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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第四章 真実の愛を
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それぞれの"時間と想い"

 

 愛の誓いを宣言が出来ずに無言になる王女の元へ、白銀の騎士が登場する。

 傍にはひとりの小さき少女が横に立っていた。


 自身の想いを王女様へ伝える白銀の騎士を取り押さえようと、王国騎士が立ちはだかる。だが少女は白銀の騎士を護る。魔法を使い、王国騎士達を拒む壁を作り、花嫁までの道を作り出した。それは女神アルウェナに祝福されたかのような、とても美しいウェディングアイルだった。


 一歩、また一歩と進みながら自身の想いを告げる白銀の騎士。そして王女の前まで来ると、絵に描いたような最敬礼でのプロポーズに、教会に訪れた人々の心を一気に魅了させてしまった。


 美しい宝石のような涙を零しながらも、透き通る声で答える王女様は、その細く透き通るような白さの左手をそっと添えていき、白銀騎士の胸へと飛び込んだ。


 愛を(うた)う白銀の騎士の告白に応える美しき姫君。その姿はまるで『Alice(アリス)』の一場面を見ている様な、そんな優しい気持ちにさせられた。


 女王は白銀の騎士を(そそのか)し、婚儀を止めた少女に獰猛な瞳で言葉にしていく。「何をしているのか理解しているのか」と。続けて女王は少女へ向かって鋭い言葉を投げかける。「王国を敵に回すつもりか」と。

 途轍もない威圧を少女へ放つ女王。"鮮血の戦姫(ブラッディプリンセス)"は今も尚、健在であった。


 だが少女は"鮮血の戦姫(ブラッディプリンセス)"の威圧を跳ね返し、臆す事無く答える。

「想い合う二人が幸せになれないのはおかしい」と、声を高らかに叫んでいった。

 誰もが女王の威圧に震え(おのの)く中、少女だけは違っていた。

 何という気高く、美しい少女なのだろうか。


 例え王国中を敵に回したとしても、二人の愛の為に信念を曲げる事がなかった意志の強さ。そしてその純粋で美しい調べの様な愛を語る、気高く清廉なその姿は、女神のような輝きで溢れる女性だった。その姿はまさに――。


「『――まさに"愛の聖女"の顕現と言えるであろう』。あらあらまあまあ」


 右手を頬に添えながら目を丸くして号外を読むレスティ。


Alice(アリス)』とは、この国だけではなく世界中の人々に愛された、最も有名な恋物語の主人公であるお姫様の名前だ。特に若い女性には絶大な人気を誇る恋物語である。

 光り輝く美しい泉で出会った、妖精のような幻想的な美しさを感じるお姫様が、白く輝く鎧を身に纏った素敵な王子様と出会い、恋に落ち、様々な困難を乗り越えて二人は末永く幸せになっていく、というお話だ。


 親から読み聞かせてもらったその恋物語を、女の子なら誰もが憧れ、一度はお姫様になって素敵な王子様と巡り逢いたいと思う、そんな素敵な物語だ。


 『Alice(アリス)』の著者は今現在も判明しておらず、謎多き本としても有名であった。


「……あら、これ偽装婚儀だったのね。……まあまあ、二人の為に王国がお手伝いを? ……あらあらあら、ミレイさん達も仕掛け人だったのね、うふふっ。……あらあらまあまあうふふっ」


 物凄く楽しそうに号外を読み続けるレスティと、テーブルで突っ伏しながら腕を力なく広げながら、真っ白になっているイリス。

 少女はなにやら、ぶつぶつと唱えているようだ。どうにか聞き取れた言葉を拾ってみると、どうしてこんな事にだの、なんでこんな事にだの、ぶつくさ呟いているようだった。

 その姿すらも可愛らしくレスティには見えてしまい、あらあらと微笑んでしまっていた。


 こんな事になるだなんて、イリスには思ってもみない事だった。いや、恐らくロットとネヴィアも知らなかっただろう。まさかあの列席者の中に記者が紛れ込まされていただなんて、想像だにしなかった。

