"ずっと"こうして
ネヴィアの声にそれぞれ調べていく一行。
だが特に何も無いようだった。扉には何か傷のようなものは付いていたが、印というにはあまりにも雑なもので、恐らくは傷が付いてしまったものなのではと推測していった。
次は天蓋だ。それだけではなく、もう一度ベッドの隅々まで調べていくが、埃が舞うだけで特に手がかりになりそうなものはおろか、それっぽいものという曖昧なものですら見つけることが出来なかった。
手紙のひとつもありませんわねとシルヴィアがぽつりと呟き、こういった場所に置くものなんでしょうかとイリスが尋ねる。ネヴィアの話ではそういうものではないらしく、少々顔を赤らめながら何でもありませんわと応えていくシルヴィアに思うところはあるものの、特に何も見つけることはなかった。
この部屋で調べていない場所はあとひとつだ。
「あとは暖炉ですね」
ネヴィアの声に答えながら5人はベッド近くにある暖炉まで近づいていく。
「あら? 何だか新しく火を熾したような後がありますわね」
「あはは、ここまできた冒険者が休憩に使ったんじゃないかな」
「もう調べ尽くされた場所って、ギルドからも認定されちゃったからね」
「あらあら、私たちはその先へ行ってしまったのですね」
「ふふっ、すごく嬉しそうですね、姉様」
「もちろんですわよ! こんなどきどきする事、味わった事ありませんわ!」
目を輝かせて興奮気味に話すシルヴィア。そんな姉を微笑ましそうに見つめるネヴィアも、冒険をとても楽しんでいた。
彼女だけではなく、ネヴィアもほとんどの時を王城で過ごしている。外に出れば公務、家にいれば勉強の繰り返しの日々。友達は作れず、壁を作られる。
大切にされていない訳ではない。寧ろ大切にされすぎている。
二人の姫様に仕えている者たちは、どんな些細な事でもしてくれる。まさに至れり尽くせりだ。それも自発的にしてくれる為、そんな事までしなくて良いのにという事や、そのくらい自分で出来るという事まで、どんな事でも手を貸してくれる。
それは仕事だからという事では決してなく、自身がそれを望んでいるような素振りに感じ、善意でしてくれている者達を咎める事など出来るわけもなく、甘んじて受け入れていた。
その気持ちはとても嬉しいけれど、却ってそれが壁を作られているようで、二人には居た堪れない場所。それが彼女達の王城だった。
勉強が楽しくない訳でも、ましてや公務が退屈だなどと思う事など決してない。
ただ、違った生き方もあったのではないだろうかと、寂しいと思うだけだった。
『もし』を語ってはいけない事ではあるが、もし王女でなかったのなら、きっとこうやって日々を過ごしていたのかもしれないと思ってしまい、悲しいと思うわけでは無いのだが、やはりどこか寂しいと思わずにはいられない二人であった。
同時に王族としての責務を果たしたいという想いが確かに存在するも、自分が一体何をすべきなのかを悩んでしまう程、彼女達の心を揺り動かしてしまっていた。
私は本当はどうしたいのだろうかと。答えなんて決まっている。一つしかない。
それでも、思わずにはいられない。
皆とずっと、こうして冒険をしていたい、と。
「シルヴィアさん?」
「え?」
イリスに呼びかけられ、思考から引き戻したシルヴィア。
見つめる少女は心配そうな顔をしていた。
すぐさま笑顔になり、何でもありませんわと答えていく。
その様子を見てイリスは安心したように暖炉を調べ始めた。
「心配されてしまいましたね、姉様」
「迂闊でしたわ。顔にまで出ていただなんて」
「あはは、何か不安な事でも思い出したのかな?」
「いえ、そういうわけではありませんの」
「私と同じ気持ち、ということですね」
「……ネヴィア」
「何かあれば俺達に言ってね。何か出来るかもしれないから」
「ふふ。考えときますわっ」
「姉様ってば」
楽しく笑う声が背中に聞こえ、イリスも安心して微笑みながら調査をしていく。
先ほどのシルヴィアの顔はとても寂しそうな顔をしていて、楽しそうなのにどこか寂しそうという難しい顔のようにイリスには思えてしまった。
元気に笑うシルヴィアの声を聞きながら、元気になってくれたようで良かったとイリスは微笑んでいた。
意識を調査へ戻して調べていくイリスは、ふと頬に風がふれたような気がした。
煙突の近くまで手を伸ばしてみるも、どうもこちらからの風ではないらしい。
そもそも煙突から風が入ってくるのかはわからないが、何処からか流れて来ているようにも感じられた。
イリスは燃え残っていた枝を1本拾い、暖炉にある灰かき棒で灰をどけ、近くにいるロットにお願いをしてみた。
「ロットさん。この木の先に火をつけて貰えますか?」
「うん、いいよ。ちょっと待ってね」
そう言ってイリスの持っている木の先端に両手を覆うようにして魔法を唱えるロット。小さな火種がぽうっと灯り、徐々に木を燃やしていく。
次第にしっかりと木の先端に火を灯したロットはイリスに聞き返した。
「これくらいでいいかな?」
「はい。ありがとうございます」
笑顔で言うイリスに視線が注目していく。
火を暖炉の壁までゆっくりと近づけていくと、ちらちらと火が揺れているのが目に見えて分かった。
「これは……。火が揺れていますわね」
「風が吹いている、という事でしょうか」
「なるほど、この先から吹いているのか」
「んー。集中してみると、ほんの少しだけ風が吹いてる音がするけど隙間風だよ、これ。良くこんな小さな音に気が付いたね、イリス」
「ミレイが気付かないくらいの小さな音に気がついたの? イリスちゃん」
