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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第一章 優しさに満ちたその世界で
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この世界の"法則"を


 ポワルは少女を優しく抱きしめ、撫でていく。

 涙を流すイリスの気持ちを落ち着かせるように。

 そして彼女自身も、その温もりを忘れない為にポワルを感じていた。


 もうじきポワルもお別れをしなければならない。この大切な愛しい子と。

 寂しくて、辛くて、でもどうしようもなくて。他に術などなくて……。

 離れたくなんて無い。でも、離れなければならない。


 ポワルは愛しい子を抱きしめながら、ほんの少しだけ瞳を開けて想う。

 自分よりもずっと寂しくて、辛くて、不安な子がここにいる。

 そんな子を前にして自分が寂しいだなんて思ってはいけない。今は。

 笑顔で送り出さなければいけない。全てはこの子の為に。


 とても静かな時間が流れる世界で、抱きしめ合う二人。

 だが時は残酷に二人をまるで引き離させるように、無常に過ぎていく。

 もうあまり時間が無い。この場所は人にとっては環境がかなり良くない。

 このまま管理世界に長時間いれば、肉体も魂も崩壊してしまうだろう。

 もう本当にお別れをする準備をしなければいけない。


 だが彼女は知ってしまう。イリスの心の叫びを。心からの願いを。

 それはとても純粋な想いで、とても美しいものだった。

 彼女はただ、ポワルと一緒に居たいと想ってくれていた。

 心が引き裂かれる様な痛みを味わってしまう。


 本来であるならば女神である自分がどうにかしなければいけないのに、自分ではどうにも出来ず、他の世界の友人に任せなければならない。

 こんな辛い思いを子供のイリスに味合わせる事になるだなんて。


 本当にごめんなさい。何も出来ない私を、どうか許して下さい。


 ポワルがそう思っていた時、イリスの魂の輝きに変化が見られた。

 それは今まであった不安や、寂しさが消えており、何かを考える事で必死になっているような、集中している輝きに見えた。


 急激な変化に戸惑っていると、イリスが何かを思いついたように抱きついていたポワルの胸から勢い良く顔を上げた。

 その表情は今まで見た事が無い、とても真剣な顔をしており、名前を呼ばれただけでどきっとしてしまうポワル。

 そんな驚きの表情を浮かべた彼女に、イリスは言葉を発していった。


「ポワル様。私、この世界の法則を越えてみせます」

「……え?」


 ポワルはイリスの言った意味がまるで理解できず、固まってしまっていた。

 横で見守るエリーへ視線を送るも、目を見開いて驚いているようだ。

 こんな表情をする彼女もポワルは見た事が無かった。


 イリスの言葉自体を理解できなかった訳ではない。

 だが、その言葉の本質をポワルは理解出来なかった。


 世界の法則を越える。

 それがどういう意味を持つのか、少女は理解していない。


 明らかな動揺を見せるポワルに、イリスは話を続けていった。


「どうすればいいかも、何をしたらいいかも、今の私には全く分りません。

 ……でも、このまま離れ離れなんて絶対に嫌だから!」


 その言葉にポワルは涙が溢れそうになるも、こんなに小さな子が頑張っているのに自分だけ泣く訳にはいかないと、涙を堪えながらイリスを強く抱きしめる。泣く事は我慢出来たが、言ってはいけない言葉が溢れてしまった。


