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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第四章 真実の愛を
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立派な"成果"

 

「これも特に問題なさそうだね。王様が普段使っていた物なのかもしれないね」

「ではイリスさん。開けてくださいな」

「え? 私がですか?」

「この鍵を見つけたのも暖炉にある仕掛けも、イリスさんが見つけたのですから」

「いえいえ、それならシルヴィアさんが開けてください。私ちょっと怖いですし」

「あら? せっかくの冒険、楽しまねば損ですよ?」

「流石に箱を開ける勇気はまだ私には無いですよ」


 正直いっぱいいっぱいのイリスとそれに同調するネヴィアだった。

 この古城に来てからというものの、体験する事があまりにも多く、既に容量を超えつつある二人のようだった。

 いくつか言葉のやり取りをして、シルヴィアが開けさせて貰う事にした。

 ミレイとロットはそれを微笑ましそうに見ていた。


「で、では、いきますわ」


 緊張する様子で白金の鍵を鍵穴に差し込んでいき、ゆっくりと静かに鍵を回すシルヴィア。がちゃりと開錠したような重たい音が小さな室内に響き、5人は目を見開いていく。

 ぎぃぃっと重い軋む音を鳴らせながら宝箱を開けていったシルヴィアは、中を確認していった。

 一同は固唾を呑んでそれを見守る。


「……本、ですわね」


 宝箱から出てきたのは一冊の本だった。念の為、箱の中に(トラップ)が無いかミレイに確認して貰ったが、それも特に問題ないようで、シルヴィアはその本を手に取って眺めるように見つめていた。


 丁寧に装丁(そうてい)された立派な作りの本で、とても古城に放置されていた物だとは思えないほど状態が良かった。


「まるで新品みたいですね」

「そうですわね。こんな事あるのでしょうか」

「確か保存魔法は50年ほどしか持たないって聞いたんですけど」

「そうですね。確かに王宮に勤めて頂いてます、保存魔法師さんでもそれが限度だと伺った事があります」

「つまりそれは、この本の時代が今以上に魔法の発達した世界だった、ということかしらね」

「その可能性はあるだろうね。どの時代の物かは鑑定士に任せるとして、内容を確認してみようか」

「あはは、そうだね。まぁ大方予想が付くんだけどね」

「予想が付く、ですの?」


 そう言いながらもぺらっと本を捲るシルヴィア。ネヴィアも覗き込むように見てみるが、どうやらミレイの推察通りのようだった。


「……なんですの、この本は」

「何も書かれていませんね」

「白紙の本、ですか。となるとこれは」


 イリスは言葉を続けるよりもミレイとロットに確認を取るように見た。

 二人は頷き、ロットはそうだろうねとイリスへ答えていく。

 その様子を見たシルヴィアとネヴィアは疑問の表情を浮かべ、それにイリスが答えていく。ブリジットのお店にあった白紙の本の話を。


「そんなことが」

「なるほど、興味深いですわね」

「でもこれで確証に近いものを得られたね」

「そうだね。恐らくミレイの考えで合ってるだろうね」

「どういうことですの?」

「恐らくこの本とブリジットさんのお店にある本には、何か重要な事が書かれている可能性が高くなりました」


 読み方は分からないですけどねと続けるイリスに、シルヴィアは答えていく。


「いいえ、いつかはそれも判明する事でしょう。今はこの重要な書物が手に入ったことが、とても素晴らしい一歩となるのではなくて?」

「イリスちゃんの言うような重要な事とは何かがまだ分かりませんが、それもきっとあの石碑に刻まれていると思われる事と関係が深いかもしれませんね」

「そうだね。あたしとしてはこの本に書かれている事が詩集でない事を祈るよ」

「なんですの、それ」


 イリスは説明をしていく。ブリジットの立てた仮説を。徐々に半目になっていくシルヴィアは呆れた声で話した。


「絶対無いと思いますわ」

「あはは、だよねー」

「流石にそれは違うと俺も思うよ」

「ハズカ詩集を掘り起こされるとか、流石に怖すぎます」

「……」


 あれっと気になる一同。約一名とても大人しい子がいる気がして、その人物の方をゆっくり見ると、ネヴィアだけ顔を少々赤らめてもじもじしていた。


「まさかネヴィアのあの本――」

「ななななんでもありません! 私は何も書いておりません!」

「あはは。ほぼ自分で言っちゃったね」

「ぁぅぁぅ……」

「ネヴィアさん可愛い」


 顔を真っ赤にするネヴィアに目を細めるイリス、苦笑いのミレイ、半目でじとっと妹を見つめるシルヴィア。ロットはというと、どう反応すれば良いのかわからないでいるようだった。