 それどころではなかった、と言い訳じみた事は言えるのだが、時既に遅しだ。

 レスティの話によると、この号外は早朝から配られていたそうなので、既に多くの国民がその事実を知る事となっているだろう。


 幸いな事に名前は書かれていない為、自分と判明はされないだろうと高をくくっていたイリスであったが、ここは王都であり、

 今回の式の花嫁が、この国の国民にとても愛された王女のひとりだった事。

 イリスは知らなかったが、相手がかの有名なヴァレンテ家の次男である事。

 ネヴィアの想い人が、あの有名なプラチナランク冒険者のロットである事。

 式日が発表されてからイリスが王都中を走り回り、ロットを探していた事。

 そして少なからず、王都でも有名になりつつある、薬屋の売り子という事。


 などの理由から、あっさりと少女が誰かを推察して広まってしまい、多くの国民達が"森の泉"に訪れイリスを質問攻めしした挙句、騒ぎを聞きつけたルイーゼ達に『お店の迷惑になるから散会して下さい』と言われる事態になってしまった。


 そんなこんなをしていると、すぐに夕方となってしまった為、この日の売り上げは雷雨の日と同じ、0リルとなってしまった。


 その売り上げは完全に自分のせいだと理解しているイリスは、とても申し訳なさそうにしていたが、レスティは今までにない斬新な日になったと、とても楽しそうに笑っていた。



 一方、ミレイ達はというと。

 式日の夕方から、レナード達とひたすらお酒を飲んで騒いでいたようだ。


 悪く言えばイリスを騙していた事にもなるのだが、それでも彼女達はロットとネヴィアの婚約に喜び、ギルドにて飲めや歌えの大騒ぎをしていたようだ。

 当然、周りに迷惑をかけない程度には抑えていたが、夕方の鐘から夕方の鐘まで飲み続けるという、とても貴重な体験をしたらしい。

 ちなみにギルドは受付は夜の鐘で修了となるが、食事に関しては一日中介抱しているそうだ。収益金は物凄いらしく、ウェイトレスさんも料理人も多く雇っているそうだ。


 翌日、二日酔いとなった真っ青な表情のオーランドとハリスを、情けねぇなと呆れるレナードと、同じ席で酒を飲んでいるミレイだった。


「まだ飲むのかよ……」

「あはは、こんなのまだ入ったにならないよー」

「……お前、昨日一番飲んでなかったか?」

「んー? 気のせいじゃないかなー」


 この日、新たに"うわばみ"の称号を付けられるミレイであった。

 尚、二人が二日酔いから完全復帰するまで、3日の時間を要する事となる。




 *  *   




「まさか姉様の婚約者(フィアンセ)があの方だなんて、思いも寄りませんでした」


 ネヴィアの私室のソファーに腰掛けた王女達は話をしていた。


「エミーリオ様は素敵な方でしょう?」

「ふふっ、そうですね。姉様がお慕いする理由もわかります」


 リアーヌの淹れてくれた絶品茶を飲みながら、昨日の事を話していった。


「それにしても、まさか王国を巻き込んでのお芝居をするだなんて」

「発案者は母様ですからね。私はそれに乗っかかっただけですわよ」

「まさかロドルフ様まで関わっているとは、未だに信じられません」

「母様の言葉曰く、『あの堅物が最後の難関』なのだそうですわよ」

「ルイーゼ様なら母様ととても仲が良いので分かるのですけれどね」

「そうですわね。ルイーゼは昔から母様とお友達みたいですからね」

「私達もイリスちゃん達と、ずっと仲良くして貰えるのでしょうか」

「何を言ってるのネヴィア。イリスさんもミレイさんも、人を見た目や肩書きで判断しないですわ。私達はいつまでも素敵な友人関係で居られますわ」

「そうですね、姉様」


 今回の件でネヴィアは、晴れて想い人との婚約をする事が出来た。

 ここまで来るのに、彼女にとって本当に大変な事件を体験する事となった。

 思い返すと今でも胸がどきどきしてしまう。


