真実
マリナの家は、家族以外にも大勢の人がいる。メイドや執事、料理人や庭師など、その役割も様々だ。一流の料理人が作る料理は格別に美味しかった。
個室に戻り、一人で休んでいるとコンコンとノックの音が聞こえてきた。
「マリナよ。入ってもいいかしら?」
「ああ、どうぞ」
静かにドアが開けられ、マリナが入ってきた。
その彼女の様子がいつもとかけ離れていて、オレは目を離せずにいた。
「ん、どうかした? ……アタシの顔に何かついてる?」
「いや」
俺が知っている彼女の髪型は、サイドテールの縦巻きロール。髪を降ろしているのは初めて見た。
それにどうやら風呂上りらしく、わずかに頬が上気している。
思わずドキリとしてしまう。
「それで用件は」
悟られないように、話を逸らす。
「えっとね。聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「そ。アンタの素性、教えてほしいのよ」
……素性か。
異世界から来たことは誤魔化したほうがいいだろう。頭のオカシイ話としか捉えられない。オレだって他人が「別の世界から来た」と言ったら病院を勧める。
「はい、これ」
マリナから丸薬を一つ渡された。これは一体……
「魔法薬の授業のときに作ったんだけどね、使い道が無くて」
「それはいいんだけど、どういう効果?」
「あとで教えるわ」
そんな妙なモノを渡されてホイホイと飲んだりはしない。
特に、マリナの場合は信用に足らなすぎる。
「先に飲んで見せてくれ」
そう言うと、しぶしぶ彼女はもう一錠取り出して呑み込んだ。
「……これでいいでしょ」
彼女にならって、オレも呑み込む。
すぐには異状は出ないようだ。
「じゃ、今からアタシの言う言葉に承諾して」
【汝、我が問いに嘘偽りなく答えよ】
「了解した」
一瞬、体の中がカッと熱くなったがすぐ治まった。
「精神に作用するタイプの呪いをかけたわ。過程が複雑なのよねー」
「は?」
今なんて言った? 呪いだと?
「大丈夫よ。嘘さえつかなければ発動しないわ」
「じゃあアレか? オレは一生お前に嘘がつけないってこと?」
「一晩寝れば効果は消えるから安心しなさい。さ、手順はわかったわね。アタシにもかけて」
呪文を模倣して唱える。それにマリナは承諾した。
普段使っている魔法とはかなり手順が違う。イメージするだけで発動するものだと思っていたのだが。
「だから複雑なのよ。簡単に人を操れてたまるものですか。少なくとも、相手の承諾は必ず要るわ。ま、他にも複雑な禁呪とか魔法はあるけどね」
「なるほど……。ところでどんな呪いなんだ?」
「嘘、ついてみる?」
楽しそうにクツクツ笑っているので、少なくとも命に関わるものではないだろうが、大変なことになるのは予想がつく。
「それでオレは何を答えればいいんだ」
「言ったでしょ、アンタの素性よ。どこの誰かもわからない人を安心して置くことは出来ないわ」
……嘘を、つくか?
呪いは死ぬものではない。なら、ついたって構わない。
ただ間違いなく関係は悪化する。それにこれはたった一度きりの機会なのかもしれない。
孤独だったこの世界に、真実を知る仲間を作れるチャンス。
オレは……
「ここじゃない別の世界から来たんだ」
真実を、打ち明けた。
すると不思議と胸が軽くなった気がした。