「それじゃあミレイさん、こちらの本棚も調べて頂けますか?」


 シルヴィアの言葉に頷きながら本棚をくまなく調べていくミレイ。

 こちらも特に問題ないようで安心する一行は、ホッとしたような表情を浮かべていた。


「では早速見てみましょうか」


 シルヴィアが本を一冊手に取り、ぱらっと捲っていく。

 だがすぐにぺらぺらと早く捲りだしてしまった。その様子にまさか白紙の本がまた見つかったのかと思うが、どうやらそうではないらしい。


「だめですわ。全く読めません」


 ぱたんと本を閉じるシルヴィアは皆に報告をしていきながら、その問題の本を見せてくれた。


「これは……」

「文字なのはわかるのですが」

「あー、あたしも読めないや」

「古代語というものでしょうか?」


 ふと口に出すイリスの言葉にそうだろうねとロットが答えていく。

 博識とはいえロットは古代語の解読など出来ない。残念だけど専門家に任せるしかないねと言ったロットに、はぁっとため息をつく一同。


「もう少しであの石碑が分かるかと思いましたのに」

「残念ですね」

「……」


 じっと見つめるイリスにミレイは、『まさかイリス、これ読めるの?』と思ったようだが、さすがに口には出さなかった。


 だが次の瞬間、イリスは視線を一気に集める事になる言葉を告げてしまう。


「んー。全く読めませんけど、知っている単語なら出てるみたいですね。ほらここです。ここに書かれた『ラスレ』って言葉。これは私がいた世界ではウサギを意味する言葉です。そのほかにもこの部分の『ウェルダ』という言葉は、鹿を意味していると思います」