「わたしも……。わたしも、やだよ……。ずっと一緒に居たいよ……」


 想いが溢れてしまう。本当はダメなのに。

 この子にはそんな後ろ向きな気持ちを見せてはいけないのに。

 でもどうしようもなく、押さえつけていた想いが溢れてしまう。


 抱きしめ合い、お互いが落ち着きを取り戻した頃、イリスはしっかりとした口調でポワルに話していった。


「ポワル様。私はこの世界の法則を越えて、必ずあなたの元に行きます! 約束します!」


 その言葉に頼もしく思えるも、ポワルはとても複雑な表情をしてしまう。

 そしてとても困ったようにイリスへと言葉を返していった。


「イリスちゃん。神様と約束して破っちゃうと大変なんだよ?」

「大丈夫です。必ず会いに行きますから!」


 即答されてしまったポワルは思う。

 あぁ、なんて嬉しい言葉をかけてくれるのだろうか、この子は。

 私は貴女に何もしてあげられていないダメな女神なのに……。

 それでも貴女は、そんな私に優しい言葉をかけてくれるのね。

 もし、ほんの少しだけ、我侭を言ってもいいのなら……。


「……いいの?」

「はい!」

「ほんとに、待っちゃうよ?」

「大丈夫です! 信じて待っていて下さい!」

「……うん。信じて待ってる」


 なんて優しくて美しい子なのだろうか。

 未だかつてこれほどの輝きに満ちていた子をポワルは知らなかった。

 その瞳に映る輝きは、本当にこの世界の法則を越えてしまうかもしれないと信じさせてくれる程の美しい色をしていた。

 もしそんな事が出来るのなら、それはとんでもない事なのだが、幼い少女はそれを理解している様子は微塵も無い。


 それでも、本当に何とかしてしまうかもしれないと期待させてくれる程の、美しい輝きに満ちた瞳をしている。

 ポワルはもう迷う事はなかった。ずっとイリスを待ち続けると心に決める。

 そこには光に満ちた輝きと、優しさに溢れた世界があるのだから。



 *  *   



「ここを(くぐ)れば、"エリルディール"に辿り着けるんですか?」


 少女の目の前には、扉が開いた天井まで伸びているかのような門が見えている。

 見上げてしまうくらい、とても巨大な門だ。

 それは硝子の結晶のような物で出来た、とても透明度の高い淡い水色で、まるでエリーのように美しく、綺麗な門だった。


 少女の肩には明るい茶色の大きなショルダーバッグ。中には薬や保存食、着替え数点と、多少のお金が入っている。どれも先ほどエリーに戴いたアイテムだ。

 そして腰に短剣を携え、準備が整った少女が言葉にしていた。 


「はい。このまま門を潜り、光が広がった先が"エリルディール"になります」

「わかりました」

「"エリルディール"に着いたらまずは、目の前に見える街に行くといいでしょう」


 世界の常識などの知識については、"エリルディール"に着いた頃には既に記憶出来ていますので、安心して下さいと言われ、イリスは再びお礼を言う。


「はい! エリエスフィーナ様、色々ありがとうございました」

「うふふ、エリーでいいですよ」


 元気にお辞儀をしながらお礼を言うイリスは、横に居る大切なひとに向き直り、とても明るい笑顔で言葉にしていく。


「ポワル様、私しばらくの間、離れますね」

「……うん。気をつけてね?」

「はい!」


 少女は門へ向きながら、ふぅっと一呼吸していく。

 そんな彼女へポワルは話しかけていく。


「……イリスちゃん」

「はい?」


 大切なひとへと向き直り、首を傾げるイリスに一拍置いてポワルは口にした。

 最後となる言葉を、今出来る最高の表情で。

 大切な子が大好きと言ってくれる、最高の笑顔で。


「いってらっしゃい」

「はい! いってきます!」


 満面の笑みで門を潜る少女と、それを最高の笑顔で送り出す女神。

 少女は次第に光に包まれ、やがて輪郭が見えなくなっていった。


 とたんに静けさが、当たり一面を包み込んでいく。

 恐ろしいほどの静寂に耳が痛くなるポワルは、いなくなった少女の場所を見続けていた。いつまでも、いつまでも……。


「……行ってしまったわね」

「……うん」


 静けさに満ちた管理世界に響く、二柱の女神の声。


 エリーは思う。なんと美しく、優しい少女なのだろうかと。

 まだたったの十三歳なのに。この先この様な子に、もう出会う事が無いのではないだろうかと思えるほどの光に満ちた子だった。

 あれ程の輝きに満ちた子を、エリーもまた知らなかった。


「エリーちゃんのお蔭だよ! あんなに素敵な子に育った所を見られて、(わらわ)は満足じゃー!」


 悪戯っぽく言うポワルに、エリーは言葉を発していく。


「ポワル」

「お! なぁに! やる気!? 言っとくけど、異世界秘技はもう見切ったからねー! もう当たらないよー! 今度は私の必殺技を見せてあげる! ふぉおおお……!」


 ポワルはエリーから一歩飛び退いて、怪しげなポーズをしながら力を込める仕草をした。だが、エリーは知っている。ポワルがこういった事をして来る時は、必ずと言って良い程、ある感情を溜め込んでいる時だ。

 ポワル自身に言われるとイラッとするが、それでもやはりエリーにとっても彼女は親しい友なのだ。それ位は簡単に理解出来る。


 エリーは言葉を続けていく。


「……よく、泣かなかったわね」

「……」

「もういいのよ? あの子は旅立ったんだもの。次に会う時はもっともっと素敵な女性になってるわ。

 ……だから、今くらい泣いたって良いじゃない」


 変なポーズのまま固まるポワル。

 その表情は少々俯いてしまい、前髪で目元が隠れてしまった。

 暫しの時間を挿み、ポワルは言葉を返していく。その表情はとても悲しい色をしていたが、頑張って笑顔にしながら、エリーへ話し始める。


「ううん、大丈夫。

 ここで泣いたら、あの子に合わせる顔がないよ。

 大丈夫。約束したんだもん。少しくらい待つのなんて、苦じゃないよ」


 まるで自分に言い聞かせるように話すポワルに、胸が締め付けられるような想いを持つエリーだったが、気丈に振舞う親友に心から尊敬の念を抱きながら、一言だけ口にしていった。


「……そうね」


 少女は言っていた。

 この世界の法則を越えて、必ず会いに行くと。

 それがどれだけ難しく、またどれだけ凄い事なのかを、"エリルディール"に向かった少女は理解していない。


 しんとする管理世界に、女神達の声が響いていく。


「あの子は自分がどれだけ凄い事を言ったのか、理解していないでしょうね」

「だろうね」


 この世界の法則を越える。

 それは即ち、神に等しい力を持つという事だ。


 普通の人間にそれが出来るなど、未だ嘗て聞いた事がない。

 ポワルもエリーも、様々な管理世界を持つ神々と知り合っているが、人が神と同等の力を持つなど、聞いた事すらなかった。


 それでも思ってしまう。あの子ならきっと、という期待を。

 それでも願ってしまう。あの子ともう一度逢える、という希望を。


「でも」


 ポワルは思う。それでも――。


「「あの子なら本当にやってくれそう」」


 重なる言葉に顔を合わせてしまった。

 どちらからともなく、笑いが出てしまう。


 そうだ。あの子ならきっと大丈夫だ。

 あの子は賢くて、優しくて、明るくて、とても前向きな子だ。

 私の自慢の大切な子なのだから、どんな事があっても、きっと大丈夫だろう。


 私はただ、あの子の帰りを安心して待てばいいだけなのだから。


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