「いえ、気が付いた訳ではないんです。ただ、ほんの少し頬に風が触れたような気がしたので」
「それにしても凄いですわ、イリスさん。ミレイさんのお耳並みの凄さですわ」
「さすがにミレイさんのお耳ほど凄くないですよ」
ミレイの耳と比べられると流石に恐縮してしまうイリスであったが、あの素敵お耳と比較されること自体はとても嬉しく思ったようだった。
少々話の熱が冷めて落ち着いた所で、調査を再開していくイリス。
汚れるのも気にしないで灰のあった場所に乗り出し、煙突を眺めるように見上げた。ふとイリスは何か出っ張りのようなものを見つけ、それを報告していく。
「何かここにでっぱりがありますね」
そう言って手を伸ばした瞬間、ミレイとロットが叫んだ。
「「ちょっと待って!」」
え? 思いつつ止まるイリス。そのまま思考停止するように固まってしまう。
二人の様子を見ると焦った様子でイリスを見ているようで、内心はいけない事をしてしまったのだろうかと焦っていたが、すぐに二人が説明をしてくれた。
「イリスちゃん、しっかり調べずに何かの仕掛け触れるのは危険だよ」
「そうだよ、イリス。罠の可能性があるんだ」
「と、トラップですか!?」
青ざめるように驚くイリスへ二人が教えてくれた。
もしそういった仕掛けを見つけたら経験のある者や斥候に任せるか、もしいないならギルドに報告して、罠解除専門の冒険者を派遣して仕掛けを解除して貰わないと危ないのだそうだ。当然自己責任になるので、それでも良いと言う冒険者は勝手に先に進み、勝手に罠に引っかり、手痛い教訓を得るのだとか。
本来であるなら専門家ではないミレイではなく、ギルドに報告するのが正しくはあるのだが、今回はシルヴィアとネヴィアが同行している特殊なケースと言えるだろう。この場合は街に戻る事よりも、可能であればミレイで罠解除を試みる、というのがより良い判断と言えるだろう。
臨機応変。これも冒険者には大切なことであり、この判断が正しく出来るか出来ないかで、生死を分ける事にもなってしまう。
「……という事なんだよ」
「なるほど。罠などという物もあるのですね」
「いきなり矢が飛んで来たりとかもするのかしら?」
「場合によってはそれもありうるよ」
何気なく冗談交じりに質問したシルヴィアであったが、さらっとロットに返された言葉で徐々に顔から血の気が引いていった。
表情を変えない所はさすがと言った所だろうか。
「それじゃあミレイさん、お願いしますね」
笑顔で答えるイリスに任せてと微笑みながら返し、ミレイはその煙突入り口付近に付けられた仕掛けをじっくりと調べていく。
彼女はこういった罠解除の専門家ではないが、ある程度の知識があり解除もこなした事がある為、よっぽど複雑な罠で無い限りは問題なく解除する事が出来る。
ひとつ気になるのはここが古城で、罠が仕掛けられている可能性がある場所が王の寝室であり、更には何か重要なものが隠されているだろう事は容易に想像が出来る場所だ。
故に通常の罠で無い可能性も高くなる。
何が出るか分からない物を行き成りさわるなど恐ろしい事だ。
ミレイはしっかり時間を使い、慎重に仕掛けを調べていった。
「……大丈夫そうだね。罠はないみたい」
「そうか。そのまま仕掛けを動かせそうかい?」
「やってみる」
ガコンと音が辺りに響いていき、暫くすると暖炉の壁が重々しく石が擦れる音を出しながら下がっていった。奥にはどうやら何か部屋らしきものがあるようだ。
ミレイが先行して部屋を調べていく。部屋に入った瞬間、矢が飛んでくる罠もあるくらいだ。
油断など出来ない。まずはしっかりと罠の確認をしなければならない。
じっくりと時間をかけたミレイは、もう大丈夫だよと皆に声をかけた。
「全員入れそうかい?」
「うん。大丈夫そう」
暖炉に近い順に入っていく一同。ロットは念の為、最後に入っていく。
殿ということでもないのだが、何が起こるかわからないため背後を警戒しての事だった。暖炉から少し横にいたイリスは3番目に入っていった。
とても狭いがイリスの体格では全く問題なく入れるようだ。鎧をしっかりと纏ったロットがぎりぎりで入れるほどの大きさの穴を潜っていくと、そこは小さな部屋となっているようだった。
部屋にはひとつの小さな本棚に本が20冊ほどあり、中央には小さな机と椅子、机には羽ペンと思われるものとインクらしき入れ物があり、ここで何かを書いていたように思われた。
小さな机の右隣には小さな箱が置いてあり、まるでそれは冒険譚に出てくる宝箱のようにイリスには見えていた。
そんな様子を見たミレイは、イリスへ質問していく。
「イリス、どう思う?」
「罠が仕掛けられている可能性ですか?」
少々違うがすぐに理解してくれたイリスに微笑むミレイとロット。
たったの一度で先ほどの事をしっかりと勉強してくれているようだ。
やはりこの子は物覚えが良い。そして目の前の宝に目を眩ませずに慎重さも失わせていない。
そして姫様達も同じように学んでおり、自分から許可無く何かをさわる事がなかった。待望の何かが書かれているだろう本がたくさんあるにも拘らず、彼女達もしっかりと学習しているようだ。
これがどこぞのボア種ではこうはいかない。
何度レナードに首根っこ引っ張られて離されたか、そして何度ハリスの杖でぶっ叩かれたか分からない。
いつまで経っても子供の青年と、すぐに学ぶ少女たち。この差は一体何なのだろうかと本気で思いながら、宝箱と思われる物の罠を調べていくミレイであった。