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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"文献"を求めて

 

「なるほど。それで過去の文献を探しに来たんですね」


 しんと静まり返る図書館内を、少々年齢よりも幼く聞こえるマールの可愛らしい声が響いていく。流石に昼の鐘が鳴る前にここを利用する人は、相も変わらず少ないらしい。本が好きなイリスにとってこの場所はとても魅力的な場所なので、少し寂しさを感じてしまう。


 今朝方、王国から発表がなされた。この国が抱えている現状と対応策を。そしてフィルベルグ王国は特別警戒令が出され、出国を慎むようにとのお達しが国中を駆け巡った。殆どはその原因となった事柄について、把握している者はいない。

 それも200年以上前に起こったとされる脅威が今目の前に来ているだなどと言われても、誰もぴんと来るものではないのだから、戸惑うのも仕方が無いだろう。


 焦っているのはその現状を詳しく知る王国の中枢と、ロットのように自身で文献を見つけた者、(ある)いは偶然にそれを見つけた者くらいだろう。

 (もっと)も、その書かれている内容を信じない者も少なくはないかもしれないと思えるほど、あまりにも現実離れした創作物語のように感じる者もいるかもしれない。


 イリスは以前レスティからそういった事件があったという事と、文献が図書館にある事は聞いてはいたが、生い立ちのせいだろうか、やはりいまいち信じられないという思いでここへ来ていた。王国からの発表前にルイーゼから事の詳細を聞いてはいるが、それでもイリスには信じきれずに確かめに来たという次第だ。


 いや、信じたくない、と言った方が正確だろうか。

 恐らく誰もがそんな事が迫っているとは思いたくはないだろう。つい昨日まで穏やかに暮らしていたのに、今朝になって行き成り脅威が迫っている、だなどと言われても驚くだけに決まっている。


「今朝の件に関係する二百五十年ほど前の文献ですか。どこだったかなぁ」

「マールさんは歴史が好きと言ってたので、もしかしたらご存知かなって思ったんですけど」

「私はフィルベルグ王国の歴史が好きなんですよ。"始まりの歴史"も明確にされていませんし、とても魅力的に思えるんですよね。でもそういった、所謂怖い(・・)歴史に関しては、私はあまり調べていないんです」

「そうですか。それじゃあ歴史の棚を探してみますね」

「あ、待って下さい」


 そう言ってマールはカウンター奥にある部屋に向かって声をかけていく。


「せんぱーい! ちょっといいですかー?」


 しばらくすると一人の綺麗な女性が奥から出てきた。

 ブラウンでロングのエアウェーブパーマの大人系素敵美人のお姉さんだ。

 暗めのブラウンの瞳で、目元はとても優しいが目力が少々あり、マールを時々びびらせている先輩さんだ。

 マールはイリスが探していると言う文献についてエメリーヌに尋ねると、彼女はイリスへと向き直り、素敵な笑顔で挨拶を丁寧なお辞儀と共にしていった。


「初めましてイリスさん。(わたくし)は、フィルベルグ王国国営図書館司書長兼館長代理を勤めております、エメリーヌ・プレヴァンと申します。宜しくお願い致します」

「初めまして、イリスと申します。こうしてお話させて頂くのは初めでですね」

「本来であればもっと早くご挨拶をさせて頂くべきだったのですが、中々機会がなく申し訳御座いません」

「いえいえ、とんでもないです」

「せんぱーい。それでイリスさんの探している文書ってどこですかー?」

「こ・と・ば・づ・か・い」

「ひっ」


 一気に青ざめるマールにお構いなく、エメリーヌは指示を出していく。


「歴史書の棚奥の左の棚、下から二段目、右から四番目の辺りにあるから持ってきて頂戴」

「はひっ」


 びしっと身体を真っ直ぐにするマールの姿を見ながら、イリスはエメリーヌに驚いた表情で話しかけた。


「凄いですね、エメリーヌさん。文献の場所を把握されてるんですね」

「先輩は本当に凄いんですよ。本の位置や一度読んだ本のタイトルと内容を記憶出来るんです」

「ある程度は、というものではありますが、大凡(おおよそ)は把握しております。尤も、来館者が本来あった場所とは違う本棚に戻してしまう場合も多いので、大体その辺りという曖昧なものではありますが」


 再びエメリーヌがマールへと指示を出すと、少し飛び跳ねたようになりながら目的の本棚へと向かっていった。そのぎこちなく見える彼女の後姿を目で追いかけるイリス。不思議な動きをしているマールにくすりと笑みが零れてしまう。

 そんな中、エメリーヌはイリスへ詫びていった。


「イリスさんの前で、少々強い言い方をしてしまいましたね。申し訳ありません」

「いえ。いつも思ってましたが、エメリーヌさんの言動は全てマールさんの為になる事ばかりでしたから。優しい先輩に恵まれてマールさんは幸せですね」

「優しいと言われたのは、とても久しぶりの様な気がします」


 目を見開きながら驚くエメリーヌにイリスは言葉を続けていった。


「いつも優しくてとても綺麗な瞳をしていましたよ」

「そう言って頂けると救われた気持ちになります」


 とても優しく微笑むエメリーヌの美しさに、思わずため息が出てしまいそうになるイリスだった。マールを待つ間、エメリーヌが普段は彼女に言えないような事をぽつりと言葉にしていく。


