遺跡を"目指して"
そして太陽の日がやってきた。
姫様達が街中を武装して歩くのは問題になるという事で、今回はお城で待ち合わせてから馬車で草原まで向かう事になった。
公用で使っている馬車だと乗っている人物が特定されてしまうので、一般的な幌馬車の後部に扉が付いたものを用意して貰ったようだ。なんでも懸架式の馬車だそうで、一般的な馬車よりも振動が伝わりにくくなっており、とても静かなのだそうだ。
ミレイとロットはいつもの通りの装備で、ネヴィアは胸部だけ白い鎧をつけたワンピースのような動きやすそうな格好と、先端に水色の宝石が付いている鉄製の杖を、シルヴィアは赤く輝くようなドレスのようなデザインの鎧を身に纏って腰に細い剣を差していた。
とても凛々しく輝いて見える二人にイリスは目を輝かせながら見ているようだ。
そんな彼女はというと、鎧も無くいつもの普段着であるエプロンワンピースと短剣、お薬バッグのセットなのだが、お城に行く前にこれでいいのかとミレイとロットにおずおずと質問した所、問題ないよと言われてしまった。
なんでもいきなり鎧を身に纏うと、重さで上手に身体が動かなくなる場合が多いので、慣れてないと危険なのだそうだ。
「まぁイリスは護衛として行動すれば良いと思うよ」
「そうだね。無理をして鎧を着けると、却って危ない場合も多いからね」
ただでさえ重い物を持てないと知られてしまっている為に、鎧を着けることを反対されてしまったイリス。
それに慣れない鎧をつけていると、思っている以上に体力も消耗するらしく、色んな意味で危ないのだとか。物見遊山とまではいかないものの、行きたい場所まで連れて行ってくれる二人に胸がちくっとなるイリスだった。
ロットさんの盾はおろか、鎧も碌に着けられないのだから仕方ないんですけどねと、少女はどこか寂しそうに思っていた。
下の中庭入り口の城門まで来ると兵士さんたちが、お待ちしておりましたと挨拶をしてくれて、3人はそこから一旦お城まで馬車で送ってくれた。
お城まで行くと二人のお姫様が武装して待っているようで、馬車から一旦降りて挨拶をすると笑顔で二人も応えてくれた。5人準備が整っているかの確認を取った後に、それじゃあ行こうかとミレイが言い、全員がそれに賛同していった。
まずはここから馬車で草原まで向かい、古代遺跡近くの浅い森入り口で降ろして貰う予定となっている。
目的地まで向かう馬車の中でミレイがシルヴィアの能力について聞いていた。
「シルヴィアは剣士かな?」
「ええ。冒険者登録はしておりませんが、分類するならばそうですね」
「ネヴィアは魔術師かな?」
「はい、水属性の防御魔法を使う事が出来ますが、私は経験が全くありません」
「グルームの一撃を弾くだけの魔法を使えるから、自信を持って良いと思うよ」
ロットの言葉に頬を赤く染めるもすぐに直り、あれ程の魔法を使うと流石に意識障害を起こしてしまうようですと、申し訳なさそうに笑っていた。
続けてミレイは質問していく。
「シルヴィアは戦闘経験あるんだっけ?」
「ええ。この周囲の魔物となら一対一で勝てるくらいの力はあると思いますわ。深い森まで行こうとしていた所に父に止められてしまいましたので、そこから先の魔物はわかりませんが」
「シルヴィアはシルバーランク相当の強さはありそうだね」
「となると俺が前衛、ミレイとシルヴィアが中衛、イリスちゃんとネヴィアが後衛だね」
「あら。私はロット様に護られてしまうのかしら?」
「様はよして下さい。こちらも呼び捨てさせて頂いてますし」
お義姉様と呼んで頂いてもよろしくてよとシルヴィアが言ったところに、ネヴィアがわたわたして赤くなりながらそれを制していく。
むがむが言ってるシルヴィアと止めるネヴィアを3人は苦笑いしていた。
「実際に戦いとなると、シルヴィアの位置は重要になってくるよ」
ミレイがロットの代わりに答えていく。
もし戦闘となれば、中衛の役割が重要となってくる。
当然前衛は最前線に立ち、魔物を後ろへ通さないよう抑える役割があるが、中衛はとても難しい役どころとなる。
後衛に魔物を寄せ付けさせないのはもちろんの事、可能であれば前衛に出て魔物を攻撃する事が必要となる立ち位置だ。
戦況を見極めながら攻撃にも転ずる事が必要となってくる難しい場所なんだよと、ミレイは教えていった。
なるほどと納得したシルヴィアはすぐに目を輝かせながらわくわくとしているようだが、イリスとネヴィアは出来るなら魔物とは遭いたくないなという表情をしていた。
恐らくこの反応が一般的な冒険者の姿ではあるのだが、シルヴィアの様子を見たミレイは誰か見知った者と姿を重ねていた。まぁさすがにあのボア種とは違うだろうけどと思いながらも、少々不安になるミレイであった。
馬車が止まり、どうやら目的の古代遺跡に近い場所まで辿り着いたようだ。