 あの後、落ち着いて列席者を見てみると、王国の兵士達だと理解できた。

 見知った顔があったからだ。それに気づく事が出来ないほど、世界が灰色に見えていたようだ。そしてロットが自分の名を叫んだ瞬間、世界に色が戻ったのだそうだ。


 その事を姉に話すと、どれだけらぶらぶ(・・・・)なんですのと茶化されてしまった。


 その言葉に赤らめてしまう可愛らしい妹を、本当に幸せになれて良かったと、安心したように微笑みながらお茶を飲むシルヴィアであった。


 ふと入って来たメイドが一枚の紙切れをリアーヌに渡し、何かを聞いているようだった。用件を伝えるとメイドは戻り、リアーヌがこちらへと向かっていく。


 その一枚の紙に書かれた内容を知る事となり、耳まで真っ赤になって顔を両手で覆い隠していくネヴィアの姿を見るのは、もうほんの少しだけ先のお話である。




 *  *   




 式日の日、夜の鐘が鳴った少し後の王城の執務室にて。


 王は落ち着きもなく行ったり来たりを繰り返していた。

 その何とも言えない煩わしさに、目の前にある書類にサインをしていく女王は、声だけでロードグランツに注意をしていく。


「もう少し落ち着いたらどうですか?」

「だがっ、だがっ!」


 言葉にならない国王は子供のような顔で妻に応えを返すも、女王は書類から目を離さず、淡々と話を続けていく。


「国王なのですから、もう少しどっしりと構えていて下さい。たかが(・・・)娘の婚約ではないですか」

「ななな何を言うか! 可愛い可愛い愛娘が嫁に行ってしまうのだぞ!? これが落ち着いてなど居られる訳がない!」

「何を今更。それにまだ嫁に行っておりませんよ。婚約です」

(いず)れは私の元を離れてしまう、と言う意味では同じ事だっ」


 あまりの溺愛っぷりに、思わず手を止めて夫を見上げてしまうエリーザベト。

 その表情は、何とも言えない可哀相な人を見るような瞳をしていた。


「年頃の娘が嫁に行く事は、とても幸せな事だと思うのですが?」

「それはわかっている!」

「しかもお相手は想い人である男性で、人柄も評判も文句の付け所がありません」

「それもわかっている!」

「でしたら、愛娘の幸せの為に嫁に出すくらい、笑顔で送り出して下さい」

「それは無理だ!!」


 断言するロードグランツに、今度は哀れみの目を向けてしまうエリザだった。

 寧ろ何言ってるんですかこの人は、という瞳にも見えるその表情に気が付いた夫は、やれまだ早いだなんだと言い訳を()ね繰り回す大人気無い姿に、思わず顳顬(こめかみ)を抑えたくなる衝動に駆られたエリーザベトであった。


「貴方はただあの子に、傍に居て欲しいだけなのでしょう?」

「そうだ!!」


 はぁっと深いため息をつくエリーザベトは、無視する事にして書類に目を戻していく。何か夫が言っている気はするが、内容的にはどうでも良い事の様なので、仕事に集中していく。前日の夕方から午後の鐘までネヴィアの件で職務があまり出来なかった為、仕事が山積みになってしまっていた。


 この日、夜遅くまで明かりの灯った執務室の中で、ひとりの男性の声だけが独り言のように続いていった。




 *  *   




 運命の日の夜、ロットはひたすらギルド地下訓練場で鍛錬を続けていた。

 それはまるで、弱い自分を振り払うかのような、鋭い剣の振りをしている。


 もしあの時、イリスが来てくれていなければ、本当にどうなっていたか分からない。いや、どうるなるかなんて決まっている。今のようにネヴィアと婚約など出来る訳がなかった。今回の件は全てイリスのお蔭であり、自分は何も出来ずに呆けていただけだった。


 情けない。不甲斐ない。腹立たしい。

 号外が出た時点で城まで行って、強引にでもネヴィアを連れ去るくらいの気迫があっても良かった筈だ。なのに何も出来なかった。自分に負けて、諦めて、大切な人を手放そうとした。

