"呼び出された"少女
「そろそろこちらに向かっている頃でしょうか」
エリーザベトが続けたその言葉に目を見開く王。しばし考え込むが、ロードグランツは瞳を閉じながら呟くような小さな声で言葉にした。
「……やはり、そうだったのか?」
「まだ決まった訳ではありません」
女王は表情を変えず答えていく。
「確証はありませんが、恐らく予感は当たっている事でしょう」
「……」
言葉にならないロードグランツは口を噤んでしまう。
まだ13歳の少女がそれを持っているとなると、流石にこのままではいかないだろう。可能性というだけで十分過ぎる事だ。その時点でそのまま放っておくなど出来る訳が無い。
「エリザの予感が当たっていたのか」
「まだ分りませんよ。ただその可能性がかなり高まっただけです」
エリザがそう思うのでは、もう確証と言えるほどなのではないだろうかと思うロードグランツ。深い深いため息をつきながら、彼女の到着を待つことにした。
まさかあの子達の初めてのお友達への挨拶がこれとは、流石に悲しくなってしまう彼であったが、これも何かの縁なのかもしれないと割り切ったように考え、メイドに淹れて貰ったお茶を飲みながら心を落ち着かせていった。
ロードグランツはお茶を飲みながら気持ちを落ち着かせていると、執務室の扉がこんこんとノックされ、お入りなさいとエリーザベトが答えていく。室内に入ってきたのは、一人の侍女と線の細い少女だった。
女王は侍女に必要な事だけを聞いた後、ご苦労様と言いながら侍女をその場から退室させていった。
未だに現状が把握しきれていない少女に、ロードグランツが話しかけた。
ここで言わなければ、恐らく言うタイミングを失う気がしたからだ。
「初めまして、イリスさん。私はロードグランツ。ロードグランツ・フェル・フィルベルグと言う。シルヴィアとネヴィアの父だ。娘達が貴女のお世話になっているそうで、有難く思う」
微笑みながら答える王に少々取り乱しながらも、お世話になってるのはこちらですので、どうかお気になさらないで下さいと返した。
その言葉一つでロードグランツも、昔のネヴィアが重ねて見えたようだ。言い方も、仕草も、声を静かに発する所も。本当に良く似ていると。思わず抱きしめたくなったという妻の言葉も、これならば納得出来るというものだ。
そんな事を思っていると、エリーザベトはイリスを女王達が座っているソファーの対面に座らせ、今回の召還の件について話を始めていく。
「さて。此度の件、さぞ驚かれた事でしょうね。少々イリスさんにお聞きしたい事が出来まして、使者を出させて頂きました」
「私だけに、でしょうか?」
「はい。可能であればミレイさんにもお話を聞きたい所ではありますが、今は先ず、イリスさんに聞かねばならぬ事が出来たのです」
いつもと同じような優しい笑顔、優しい声で語るエリーザベトに、一体何の事だろうかと不安気な表情で女王の言葉を待つ。
そしてエリーザベトは言葉を続けていった。
「此度の冒険の話を詳しく、出来る限り正確に聞かせて頂きたいのです」
「正確に、ですか?」
「はい。シルヴィアの話では判断しかねる内容でしたので、貴女からも直接伺おうと思ったのですよ」
可愛らしい少女を見つめるように目を細めるエリーザベトは、イリスへそう告げていく。その姿に安心したイリスは、女王に今回の冒険で見たもの、感じたものを詳しく説明していった。
当然、言えない事もある。出生の秘密や魔法盾の事だ。これは軽々しく話すとイリスにどんな影響がわからない。これをぺらぺらと喋る訳には流石にいかない為、避ける様に言葉を選んで話していく。
次第に話は弾んでいき、魔物の襲撃の件を驚いたように聞いていたお二人。
確かにあの時シルヴィアは、ただスパロホゥクと遭遇し倒したという内容だっただけに、イリスからその詳細を聞いて、ロードグランツが呟くように言葉にした。
「むぅ。まさかスパロホゥクに挟撃されていたとは……」
