"うっとり"お肉
しばらくぎゅっとし合っていた二人が落ち着きを取り戻した頃、魔物の素材について話をしていった。
「それで、今回の素材はどんな物が取れたんですの?」
「ああ、スパロホゥクだからね、お金になる部位は爪、嘴、羽根、そして肉だね」
「このお肉が美味しくってねー。臭みが少なく、上質なお肉が取れるんだよー。料理法も焼く、炒める、煮る、蒸す、揚げる、燻製と、様々な方法で楽しめるんだー。柔らかく肉汁が溢れるそのお肉は、濃厚な味わいを楽しめるのに、それでいてしつこくなく、さっぱりとした上質な油が適度に口に広がり、幸せな気持ちでいっぱいになれるんだよー。ついでにお肌もぷるぷるになる良いお肉なんだー」
いつにも増してミレイがうっとりした表情で語るお肉の説明に、3人は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。どうやらスパロホゥクのお肉は、彼女の好物なのだそうだ。
詳しく聞いてみると、素材自体はそれほど高くないらしい。
爪は1匹1万リルというそこそこの値段で売れるのだが、嘴の用途はとても少ないらしく、安値の3千リルとなってしまうため、スパロホゥク討伐確認用素材として扱われるようだ。
羽根は加工品として使われるが、そこまで良い素材でもなく荒い素材なのだそうだ。お腹の方は上質の素材として使われる為にそこそこ良い値段になるが、取れる量が少ないのでそこまでの金額にはならないらしい。よって羽根は1匹分で8千リルとなる。
スパロホゥクの価値はお肉にあり、と名言を残した冒険者もいるくらい、肉の方に価値が集まっている。
そして初心者推奨魔物とはいえ空からの襲撃をすると言う点から、そこそこの危険度とされており、討伐報酬も高く設定されているのだとか。
今回はお肉が割と固めのオス4匹という事もあり、メスに比べると多少は安くなるものの、それでも1匹2万リルにもなるという。
爪1万リル、嘴3千リル、羽根8千リル、お肉2万リルと討伐報酬3万リルが4匹で、合計28万4千リルという大金となる。
この金額を貰えると言うと、イリスは恐らく貰いすぎではと言うだろうが、決してそんなことは無い。今回の件のように、4匹がほぼ同時で挟撃することはごく稀な事ではあるものの、無いわけではない。
つまりその攻撃に対処ができる冒険者でないと危険だと言える。初心者冒険者推奨とは言っても、パーティーでの連携が上手く出来なければ苦戦する事になるだろう。
そういった意味でも、ホーンラビットよりも遥かに危険であり、その分危険手当が出るという事にもなっている。
不要なものを処分し、するべき事を確認して草原へと戻っていく。
浅い森を真っ直ぐ進み草原まで出ると、お迎えの馬車がもう待っていてくれたようだ。少々遅かったので心配しましたと御者に言われ、大冒険でしたわと目を輝かせて話すシルヴィア。
成果を知らない御者は笑顔で、それはようございましたねと返していく。
一行はそのまま馬車で王城まで送って貰い、女王へ報告をする為に執務室まで向かっていった。どうやらそこには王であるロードグランツはいなかったようで、女王お一人で書類にサインをしているようだった。
元気に帰宅の報告をするシルヴィアと、落ち着いた声で静かに伝えるネヴィア。なんとも対照的な二人にイリスは微笑んでしまう。
そして話は報告へと続けていった。
「これがその"成果"のひとつですわ!」
そう言ってイリスを見たシルヴィア。
バッグから本を取り出し鍵を乗せて、女王様へと両手で渡していく。
本来であれば一国の女王へ直接手渡すことは流石に良くないのではと思ったイリスは、本を机に置こうと思ったのだが、女王が手を伸ばしてしまったのでそのまま渡してしまったようだ。
女王は本をぱらぱらと捲り中を確認するも、すぐさま本をぱたんと閉じた。
「興味深いですが、これでは何が書かれているかを確認するまでは何とも言えませんね。添えられた鍵の方が今は興味深く思います」
むぅっと子供っぽく頬を膨らませるシルヴィアは、女王の反応の無さに期待していたものを得られなくて、とても残念そうだった。
