"手がかり"を求めて
「そうですね。その通りかもしれませんね」
「あはは、いいアイデアだね、シルヴィア」
「姉様、流石です。早速探してみましょう」
「でも調査隊が調べ尽くしちゃったんじゃないかな」
「わかりませんわよ? ここはとても広いですし」
「隠された場所とかもありそうですよね」
何となしに出たイリスの言葉に、それですわ! と答えていくシルヴィア。
その瞳はいつにも増して輝きを放っているようだ。
一行は隠される場所を探してみることにして話し合っていく。
「隠す場所、といえば、どこかしらね」
「んー、それはやっぱり地下室とか、王様の部屋じゃないかな」
「地下は牢屋になってるみたいだよ。正直あまり行きたくないね」
そういった場所をイリスに見せたくないと思ってしまうロットは、地下に行く事を拒んだ。もともとそれを見たいわけではない4人もそれに同調していき、それならばと話を進めていく。
「では王の部屋に行ってみましょうか」
「王様のお部屋なら、やっぱり最上階とかでしょうかね?」
「恐らくそれっぽい部屋が4階にあったよ」
ミレイの言葉に一同は、その場所を目指していく。
途中、調度品などは一切置いてなく、古城の魔物を一掃した後に王国側が派遣した調査隊が、遺跡の遺産として持ち帰り、国が大切に保存しているのだとか。
何も無い廊下を進みながら警戒するも、やはり魔物はいないようだ。尤も、何度も冒険者が訪れる場所という事が影響しているのかもしれない。そもそもエントランスの扉はしっかりと閉められていたし、その扉が開いていたとしても、魔物が立派な城門を潜り、あの長い中庭を進んでエントランスを入るなど、正直考えられない事ではあるのだが。
3階まで来ると、フロアの中央を取り囲むように大きな階段が左右に広がっていて、この階段を上がった先にある扉を進むと、どうやら公式の場として使われていたと思われる謁見室となっているようだ。
その重々しく豪華な扉の片側をロットが開けると、とても広い空間を設けられた立派な謁見室が目の前に広がっていった。左右の壁にはとても大きな窓がいくつも用意されていて、たくさんの光が射し込む様な構造となっており、遺跡なのに陽光が美しく照らす、とても幻想的に見える場所だった。
フロア中央の先には段差があり、その場所に立派な玉座がふたつ並んでいた。
ひとつはとても豪奢な作りで、まるで威厳を体現したかのような椅子で、ここが王様の席であったであろう事が間違いなくわかった。もうひとつはとても品の良い繊細な細工がたくさん施された椅子なので、こちらは王妃様の席のように思えた。
この椅子も調度品のひとつだと思われるのだが、なぜフィルベルグ王国が保存せずにこのまま放置させているのかを疑問に思う3人へ、ロットが自分の考えを伝えていく。
「恐らく王様と王妃様の席をそのままここに置く事で、かつて存在していた王国に敬意を払ったんじゃないかな」
「あはは、王様と王妃様だもんね。ずっとここにいるべきなのかもしれないね」
イリスにはそれが少し寂しく思えてしまった。彼女は王族ではないし、そういった暮らしも知らない。全ては本や大切なひとから、草原でのお昼寝などで眠る前に読み聞かせるように教えて戴いた知識のみだ。少女には知る由も無い事だ。
だがイリスは、それでも思わずにはいられなかった。今は誰もいないお城に、未だぽつんと居続けるかのような二つの玉座に。なぜこの王国が衰退してしまったのかはわからないが、それでも国を存続できなかった理由が必ずあるはずだ。
それは国王様と王妃様にとって、どんな気持ちだったのだろうか。致し方ないと思ったのだろうか。それとも、悔やまれる気持ちで一杯だったのだろうか。
この古城はイリスにとって、様々な事を考えさせられる場所のようだった。
一行は玉座側の左右の奥に進めるようになっている通路を見ながら、どちらかが王の寝室になっているのかを話し合っていく。どうやらミレイもどっちが目的の場所だったのか、覚えていないらしい。
「やはり国王の玉座の置いてある左側が、王の寝室なのでしょうか?」
「そうとも限らないのではなくて?」
「んー、どっちだったかなぁ」
「俺も一度しか行った事がないけど、確か左側だったと思うよ」
「ではそちらへ行ってみましょう」
陣形を直しながら左にある通路を進み、そこにある螺旋階段を上がっていく。
少々上った先に小さなフロアがあり、その中央にとても豪奢な扉が見えた。
「王の寝室で間違いなさそうですわね」
「あはは、改めて見ると豪華な扉だねー」
「さすが王様のお部屋の扉ですね」
「魔物はいないみたいだから、大丈夫そうだよ」
「流石にこんな所にいたらびっくりですわ」
「あはは、何事も何かが起こる想定はしないとね」
「そういうものなのですか」
「冒険者さんは気持ちも強くないと出来ないんですね」
そんな事を話しながら、王の寝室へと入っていく。
部屋の中はとてもシンプルに造られているようだ。
大きいテーブルと椅子に豪華なベッド、窓はあるがバルコニーにはなっていないようだ。本棚もたくさんあったが、そこには本が一冊も入っていなかった。
「あら、空振りですわね。まさか書物が一切無いとは」
「全く無いという事は、どこかに所蔵されているのでしょうか」
「所蔵されているとなると、図書館に無いのはおかしいんじゃないかな」