「あの子は優秀な子なのですが、来館者に対しての言葉遣いが砕けてしまう時が多いのです。その性格が無ければ司書長を任せたいと思っているのですが、中々改善して貰えないのですよ」

「私としての意見で申し訳ないですが、マールさんの普段のおしゃべりも私は好意的に思えますよ」

「私個人で言うのならば可愛く思えるのですが、ここは王国の国営図書館ですので、どうしても言葉遣いを直さないと品格を疑われてしまう場合があるのです。

 あの子には将来、私の役職である館長代理になって欲しいと思ってますので教育をしているのですが、中々改善して貰えず、あの性格では任せられないと館長に言われているのですよ」


 エメリーヌはイリスが思っていた通りの、優しく思いやりのある素敵な先輩だった。多少目力が強いせいで誤解されやすく、遠ざけられやすいのだと本人は言っていた。その瞳のせいで、なるべく人当たりの良いマールを受付に出しているのだそうだ。彼女が受付から下がりマールに任せてからは、そこそこ好評のようなのだが、少し私語を話し始めるとすぐに言葉が砕けてしまい、その度に注意をしているのだとか。


 気さくで人当たりがいいのでそれでも良いかもしれないと、エメリーヌも一時期は思っていたのだが、それを館長に見つかり品格が無いという理由で、マールではなくエメリーヌが怒られたのだとか。それでも可愛い後輩の事を思って下さっているのですねとイリスが言うと、どうやら少し違うらしい。


「可愛い後輩に違いはありませんし、あの子に期待もしているのですが、どちらかと言えば後輩ではなく、可愛い妹といった所ですね。本人に言うとまた調子に乗ってしまうので、伝えることは出来ませんが」

「ふふっ、本当に大切にされているのですね」

「その分、怒ってばかりでもあるのですけれどね。きっとあの子には怖い先輩で、嫌な先輩なんでしょうから」

「そんな事ないですよ。きっとマールさんにも気持ちが届いていると思いますよ」

「だと良いのですが……」

「すみませーん! お待たせしましたっ!」


 瞳を閉じて、はぁっとため息を付くエメリーヌと苦笑いをするイリスを、きょとんとした様子で見つめるマールであった。


「こちらがご希望の文献と思われるものです」


 その文献は十ページほどの紙を上部で纏められただけのもので、あまり古い時代の物とは思えないような書物だった。エメリーヌの話では、紙自体はそう古いものではないそうだ。

 原書は王室図書館に大切に保存されているらしく、こちらの文献自体は複製品になるそうだ。保存魔法がかけられているとはいえ、流石に原書のまま図書館に寄贈は出来ないのだとか。


 その文献を受け取ろうとした時、エメリーヌはイリスへ言葉を発していく。


「大丈夫ですか、イリスさん。この文献に書かれているものは、少々刺激的かと思われますが」

「刺激的、ですか?」

「はい。本来であればこういった事を言うことはありません。この図書館はどなたでもお好きな本を、お好きなだけ読める場所ですので。

 ですが、この文献に書かれている内容は、イリスさんにとって辛いものかもしれませんよ。お読みになるのなら、ある程度の覚悟が必要になると私は思います」

「そ、そうなんですか?」


 少々焦るイリスにマールも真面目な顔で言葉を続けていく。


「私もそう思います。題名を見て思い出しました。この本は怖い本(・・・)です。私としてもイリスさんにお見せするのは躊躇(ためら)ってしまいますね」


 しばらく考え込むイリスは、それでも内容を知りたいですと二人へ告げていく。今起こっている現状を知らずにいる事の方が、イリスにとっては怖いと判断したようだ。これもひとつの知識欲なのかもしれないが、そもそも大量の魔法薬を必要としている時点で、異常事態になっている事はわかっていた。

 今朝の王国側の発表である程度の現状を把握する事は出来たが、何が起こっているのか詳しくは書かれていなかった。そしてそれは、目の前にある書物に書かれているのではないかと、イリスには思えてならなかった。


 二人は自分を気遣ってくれている。ここに何が書かれているのかを把握した上で、心配してくれた。何が書かれているのかはまだ分からないが、かなりの衝撃的なことが書かれている事は容易に理解できる。

 それでもきっとこれを知ることが、今のイリスには必要なことのように思え、意を決して二人へと話していく。


「それでも、私はこれを知らないといけないような気がするんです。これからたくさんの冒険者さんや、騎士さん達が王国の人達のために戦うそうです。私に戦う事は出来ないけれど、せめて何が起こっているのかはしっかりと勉強したいんです。

 何も知らないままじゃいけないと思うから。きっとここに書いてある事を知ることが、今の私にとっては必要なんだと思えるんです。だから、読ませて頂きます」


 真っ直ぐと二人を見つめ、しっかりと言葉にしていくイリス。

 その言葉に納得したように、二人は微笑みながら答えていった。


「わかりました。何かあれば仰って下さい」

「どうぞ、イリスさん」

「ありがとうございます」


 笑顔で文献を受け取り、お辞儀をして適当な席へと向かうイリス。

 そんなイリスを笑顔で見送りながらも、不安になってしまう二人であった。



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