その様子を見ずとも彼女の性格を理解している母は言葉を続けていく。
「調査隊が発見出来なかった隠された場所を見つけたことは、とても評価に値します。良く見つけましたね、本当に凄いわ」
とても優しく微笑む母に、シルヴィアは満足そうな表情を浮かべていった。
ネヴィアもそれにはとても嬉しそうに目を細めていた。
そんな二人の様子を見て、微笑ましそうに見つめるイリスであった。
「その寄与に見合った褒賞は、追って伝えさせて頂こうと思います。まずは新たに調査隊を派遣し、その小部屋の調査と本の解析を優先させて頂き、その貢献度に合わせて報奨金を与えます」
その女王の言葉におろおろとしてしまうイリス。
狼狽えているイリスへシルヴィアとネヴィアが心配そうに話しかける。
「どうしたんですの? イリスさん」
「お顔真っ青だよ、大丈夫? イリスちゃん」
「だだだだって、私達は見つけただけで、褒賞を貰うのは違うと思うんですけど」
その真面目に語る様子に一同は苦笑いをしてしまった。本当にこの子は無欲なのだなと。
だがそれは少々違うという事を説明しようとした時、女王が先に口を開いた。
「それは違いますよ、イリスさん。調査隊でも発見出来なかった隠された場所と本が見つかったという事だけでも、功績としては十分と言えます。それは歴史的文化遺産の発見という事に他なりませんから。そしてこのフィルベルグ王国は、知識を何よりも大切にし、それが込められた書物を何ものにも変えがたい財産だと思っております。それを発見して下さった者に褒賞を与えない事など有り得ません。ですが問題は、その褒賞の上限がまだ分らないという事なのです」
それは何が書かれているか分らない本なのだから、書かれている内容次第で報奨金は跳ね上がると女王は続ける。例えそれが子供向けの絵本であったとしても、その国の時代背景を知る重要な書物である事には変わりないのだからと。
イリスには少々理解出来ていないが、彼女達が発見したものとはそういう物だ。正直なところ金銀財宝よりも、フィルベルグ王国としては書物の方が遥かに重要視している。
それは初代女王であるレティシア陛下から続く、この国の理念なのだから。
以上を優しく笑顔で女王は伝えていくと、イリスは納得できたようで、本当にネヴィアの子供の頃にそっくりね、と女王はくすりとしてしまう。
考え方も、感じ方も。本当にネヴィアと良く似ている。無意識に抱きしめそうになる気持ちを抑えながら、女王は言葉を最後にこういった。
「では、本の解析が終わりましたら、改めて褒賞のお話を致しましょう」
執務室を後にした一行はそのままテラスまで向かい、お茶を飲みながら今日あった楽しいことを話し合っていく。今度はロットも一緒にまったり出来たという事もあり、イリスは勿論、ネヴィアが大層喜んだ。
石碑の話や冒険者の話を真剣に話し合ったり、王都で一番美味しいと評判のケーキ屋さんの話をしたり。
そんな中、シルヴィアがにやっとしながらロットに質問してきた。
「そういえばロット様は、甘いものがお好きなのかしら?」
「うん? そうだね。割と嫌いじゃないと思うよ」
「今度パティスリーFleurで、限定ケーキが食べられるそうなんですの。ですがそれは男性と一緒でないとダメらしいんです。もし宜しければ、兼ねてから行きたい行きたいと言っているネヴィアを連れていって下さいませんか?」
「ねねねねえさま!?」
顔を極限まで真っ赤にしたネヴィアが物凄い勢いで聞き返してしまっていた。
イリスは目を輝かせながら、目の前で繰り広げられる恋愛劇の行く末が、良い方向に行きますようにと祈っていた。
そんな事はお構いなしに話を続けていくシルヴィア。
「折角の限定メニューですもの。これを逃してはもう食べられないかもしれませんわ」
頬に手を当てて悩むように話すシルヴィアに、ミレイはわざとらしさを感じるものの、ロットをチラッと見るとそれに気づいていない様なので、そのまま話に加わっていく。
「折角だし行っといでよ。女性をエスコートするのも男性の大切な役割だよ」