「それも無傷で撃破するとは、かなりの強さのパーティーだったようですね」
「確かに話に聞く限りでは、相当の強さを持った二人のようだ。流石はプラチナランクとゴールドランク冒険者といった所か」
「本当に凄かったです。ロットさんは練度のとても高い安定した戦い方をしていましたし、ミレイさんは優雅にすら見える程の速度を活かした、とても美しく流れるような戦い方をしていて格好が良かったです。私は咄嗟に魔法を使うだけでいっぱいいっぱいでした」
「あら。でもイリスさんの魔法も成功されたのでしょう? ならば何も恥じる事は無いと思いますよ。それにネヴィアを助けて頂いた事にも変わりありません」
「ですが、無我夢中でしたので」
その言葉にロードグランツが反論する。
「無我夢中だからこそ、その者の真価が色濃く表れるのだよ。私も元冒険者だから分る事だが、初めてのパーティーでそれだけの事が出来たのなら、それは立派な成果と言えるのだよ」
「そうですね。流石にネヴィアは動けなかったようですが、しっかりと指示には従っていたようで安心しました。幾ら私自ら教え込んだとは言っても、冒険には連れて行った事はありませんでしたからね。多少なりとも心配はしておりましたが、怪我もなく無事でいられた様で良かったです。……尤も、冒険者としてはぎりぎりの及第点と言った所でしょうが」
「ははっ。相変わらず厳しいな、エリザは」
最後の言葉を無表情で語った女王に、苦笑いしてしまう国王。
正直な所、ネヴィアはとても優しい子だ。戦いには向いていないとロードグランツは思っていた。それも全くと言って良いほど、あの子には向かないだろうと。
シルヴィアと違い、本気で母親に似なくて良かったと思うが、表情に出すとエリザに睨まれてしまう為に平然を装っていったのだが、どうやら彼女には全く通じないようで、少々目を細められてしまった。
冷や汗をかく国王はネヴィアの気性から、姉の様な魔物を狩る楽しみを持つ事は無いと確信出来ているので、その点は全く心配してはいないのだが、逆に姉の方は今回の件で、また楽しみを見つけてしまうのではないだろうかと、気が気ではなかった。
以前は早い段階で見つけられたお蔭で、深い森まで進むなどと言う暴挙を阻止する事が出来たが、先の話に出てきた二人の優秀な冒険者に付き従いながら、深い森へを進む事も考えられなくはない。
それだけは何としても阻止せねばならない。あの浅い森の先は異質という事もあるが、何よりも大切な娘に傷でも付こうものなら、発狂してしまいそうだ。
どうもシルヴィアは、若かりし頃のエリーザベトに憧れを抱いている節があり、内気な妹と違ってとても危うく見えてしまう。いくらルイーゼと精鋭の騎士を二人付けていたとはいえ、魔物狩りなどという行為事態が危険極まりない。
何とかして辞めさせたい所ではあるのだが、強力な理解者が後ろ盾をしている為、彼女が本気で冒険を望んだら二つ返事で了承しかねない。『あら、良いではないですか』だけで済まされる可能性が高い。恐らく続く言葉は『私の若い頃は――』という話になっていくだろう。
想像しただけでも鳥肌が立つほど恐ろしい事だ。
何とかソーサーとティーカップをかたかた音をさせずに持ち上げたロードグランツは、我ながら会心の平静を装えたなと心の中で笑っていたが、エリザを一瞥すると全てを理解された瞳をしていた。
その上で『全く貴方と言う人は』という目をしており、途端に自分が情けなく思いながらしょぼんとする国王様であった。
そんな夫を放置して、話を続けていくエリーザベト。
「それで、スパロホゥクを遮った魔法はどのような物なのですか? やはり言の葉を二つ使ったのでしょうか?」
「え? はい。言の葉二つの防御魔法です」
「偽りですね」
「……え?」
即答したエリーザベトに時間が止まったように感じるイリス。
固まるイリスをよそに、エリザは尚も話を続けていく。