全員降りた後にイリスが御者にお礼を言い、御者がそれでは頃合を見計らってお迎えにあがりますとお辞儀をして街へと戻っていった。
イリスは目の前に広がる浅い森を見つめながらぽつりと呟いた。
「この先に古代遺跡があるんですね」
「そうだよ。ちょうどこのまま真っ直ぐ進むと辿り着ける位置で降ろして貰えたみたいだね」
「私としては草原から歩きで良かったのですけれどね」
「ふふっ、姉さまは今日も元気ですね」
「初めての冒険ですからね、気合も入ると言うものです」
「あはは、頼もしい限りだよー」
それじゃあ行ってみようかとロットが言い、ミレイは周囲を索敵する。
「大丈夫。魔物はこの辺りにはいないみたいだね」
「兎人の方は聴覚が鋭いと伺っていましたが、聞いていた以上に凄いですわね」
「ミレイ様すごいです!」
目を輝かせるネヴィアにイリスを重ねてくすぐったく思うミレイ。
ただミレイには少々気になる事があるようだった。
「ただ少し離れた所に木の上の方をガシガシしてる音があるね」
「木の上の方ってことは、スパロホゥクでしょうか?」
「スパロホゥクというと、猛禽類の動物に似たあれですわね」
「そうだね。イリス、詳しく分かるかな?」
ミレイの問いに答えていくイリス。
スパロホゥクとは、体長約50センルでオスは背面が灰色、腹面に栗褐色の横縞がある小型の魔物だ。メスは背面が灰褐色に腹面の横縞が細かくなっている。そしてメスの体長は65センルを軽く超えるものも少なくない。
その巨体で空からの奇襲に長けた攻撃を繰り出してくるので、空に注意が必要となる。攻撃方法は空からの嘴を突き立てる様にしながらの体当たりと、滑空からの強靭な爪での攻撃が主となる。嘴も爪も危険だが、何よりもその移動速度がかなり早いため、危険な魔物と言われている。
だが、耐久力が低く攻撃も直線的かつ単調である為、初心者冒険者が狩る事ができる魔物とギルド認定されている。
以上の事をイリスが説明すると、王女二人は目を白黒させていた。さすがにミレイとロットは慣れた様子で聞いていたが、それでも内心ではイリスの勉強好きに驚いてはいたようだ。
「相変わらず勉強熱心だね、イリスちゃん」
「すごいです、イリスちゃん」
「私も勉強しましたけれど、そこまで詳しくは学びませんでしたわ」
「あはは、ほんとに魔物学者みたいだね、イリスは」
4人から褒められてしまい戸惑うも、本で読んだ知識なだけですからと反論していくイリス。
出会ったことが無いイリスにとっては、本で読むくらいしか魔物の知識を得られないので、ただ少しでも不安になる気持ちを和らげる為に学んだに過ぎない。
実際にその魔物と遭ってしまった時の為に、想像しながら戦う術を考えては見るものの、やはり頭の中で考えるだけではいまいち対処法が良くわからなかった。
そんな中、ミレイが話を続けていく。
「まだ遠いからこっちには気づいていないよ。もし近づいてきたら戦うってことで、先に進もうか」
「そうだね。一応注意だけはしつつ、遺跡を目指して行こう」
気合を入れなおすイリス達は浅い森へと入っていく。ここも聖域手前の森と似たように光が差している明るい森だった。
見通しも悪くなく、木々もそこまで大きくないため、魔物が隠れていたとしても発見しやすい場所のようだ。
そういう意味では初心者冒険者に最適な場所とも言える。光が差しているため方向もわかりやすいし、古代遺跡やエルグス鉱山までここからならそう遠くないそうだ。
エルグス鉱山近くには採掘作業をする掘削師達の休憩場所もあるそうで、何かあればそこに駆け込める場所にもなっているらしい。街よりも少し近くに設置されているので、よく休憩がてらそこを訪れる冒険者も多いのだとか。
周囲を警戒しながら話をしていく一行は、古代遺跡と思われる建造物の前に出てきたようだ。ミレイの話ではスパロホゥクの場所も移動していないようでまだ遠いらしい。
遺跡というのだから2階建てくらいの高さの構造だろうかと思っていたイリスは思わず見上げてしまっていた。それは明らかな文化的人工物で、高さは優に4階建て程もある大きな建物だった。外観から察する所、それ以上の高さの部分は崩れているようで、もともとあった高さが分からないほどの大きな遺跡だった。
「ここが、古代遺跡」
見上げながらぽつりと呟くように言葉を発したイリスに、ロットがそうだよと笑顔で答えていく。
「正確にはまだ城門といったところかな」
「城門、ですか?」
遺跡なのに? というような表情をするイリスへ進めばわかるよとミレイが答えてくれた。
ちょうど正面にぽっかりと大きめの扉が開いており、そこから先へと進めるようになっているようだ。その先は長く続く道のようになっており、ここはただの入り口でまだまだ先があるように見えた。
「それじゃあ入ってみようか」
ロットの言葉に続くように歩いていく一同は、その大きな扉を潜っていった。