マリナ・ハイドフェルト
◆
入学してから一週間が経過した。
Eクラスでの勉強は充実していた。
廊下を歩きながら、ミーシャやほかのクラスメイト数人と話していた。内容はやはり共通の関心がある魔法についてが多い。
こうして仲間たちと共に魔法について語り、切磋琢磨する環境はとても楽しい時間だ。
しかし……
ふと三人ほどが自分たちの前に立ちはだかる。
「なに一丁前に魔法の話をしているんだ? Eクラスの分際で」
他のクラスの連中のようだ。胸にDクラスのバッジをつけている。
どうやら、他の上位のクラスはEクラスが自分たちと同じ学校にあることを良く思っていないらしい。
なんだそりゃ。少し魔法が上手に使えるってだけじゃないか。
「あー。すいませんね」
「フン、君は確かこの前入学してきたばかりの生徒だね。あまり生意気な態度でいると痛い目を見るよ?」
と忠告をされてしまった。そして彼らは立ち去っていく。
こんな風によく絡まれることが多い。クラスメイトの話では、オレが来る前からこうだったらしい。Eクラスってだけで立場が弱いそうだ。
「あ、あの……リュートくん……」
「ん?」
「つ、強気に出てしまって大丈夫ですか……?」
本当はもっと弱腰でいるべきなのだろう。けれど、オレはあえて強気で出た。個人的な感情に任せたのもあるが、それよりも他の人に火の粉がいくことを避けたかった。
ま、オレは脅しに弱い立場じゃない。
この世界に来てからはどん底で、失うモノはほとんどないに等しい。
「オレのことは気にしなくていいよ。たぶん平気だ」
「わかりました……で、でも、何かあったら私のことも頼ってくださいねっ」
ミーシャに心配されてしまった。どこまでも委員長気質というか……。
「それはそうと、リュートくんって魔法の上達はやいですよね!」
「……そうなのか?」
「イメージが上手というか、魔法の発動にかかる時間が短いと思います」
やっぱり向こうの世界でゲームに触れていた影響はデカいのかもしれない。
教室に入り自分の席に座る。そして次の授業に備えて準備を始めた――。
◆
……その翌日。
「リュート・アクツ、という生徒はいるかしら?」
Eクラスに闖入者が現れた。そしてオレを探しているようだ。
クラス中の視線がオレに向けられる。
「そ、あなたがリュートね?」
艶やかな金髪と、サイドテールの縦巻きロールが特徴的だ。服装は制服だから特に代わり映えしないが、見るからに貴族のお嬢様って感じ。胸につけているAクラスのバッジがキラリと光る。
マリナのオレンジ色の瞳がこちらを射貫く。
「……何か?」
「アタシはマリナ・ハイドフェルト。あなた、平民の分際で魔法を学んでいるようね」
開口一番のセリフにカチンときた。いきなりなんだコイツは。
「Eクラスなんかで魔法を学んだところで意味は無いのに」
「それで、何の用か?」
クラスメイトを馬鹿にされたことが癪にさわった。
明らかな挑発なんだが、どういう意図なのだろう。もう少し様子を見るべきか。
「Eクラスに新しく入ってきた生徒がいるって聞いてね――――躾に来たのよ」
「間に合ってるよ。余計なお世話だ」
少し魔法が上手に使えるからといって、それが何なのだ。そこに貴賤は無いはずだろう。
「……それにしても騎士団長様も目が曇ってるわね。こんなのに才能を感じたなんて、魔法のセンスはゼロね」
「――――オイ」
スイッチが切り替わる。ソフィアを馬鹿にされたことが怒りの引き金となった。
ここまで挑発されたんだ、目的を引き出してやる。
「何が望みだ?」
マリナは愉快そうに笑う。
「……アタシと決闘をしましょう? 負けたほうが『何でも言うことを聞く』っていう条件付きで」
決闘。
AクラスがEクラスに挑む。怒りに任せて乗れば、おそらく一方的な凌辱になるだけだ。
結果は目に見えている……が。
「いいよ、受けよう」
オレは承諾した。
クラスが一斉にざわつく。まさか受けるとは思っていなかったんだろう。
「リュ、リュートくん!?」
「大丈夫だよ、ミーシャ。迷惑はかけない」
「そ、そうじゃなくてリュートくんが心配で……!」
マリナは満足そうにうなずいて、
「決闘の承諾、感謝するわ。――それじゃ、一週間後にやり合いましょう」
要件を伝え終えたのか、背を向けてオレの前から離れていく。
「あ、あなた、どうしてこんなことを……ッ!」
ミーシャがマリナに吠える。決闘と呼ぶことすらオカシイ、阿久津竜登を潰すための虐殺を見過ごせないようだ。
「んー? 単純に気に食わないからよ。ライオンだって目の前の羽虫はウザったいものでしょう?」
その問いに対して答えてから、闖入者はEクラスを後にした。
ざわついていたクラスに静寂が訪れる。
それはお通夜の雰囲気に近い。
クラスメイトから向けられる視線は、憐れみのものばかりだった。




