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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第四章 真実の愛を
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"間違って"います

 

 花嫁は目を大きく見開いて、声の方向へと向き直る。


 ウェディングアイルの向こう、教会の入り口の場所に、ひとりの白銀の騎士が立っていた。


「ロット様……」


 目を見開いたまま、花嫁はそう言葉を声にした。

 その声はとても小さなもので、本当に近くのものにしか聞こえないような、ささやかで弱々しいものだった。


 しばらくの時間を挟み、白銀の騎士の後ろに少女が現れる。

 その姿は息も絶え絶えで、かなりの距離を走って来たように思えるほど、

 少女の息は荒く、肩を上下に大きく揺らしながら呼吸を整えているようだ。


 見つめる先にいる男性はネヴィアをしばし見つめると、ウェディングアイルを一歩ずつ女性の下まで歩いていく。


 はっと気が付いたように、意識をこちらへと戻した宰相ロドルフが叫ぶ。

 その声は教会内の隅々まで響き渡るほど、とても大きなものだった。


「え、衛兵! その者を摘み出せ!!」


 側廊の両端に控えていた騎士達は戸惑いながらも、侵入者を排除しようとその男を抑えにかかる。

 だが少女は叫ぶ。ありったけの力を込めて。それを黙って見過ごす事など出来る訳がないのだから。


 使う言の葉(ワード)は〔双壁〕〔(はば)む〕属性は風。集中し魔力を込めて魔法を詠唱した。


「風よ! 人を阻む双壁となれ!!」


 アイルランナーに入ろうとするまさにその時、優しく暖かい色をした白緑の壁が現れ、騎士達の浸入を阻んでいった。

 それはまるで、その恋路を邪魔する者達全てを退けるかのような強さのある壁だった。


 強烈な眩暈にイリスは両手を床に付けてしまうが、魔法は成功したようだ。騎士達は目を丸くしながら壁に触れているが、これはそう簡単には壊せないはずだ。

 その魔法の事をよく知っている者のひとりは、扇子を取り出して口を覆いながら少々目を細めていく。


(なるほど。これ程の魔法が使えたのですね。やはり説明せねば危険でしたね)


 会場の誰もが目を見張る少女の発動した魔法に、教会中が静まりゆく中、ロットは歩みを止めず、花嫁の前まで歩いていった。イリスも震える足へ強引に力を込めながら立ち上がり、ロットの少し後ろを付いて行くも、教会の中央辺りまで来ると限界が来たらしく、その場にへたり込んでしまった。