「私に虚偽の報告は通じませんよ。尤もイリスさんは隠し事がとても苦手なようですし、私でなくても判断は出来るでしょうが」
笑顔で語るエリーザベトに、イリスは驚いていた。表情ひとつ変えなかったのに何故嘘だと分ったのかと。必死になって考えても、まるで理解出来ないイリスの様子を察した女王は、くすりとひと笑いしながら話を続けていった。
「良いのですよ、イリスさん。嘘を上手に言える様になる事など、貴女には必要ありません。今回お呼びした本当の目的は、このお話の件についてです。恐らくイリスさんは、言の葉とは違った力を使ったのではないでしょうか?」
どきっと心臓が跳ね上がるイリスは、目を大きく見開いてしまっていた。
何と答えれば良いのか分らずにおろおろとしていると、エリーザベトは優しく心に響く様な声と眼差しで話を続ける。
「大丈夫ですよ。決して悪いようには致しません。他の者に知られない為に、人払いも済ませてあります。ここにいるのは私と夫だけです。そしてこの件を必要以上に口外したり、ましてやイリスさんに不利益になる様な事は決して致しません。どうか、貴女から真実を話して頂けないでしょうか?」
その真っ直ぐなとても真剣な瞳に、イリスは事の次第を話していく。
使った魔法とその性質。魔法盾の強固さや使い勝手など、イリスが現在知り得た全ての情報を伝えていった。
次第にロードグランツは顔を強張らせていき、イリスが説明を終えるとエリーザベトが質問をした。
「イリスさんが知り得ているのは以上ですか?」
その言葉にきょとんとしたイリスは質問を返そうとするも、出かかった言葉を飲み込み、『はい』と、はっきりとした声で答えた。その表情でエリーザベトもそれが定かである事を読み取り、納得していった。
その表情から察したロードグランツは、瞳を閉じながらとても深いため息をつき、時間を空け、ほんの少しだけ瞳を開き呟くように口にした。
「……そうか、それだけか。良かった」
どういう意味だろうかとイリスが考えていると、女王がそれに答えてくれた。
「イリスさんが使った、言の葉を使わずに魔力を込め、魔法自体を強化させる方法は"充填法"と呼ばれる、フィルベルグ王家に伝わる秘術です。代々王位継承者である王と女王の二名のみに伝えられる方法となっています。まさかとは思いますが、どなたから教えて戴いた、などという事はありませんか?」
「いえ。図書館の魔法書から、私が学んだものとなります」
その言葉に驚くロードグランツは言葉を返してしまう。
「まさか、あの魔法書から独学でそれに気が付いたのか?」
「はい。最初はただの思い付きという曖昧なものでしたが」
「ふふっ、やはり貴女はとても聡明な方でしたね」
「むぅ。それを知ることが出来る書物は、図書館には置いていない筈なのだが」
「私が読んだのは『基礎魔法学』と『魔術による傾向と対策』の二冊です」
たった二冊を読んだだけでそれに至ったと言うのかと、国王は驚愕していた。
あのめちゃくちゃに書かれた本を解読し、それを独学で自身の力にしたという事そのものが、本来であれば有り得無いと言えるだろう。たったの2冊を、それも初心者本とされる魔法書を読んだだけで。
それもまだ13歳の少女がという事が正直信じられないほどの事なのだが、実際それに気が付いた事実を受け入れねばならない。
エリーザベトが言った聡明などという言葉を軽々と越えているのではないだろうかと、末恐ろしくすら思ってしまう。それはネヴィアに良く似た子であるという所が、更にそう思わせているのかもしれない。
あの子も確かに賢いが、ここまで聡明な子ではない。この子は恐らく数十年に一人の逸材なのだろう。それも正しい知識を身に付ける事が出来れば、正しくそれを使ってくれる事がはっきりと分るほど、純麗な子だ。
あの子達は本当に良い子と知り合えたと本心から思うロードグランツであった。
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