「俺もケーキは嫌いではないし、どうしようかネヴィア。一緒に行くかい?」
「……ぇ、ぁ、ぅぅ……」
急に話を振られて聞き返してしまうロットであったが、割と甘いものは嫌いではなかった。特にケーキはどちらかと言えば好きな方だ。
そしてロットもネヴィアと一緒にいることは、とても楽しく感じるようだ。それが何の気持ちなのかは、本人もまだ気が付いていないようだが、返事をした時のロットの表情に、少々変化が見られたのに気が付いたミレイとシルヴィアは、心の中でしたり顔をしながら、頭の中ではテーブルの上でハイタッチをしていた。
イリスはとても目がきらきらしながら、成り行きを見守っていた。
……というよりも、完全に恋の劇場を楽しんでいるようだ。
ネヴィアの内気がまた悪い方に出てしまった所を、シルヴィアは目を鋭くして合図を送る。『お膳立てはここまでですわ。後は貴女次第ですわよ』と。
もじもじとしながらもネヴィアは、ゆっくり紅茶を一口飲みながら耳まで真っ赤にして、ロットに向かいながら答える。
「……ぜひ、ご一緒に、お願いします」
「うん。わかったよ。それじゃあ時間のある時に行ってみようね」
自分は時間が空いているからネヴィアの都合で決めて良いからねと、予定を話していく二人。とても素敵な笑顔で答えるロットは気がついていない。嬉しさのあまり潤んでしまった恋する女の子の可愛らしい瞳に。
その二人の醸し出すほんわかした空気に、シルヴィア、ミレイ、イリスはテーブルの下でこぶしをぐっと握ってしまった。
『素晴らしい援護攻撃です、シルヴィアさん!』
『私にかかればこのくらいはよゆーですわっ』
『あはは、これで少しは進展してくれそうだね』
3人は目で合図を送り、心の中で会話をしていった。
そしてイリスはお茶を飲みながら思う。今日のお茶は格別に美味しいと。
次第に夕暮れになりつつある空を見つめ、そろそろお暇することにしていく3人。とても残念そうな姉妹達にまたご一緒にお茶をしましょうねと話していく。
帰りも馬車を下の中庭入り口まで送ってもらい、噴水広場まで歩いていく。
また御者さんにご希望の場所までお送りいたしますと言われてしまったが、流石に目立つのでと3人で断っていく。送ってもらえるのは嬉しいのだが、やはり相当目立ってしまう。目立つのが苦手なイリスとロットと、レナード達の酒の肴にされるのが嫌なミレイだった。
特にレナード達は酒が入ると、馬鹿笑いをしながら大声で話してしまうので、翌日にはギルド中に広まるのは確定だろう。そんな事をされたら、とても面倒な事になるとミレイは思っていた。恐らく1ヶ月はその話をネタにされてしまう。
ただでさえ、以前クレアを号泣させてしまった件も、未だにネタとして使われているくらいだ。出来る限り目立つ事は避けたいミレイであった。
徐々に夜の色が近づきつつある空の下で、楽しく話をしていく3人。
噴水広場まで来るとそれぞれ別れていく。ミレイはギルドへ酒盛りに、ロットは図書館で調べ者があるらしい。そしてイリスは家へと帰っていく。
噴水広場でロットとギルド前でミレイと別れたイリスは、今日もとても楽しかったなぁと思いながら、ゆっくりと冒険の余韻に浸りながら家路に着いていった。
* *
扉が開く音を目で追った女王は、その入って来た男性に声をかけていった。
「あら。貴方、どちらにいらしたのかしら」
「む? 私室にいたのだが、何かあったのか?」
「ええ。先程までシルヴィア達とイリスさんがお茶をしてたのですよ」
「むぅ。また入れ違いか。何時になったら娘達の友人に挨拶が出来るのやら」
「大丈夫ですよ」
エリーザベトの言葉に目が点になってしまうロードグランツは、妻の少々不可解な言動に詳細を聞いてみる。
すると彼女は表情を一切変えずに答えた。
「既に使いの者を出しました」
魔物の数は一頭ではなく一匹が主流です。これは魔物と動物は全く違うと言う意味や、そんな表現すら必要の無い恐ろしい存在だという意味合いが強いようです。畜産された動物と同義だとは言いたくない、という人も多いのだとか。