 こんな事になるのなら、マナポーションくらい持って来るべきだったと後悔しながら、少女は事の成り行きを静観していく。

 後はロット次第で、自分の役目はここまでなのだから。


 手を伸ばせば届く最愛の人との距離まで進んだロットは、静かに言葉を紡いでいった。


「俺はネヴィアが幸せになってくれるなら、それで十分だと思ってた。

 自分の事よりも、ネヴィアの幸せだけを願っていた。

 ただそれだけでいいと、自分の感情を押し込めて、

 それでもネヴィアが幸せになれるのならって、そう思ってた。

 でも自分の気持ちに嘘を付き通せなかった。君にだけは付き通したくなかった。

 そうイリスちゃんが教えてくれたんだ。自分の気持ちに嘘をつかないでって」


 ロットはとても穏やかな優しい笑顔でネヴィアを見つめ、言葉を続けていった。


「ネヴィアと一緒にいると本当に楽しくて幸せだった。毎日が輝いて見えたんだ。

 傍にいるだけで気持ちが温かくなって、君がいてくれるだけで俺は幸せなんだ。

 でも、ネヴィアがいないと、俺は俺でなくなってしまうんだ。

 それをこの数日、身に染みて理解する事が出来た。


 ネヴィアは俺の全てだ。君さえいてくれるなら、他には何も望まない。

 どんな困難にぶつかったとしても、俺が必ずネヴィアを支えるから。

 どんな悲しみに打ちひしがれたとしても、俺が必ず笑顔にして見せるから。

 だから――」


 とても澄んだ真っ直ぐな瞳で、ロットは言葉を丁寧に紡いでいく。

 そしてゆっくりとその場で右膝を(ひざまず)かせ、右手を左鎖骨に付けながら最愛の人に左手を差し伸べて告げていく。


「ずっと俺の隣にいて下さい」


 静かに語られる彼の言葉は明澄(めいちょう)な音色として、しんと静まり返る教会に響き渡っていった。


 美しい花嫁は最愛の人から告げられた幸せの言葉に、ぼろぼろと大粒の涙を零し涙しながらも、飛び切りの笑顔ではっきりと伝えた。


「はい!」


 そっと大切な人の手を左手で取るネヴィアに愛おしそうに微笑むロットを、イリスはホッとしたように見つめていた。

 最敬礼をして左手を差し出すのは、この国における男性が女性にするプロポーズの形であり、女性がその手に左手を添えるのは、お願いしますという答えとなる。

 立ち上がるロットの胸に飛び込むネヴィア。それはまるで何年も逢う事が出来なかった、愛しい人への想いの姿の様に見えた。


 とても微笑ましく思えるのだが、状況が改善されたわけではない。ここからどうするかを考える間もなく教会へ来てしまった。

 それほど時間がなかったのだ。正直なところ、ぎりぎりだったかもと思えるほど切迫していた様にも見えていたが、問題はここからだろう。どうやってこれを切り抜けようかと、イリスは立ち上がりながら必死に考えていた。


 だが、イリスが考えを纏める前に、女王エリーザベトがゆっくりと立ち上がり、イリスへと向き直っていく。女王に見られただけでゾクっと血の気が引くような冷たく鋭い眼で見つめられ、イリスは冷や汗をかいてしまう。


 獰猛な瞳のまま、エリーザベトはイリスへとゆっくり話しかけていく。


「……これは一体どうした事でしょうか、イリスさん」


 何も言葉に出来ないイリスは黙りこくってしまう。

 下手な事は言えない。嘘も声色どころか表情の揺らぎひとつでばれてしまうだろう。必死で考えるイリスに、痺れを切らしたように女王は低い声で言葉を続けていった。


「この結婚式は国王、女王の許可を得た正式な婚儀です。招待状に国璽が押されていた様に、これは国が認めた結婚式です。そしてこの式は同時に政務の一つでもあります。国の勤めを止めようという事の意味は貴女なら十分に理解出来ますね?」

「……はい」

「ならばどういう事なのですか、これは。よもや反旗を翻すおつもりですか?」

「い、いえ! そんな事をするつもりはありません!」

「同じですよ、貴女がしている事は。まさかとは思いますが、このフィルベルグ王国を敵に回すおつもりですか?」


 思わぬエリーザベトの言葉に驚愕するイリス達3人。

 慌ててロットとネヴィアが話そうとするも、それは遮られる事となる。

 一人の少女の言葉によって。


「お待ち下さい! 女王陛下!」

「母様! どうか私の話を聞いて下さい!」

「敵に回す気などありません! ですが、この結婚式は間違っています!!」


 二人の声よりも大きく、教会全体に響いていった。

 その言葉を聞いた女王は、更に鋭い瞳でイリスを見つめ、言葉を発していく。


「……我々が認めた結婚に、間違いがあると、そう、仰るのですか?」


 以前、王女達に放った威圧処ではない強烈なものが、教会内を包み込んでいく。

 その凄まじい怒気にも思えるその鋭い威圧に青ざめ、震えながらへたり込むネヴィア。近くにいるだけでこれだけの影響を受けてしまうのだ。その威圧の対象となるイリスは一溜まりもない。


 一気に汗が噴き出し、がくがくと足が痙攣するように揺れる。

 息をするのも辛く思えるほどの威圧感に、女王へ恐怖心すら抱いてしまう。

 だが、それでも膝を付く事を拒絶したイリスは、震える唇と声で答えていく。


「……そうです。間違ってます」


 その言葉に睨み付ける様にイリスを見ながら、言葉を返していく。


「では、フィルベルグを敵に回すと言う意味ですね?」

「違います! ですが、この結婚に賛成は出来ません! 

 大切に想い合う人同士が幸せになれないなんて、間違っています!!

 結果、この国の人たちを敵に回す事になったとしても、

 それでも私は、この結婚に賛成など絶対に出来ません!! 

 どうかお願い致します! 二人の結婚を認めて下さい! 

 どうか、二人の笑顔を消さないで下さい!!」


 ぽろぽろと涙を零しながらも、イリスは精一杯の想いを紡いでいく。

 その姿を瞬き一つもせずに表情すら変えず見つめていた女王は、エミーリオを見ながら話していった。


「エミーリオさんはどう思われますか?」

「そうですね。私は宣言通りの事を変えるつもりはありませんよ」


 とても優しそうな表情で語るエミーリオに、立ち上がって彼に向き直りながら、ネヴィアは自分の気持ちを切実に話していった。


「申し訳御座いません、エミーリオ様。私は貴方様に特別な感情を持つ事は出来ません。私はロット様をお慕いしております。この様な場で述べる事を非常識と理解している上で申させて頂きます。

 私は、ロット様以外の方と連れ添うつもりは御座いません。貴方様の人柄は伺っておりますが、それでも貴方様と結婚する事は――」

「――それはだめですわ」


 ネヴィアの言葉を遮りながら、シルヴィアが席から立ち上がり告げていく。



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