたりはしないし」
表には出さなかっただけで、本当は優しいんだろう。
最も大事なことはリスクのデカさじゃない。信頼できるかできないか、それが一番だ。
オレは手を差し出した。
「協力お願いするよ」
そして握手を交わす。信頼に足る、そう判断したからだ。
「あともう一つ、質問させてくれ。なぜリスクを冒してまで協力する気になったんだ?」
「禁呪は危険だからよ。異世界の住人を召喚する魔法なんて聞いたことが無い。何をしでかすつもりかわからないけど、放ってはおけない」
やっぱり、どこまでも世話焼きな気質のようだ。
「それなりに準備がいるから、出来次第教えるわ」
おやすみ、と言って彼女は部屋から出ようとする。
あ、聞きたいことがもう一つあった。
「結局、この呪いの効果は何だったんだ?」
「ん? 全身の感覚を鋭敏化させる呪いよ。たぶん20倍くらい? 悶え苦しむアンタを見て遊ぼうかと思ってたんだけどねー」
そう言い残して部屋から出て行った。
コ、コノヤロウ……。
もしかしたら、この家を借りる判断が間違っていたのかもしれない。
都合のいい玩具扱いを受けている気がする。