 イリスは皆を見ると全く違う表情をしているようだった。

 シルヴィアとネヴィアはきょとんとした顔、ミレイはあちゃあという表情でおでこに手で触れて、ロットはこめかみを押さえながら瞳を閉じていた。

 はて、と思うイリスは次の瞬間、自分が何を言ってしまったのか気が付き、真っ青な顔をしてしまう。

 おろおろするイリスへ質問が飛んできた。


「……なぜ、古代の言語で書かれた文字が、読めるんですの?」

「それに『私がいた世界』ってどういうことですか? イリスちゃん」

「えー、あー、えっと、その……」


 焦るイリスと何と言って説明しようかと考え込むミレイとロット。

 二人が答えるよりも早く、深いため息をつきながらシルヴィアは答えていく。


「……言いたくない事や言えない事であるなら無理には聞きません。私達は知り合って間もないですし。でも、出来ればいつかは話して貰えたら嬉しく思いますわ」

「私も無理には聞きません。今のは聞かなかった事にしますね」


 瞳を閉じながら答えるシルヴィアと、とても優しい笑顔で答えるネヴィア。そしてその姿を見て物凄く胸が痛むイリスであった。

 この痛みはもうこれで3度目だったが、こんなに痛いのは初めて味わっていた。


 やっぱりだめだ。二人にはちゃんと話したい。命を預けあった人たちだから。大切なお友達だから。

 シルヴィアさんもネヴィアさんも、おばあちゃんやミレイさんとロットさんのように理解してくれるはず。

 今ここで話さなければ、私はきっと後悔する。


 イリスはそう思っていた。そしてそれを不安そうに見つめるミレイとロットは、どこか納得したように成り行きをイリスに任せようと口をつぐんだ。


 イリスは説明していく。今までの経緯を。自身に起こった事態も、何故こうなったのかも。誰と出会い、どう過ごしてきたのかを。そして二人に会えたと。

 最後にイリスはこう告げていく。


「大切なお友達には知っておいて欲しいと思ったんです」


 その言葉を皮切りにシルヴィアとネヴィアはイリスを抱きしめ、とても優しい声でお礼を言った。


「ありがとうございます。言い難い事を話して下さいまして」

「ありがとう、イリスちゃん。とっても嬉しいです」

「私こそ、しっかり聞いて下さってありがとうございます」


 暫くの間、抱きしめあっていた3人は、誰からともなく笑い出し、調査へと戻っていった。

 とは言っても、どの本を見てもどれもが古代語と思われるもので、イリスも大した成果を得られるほど内容を読むことは出来なかった。

 すんなりと受け入れてくれたようにも見える二人に、少々驚きを隠せないイリスであったが、どうやら二人は子供の頃、母に読み聞かせて貰った別の世界の物語を思い出して、そういった世界があるかもしれないと思っていたそうだ。

 もちろんこれは創作のお話なので、実際にあれば良いなという程度で思っていた事ではあるのだが、イリスの存在がそれを肯定してしまったように感じられ、もしかしたらという思いが出てしまったようだ。


 そんな話をしながら、イリスの読み取った言葉について話していく。


「お話に聞いた限りではイリスさんの世界の言葉を使っているのではなく、言葉の根本を作った女神様のものを元として、徐々に変化していったのではないかしら」

「ふむ。それはあるかもしれないね。言葉とは使い続ける人によって少しずつ変わっていくものらしいからね」

「そうなんですか? ロットさん」


 イリスには少々思い至らない事のようだ。

 そもそもイリスは年齢という経験の少なさがそうさせているのだろう。

 それに気づきつつもロットは優しく妹に教えていった。


「例えば、そうだね。使いやすい言葉の表現を独自に作ったり、略して使っている言葉だったりするものはその変化の過程にあるもの、とも言えるんじゃないかな」

「難しい話だけど、使っていくうちに言葉が変化するって事は、何となくあたしにもわかるよ」

「イリスちゃんのいた世界とも違う進化をした言葉、という事でしょうか」

「その可能性はあるだろうね。となるとこの世界の住人に理解は難しいのかもね」

「王室図書館にいらっしゃる解読士や学者の方々ならわかるのではないかしら?」

「恐らく解読するには、膨大な資料と多くの時間が必要になるんじゃないかな」


 となると調査はここまでかなとロットが言い、ため息をつきながら仕方ありませんわねとシルヴィアが続けていった。


 さすがにここで調査終了となってしまうと悔いが残るのだが、それでも得られたものはかなり大きい。

 隠された部屋に詰まった本というだけでとても貴重な重要資料となり、そして鍵もまた重要な歴史的文化遺産として大切に保存される事になる。

 書かれている内容を知ることが出来れば、石碑だけでなくこの滅びた王国の事にも迫る事となるだろう。そうすれば様々な事が広い範囲でわかるかもしれない。

 もしかしたらフィルベルグ王国の起源にも繋がり、さらには初代女王陛下であるレティシア様のことも分かるかもしれないという希望に向かって進む事が出来るかもしれない。


 そうなれば本当に凄い事となる。現在ある歴史書を大きく加筆修正していくことが出来るだろうし、何よりも知りたいと思っている冒険者や、フィルベルグ国民は多くいるのだ。

 当然それだけではない。世界的に見て興味を持っているものは、数限りなくいるだろう。もし今回の調査が世界的な大発見に繋がるのであれば、これから先、誕生するであろう冒険者達が、たくさん増えることにも繋がるかもしれない。

 それはつまり冒険者ギルドの発展にも貢献出来るという期待もする事が出来る。


 様々な理由から考えるともちろんそれらは一部にすぎないのだが、今回の冒険で得られたものは、途轍もなく大きい事に成り得ると言えるだろう。


 それを考えれば、本の内容が今はわからなかったとしても、十二分に成果のあった冒険であったことは間違いが無い。

 胸を張って良いほどの立派な成果だった。



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