 何度考えても自分の情けなさに腹が立つ。ネヴィアは信じて待っていてくれていたのに、俺は3日も待たせてしまった。

 婚約をする事は出来たが、それは結果論に過ぎない。たったひとつの事がなかっただけで、絶対に成就する事など有り得なかった。


 剣を鋭い速度で振るうロットには理解していた。

 イリスと出会っていなければ、ロットはネヴィアを確実に諦めていた事に。


 あの小さな少女の大きな決意に揺れ動かされ、悩みの一切を吹っ切ることが出来たが、もしあの子と出会っていなければ、ネヴィアと出会っていたとしても、今このような幸せを感じる事は絶対に出来なかっただろう。


 なんて情けないんだ、俺は。……強く、もっと強くならなくてはいけない。誰にも負けないほどの強さを得なくてはいけない。自分自身に負けない強さも身に付けなくてはいけない。

 大切な女性(ひと)が出来た。大切な妹もいる。自身の気持ちにすら覚悟が出来なかった自分に、今それを言葉にする資格など無い。

 強く、誰よりも強くならなくてはいけない。絶対に護ってみせるんだ!


 誰もいない訓練場に響く風切り音。

 そして昨日の午後になる前までには確かに無かった覚悟と意思。


 剣を振るう事に集中しているロットには気が付いていなかった。

 左手に持つ白銀の盾が、淡い赤色の光で覆われている事に。




 *  *   




 この日一枚の号外により、ネヴィアとロットが婚約した話が王都中に広まるのに、一日とはかからなかったようだ。


 その幸せな出来事を祝う者、想い人が結婚式に現れ愛を告げた事を羨む者、愛を高らかに叫ぶ聖女の登場に驚く者。その少女はもしかしたら女神アルウェナの使いなのではないかとまで噂される事となった。


 様々な想いはこの広い王国全体を、たったの一日で巡っていった。

 あまりの速さに驚く当人達は、人伝の恐ろしさを知る事となる。


 そしてその余波を受けるイリスは目を丸くしたまま、聖女さまに会いに来たと告げる王国の人たちに驚きながら、店内で質問攻めにあっていた。


 そんな人混みを掻き分けてルイーゼが入ってくる。

 今日はそんな日だった。





 *  *   





 婚儀の日より3日後。


 浅い森の奥にある深い深い森の最奥で、一匹の魔物が凄まじい断末魔を上げて倒れ込んでいった。

 声の主は灰色がかった茶の胡桃色の魔物である。名をオレストベア。出会ってしまったら、まともに戦う事すら難しいとギルドにも認定され、フィルベルグ周辺で最悪の魔物と冒険者に言われている魔物だ。


 そんな魔物が、たった一匹の魔物と思われる存在に蹂躙されていた。


 その姿はどことなくオレストボーアに似ている様にも思えたが、まるで別物と思える存在だった。身体は大きく3メートラを優に超えており、まるで尖った鱗のような皮膚で覆われていた。ボア種と同じような緩やかに弧を描いた大牙は、ささくれ立つ竹の節のような、幾層にも伸びたようにも見えるものだった。


 何より特質すべき点は、その身体全体を覆っているかのような、黒い霧のようなものだった。それは控えめに言っても、この世のものとは思えないほどの禍々しさを放っており、ギルド討伐指定危険種でも有り得ないような凶悪な眼が、赤黒く光っていた。


 魔物のような存在は、事切れたオレストベアを睨み付ける様に一瞥しながら、空へと向かって声と思われる音を上げた。

 そのあまりにも大きな音に周囲はびりびりと響いていき、それが聞こえた魔物は音の方向から脇目も振らずに逃げていった。




 評価して頂き、本当に有難う御座います。なんだか面白かったよって言って貰えているみたいで本当に嬉しいです。拙い文章ではありますが、今後とも頑張って行きたいと思っておりますので、生暖かい眼で見守ってくださると嬉しく思います。



 今回は時系列の通りに書いておりません。特に重要になるものでもないので、あえて人別に書かせて頂きました。

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