「んー、誰かが持ち出したって事も考えられるんじゃないかな」
「王様のお部屋にある本だから、きっと貴重な物だったのかもしれませんね」
「でもここからこれだけの量の本を運び出したりするかな」
「少しずつ運んでいったのかもしれないよ」
「そういえば調査隊はここの本を見つけたのかしら?」
「だとすると姉様、王室図書館にあるのではないですか?」
「王室、図書館、ですか?」
その言葉を聞いた事が無いイリスはネヴィアに問い返してしまった。
どうやらフィルベルグ城の一角に貴重な本を大切に保管している場所があるのだそうだ。そこは状態の悪い本を修復、複製した後に図書館へ寄贈されていく場所でもあるらしい。
修復魔法を使う者も複製魔法を使う者も、世界的に見てかなり少ないらしく、図書館まで本を送ることが現状ではとても難しいようだ。
現在フィルベルグ王国に所属している修復専門魔術師はたったの一人で、複製魔法を扱えるのは二人なのだそうだ。
どちらの魔法も、とても魔力量を必要とする魔法で作業が捗らないらしいと、王女二人はお城に勤めている者から聞いているようだ。
「もしかしたらそこに運ばれているのかもしれませんわね」
「となると、俺達では入ることは出来なさそうだね」
「あはは、そうだねー。まぁそこにあるかもわかんないけどね」
「王室図書館にあるのなら、皆さんも読む事が出来るよう母に頼んでみますわ」
「王国図書館の本も読み尽くしてないので、私には何だか勿体無い気がします」
そんなイリスにネヴィアが、知識を得ようとする心構えが素晴らしい事なんですよと教えてくれる。そしてシルヴィアはイリスへある言葉を伝えていった。
「ふふっ、イリスさん、知識はかけがえのない財産ですわよ」
「姉様、少し意味合いが異なりますよ。正しくは『知識は人の歩みの歴史そのものであり、かけがえのない財産である』ですよ」
「そうだったわね」
「その言葉はどなたが仰ったんですか?」
「フィルベルグ王国の初代女王陛下であられる、レティシア・フェア・フィルベルグ様のお言葉です」
「建国の母であられるお方のお言葉ですか」
思わず目を見開いてしまうイリス。それに二人の王女は答えていった。
「はい。初代女王陛下であるレティシア様は、知識を何よりの財産だと考えておられました。そして世界中から本を集め、王室図書館と王国図書館を作られた方でもあります」
「世界中を探しても、フィルベルグほど膨大な量の本を所蔵している国は無いとさえ言われておりますわ」
『知識は人の歩みの歴史そのものであり、かけがえのない財産である』
なんと素晴らしい言葉なのだろうかとイリスは思う。だからこその王国図書館であり、そしてその場所をフィルベルグの誰もが、いや身分さえ確認できた者であるなら、世界中の誰もが利用できるようにした初代女王の考えがとても尊く思えた。
世界中にいる誰もが文字が読める訳ではないけれど、それでも努力をすれば文字を読む事ができ、そしてその誰もが好きな本を自由に、好きなだけ読む事が出来る国を作り上げた女性。
それがどれほど凄いのか、イリスには計り知れないほどとても立派な事だった。
「レティシア様は育児の本も書き上げたのだとか。母はその本を読みながら私達姉妹を育て上げたのだそうですよ」
「母様は最も尊敬している女王だと、常日頃から仰ってますわね」
「ところで、フィルベルグ王国はどのくらいの歴史があるのですか?」
イリスの問いにぴたっと止まってしまう王女達。
何か聞いてはいけない事を口にしてしまったのだろうかと心配するイリスに、ネヴィアが答えてくれた。
「実は私達も習っていないのです」
「習っていないんですか?」
「ええ。母様はまだ教えて下さらないのよね」
「はい。どうやら王位を継いだ時に話して下さるそうなのですが……」
「王位を継いだ時にって、国の歴史を学ぶのに王位が必要なの?」
首をかしげながらミレイは二人に尋ねていく。
ただ歴史を知るのならば、図書館で済む話ではないだろうかとも思うミレイであったが、それについてずっと以前から調べていたロットは口に出していく。
「いや、フィルベルグ王国の始まりの歴史は、レティシア女王陛下も含めて謎とされているのが、一般的な歴史書に書かれている事なんだ。だから誰もフィルベルグ王国の始まりを、図書館では知ることが出来ないんだよ。そして初代女王陛下と云われるレティシア様の事は、もしかしたら実在しないんじゃないかと言われてしまうほどに、書かれている文献が少ないんだ」
その言葉に驚くイリスとミレイであったが、王女二人は話を続けていく。
「私もロット様と同じように思った事がありますわ。ですが女王である母曰く、確かに実在するとの事なのです」
「王位をどちらかが継ぐことになれば、私達二人にお話して下さるそうですよ」
「理由は分かりかねますが、何か大切なお話になるのだとか」
「大切なお話、ですか。何だか石碑みたいな秘密を抱えているのかな」
イリスの何気なく口に出した言葉に一同は固まってしまっていた。
ぼんやりと答えたイリスは気が付いていないが、もしそうだとすると、とんでもない事に繋がってしまう可能性が出て来る事となる。
「だとするとさっきの説も濃厚になってくるね」
「流石にあたしも笑えなくなってきたよ」
「そうですわね」
「ですが、もし、そうだとしたら……」
ネヴィアの言葉に、4人の言葉は止まってしまう。