"不穏"な空気
「それでどこへ向かうのですか」
「そうですわね、どこがいいかしら」
話し合う女王と王女。もう二人の中では先に進んでしまっていたようだ。
そしてミレイは気がついてしまう。シルヴィアは女王陛下の血を色濃く受け継いでしまっている事に。その様子を見てしまったミレイはもはや反論する事が出来ず諦めたようだ。
「先ほどお話に出ていた『古代遺跡』などは如何でしょう。あの場所なら初心者向けと言われてるようですし、何より読めないと言われる石碑に興味がありますわ」
「古代遺跡、ですか」
シルヴィアは母の真似事のように魔物を狩っていたが、冒険のような事は一切することなく父に見つかり辞めさせられてしまった為、フィルベルグ周辺のどこへも行った事がなかった。
行った事がないという点ではネヴィアも同じではあるが、先日話に聞いた聖域の美しさにときめかせたシルヴィアは、冒険という物をしてみたくなったようだ。
この辺りで冒険者が行きそうな場所と言えば聖域かエルグス鉱山、古代遺跡と、あとはその周囲を取り巻くようにある浅い森辺りだろうか。奥の深い森まで行ってしまうととても危ないため、この辺りが初心者向けの冒険場所となっている。
他にも洞窟や廃墟などもあるがこちらは中級者向けと言える場所で、初心者はなるべく行かないようにとギルドも推奨している。
尚も続く二人の会話にミレイは諦めながら話に入っていく。
「その辺りなら魔物も聖域周辺と大して変わらないから安全だけど、でもほんとにいいのかな……」
徐々に声が小さくなってしまうミレイにエリーザベトは問題ありませんよと答えていく。ミレイとイリスからすると問題だらけに思えるのだが、こうも言われてはもう断れないだろう。
イリスはこうなってはもう楽しむしかないよねと思いながら話に入っていった。
「私はどこでも新鮮な気持ちで楽しめそうです」
「ふふっ、そうですね、私も同じく楽しめそうです」
ネヴィアもそれに同調していった。どうやらイリスと波長がとても合うらしい。でも私は戦えないですからミレイさんとロットさんだけで護衛は大変なのではと答えるイリスに、エリーザベトが少しだけ首を傾げるようにしてイリスへ質問した。
「イリスさんは戦えないのですか? かなりの魔法が使える様に思えるのですが」
「わかるのですか? 母様」
表情を変えずに語るエリーザベトに質問したシルヴィアだけでなく、イリスを含めた誰もが疑問に思ってしまう言葉だった。そんなことわかり様がないと思えるのだが、ミレイは何となくだが技術と経験の差かなと思っていた。
「ええ。かなりの使い手かと思いましたが、私の気のせいかしら」
「えと、それなりの魔法は使えると思います」
「言の葉はいくつまで使えるのですか?」
エリーザベトの言葉に驚く姫様達。ミレイは知っているが二人にとってはその言葉は驚くべきものだ。まだ少女と言えるイリスが魔法を使える事ですら凄いのだ。そこに言の葉がいくつまで、などという発想には決して至らない。
母の言う言葉に疑いはない。それだけの知識と技術を持ち合わせた上に、経験まで豊富なのだ。そこに疑うなどという発想はないのだが、それでもイリスが言の葉をひとつ以上使えると伺える言葉が出たことに驚きを隠せずにいた。
言の葉を2つ使う13歳など聞いた事がない。文献にも残されていない程に。
驚いて言葉を失う二人に少女は何と言ったら良いのかと思いながら言葉にする。
「えと、成功したのは言の葉ふたつです」
「防御魔法ですか?」
イリスの返答を予測していた女王は、聞き返すことがなく話を続ける。
その問いに攻撃魔法ですと答えた少女に更に驚く娘達は呆けてしまっていた。
女王はどのくらいの完成度かしらとミレイの方を向きながら質問していく。
その問いの本質を悟ったミレイは目を見開いてしまった。この方は今の会話の間に自分を見ただけで、おおよそ把握してしまっていると。
たった一目ほどにしか見ていない状況下で、ミレイもその事を知っている事実に気が付き、かなりの完成度がある魔法を使えると理解した上で、この方は自分に尋ねていると。
窺い知れない。まるで海のような広さをミレイは感じていた。
この方に嘘など通じない。恐らく声の揺らぎ一つで全てを理解されてしまう。
ならばそのまま伝えるしかないとミレイは思い、少々不安そうに見つめるイリスへ大丈夫だよと優しく答えた後、エリーザベトへ答えていった。
「ホーンラビットを一撃で倒せる威力です」
なるほどと呟くエリーザベトと、驚きすぎて固まってしまう姫様達。イリスは不安そうにミレイを見たので、もう一度優しく大丈夫だよと笑顔で答えた。
しばらく瞳を閉じながら考え込むエリーザベトは、時間を空けて瞳を開きながらイリスへ向かい直り答えていく。
声も表情も優しいが目の奥はとても真剣な色をしているようにイリスは見えた。
「よくわかりました。イリスさん、どうかその力を無理なく育てていって下さい」
「え? それだけですか、母様。もう少し言うべき事があるのでは?」
シルヴィアがその言葉に反応するも、エリーザベトは平然と答えていく。
「よいのですシルヴィア。必要以上に外から言う事は、彼女にとっては成長の妨げとなります。イリスさんは今のまま、ゆっくりと成長していって下さいね」
優しく微笑むエリーザベトのその表情を見たイリスは、安心したかのように微笑を返しながら、はい、がんばりますと返した。
「それでは私はこれで失礼させて頂きますね。お二人とも、どうか末永くこの子達のお友達でいてあげて下さいね」
とても素敵な笑顔で微笑みながら去っていくエリーザベトを目で追いながら、4人はまた話に花を咲かせていった。シルヴィアはイリスのことが気になりつつも母に言われた通り、それ以上詮索をすることはなかった。
彼女にとっても初めてのお友達なのだから、嫌な思いをさせてしまうかもしれないという気持ちの方がずっと強かったようだ。
お昼になり、せっかくですのでお食事もご一緒にとりましょうとのネヴィアの誘いに賛同した一同は、少々申し訳なく思うも食事を頂く事にし、出された料理に目を見開きながら美味しい美味しいと食べるイリスに微笑みながら、楽しい食事を済ませ、またお茶を飲みながらたくさん話を続けていった。
夕方近くになり、そろそろお暇しようかとのミレイの言葉に一同は寂しさを感じるが、次は太陽の日に会いましょうねとのイリスの言葉に納得したように笑顔になり、二人はお城を後にした。
今度は馬車で下の中庭の先にいる兵士達のもとまで乗せてもらい、イリスは違う景色を楽しんでいった。
馬車を降りた二人に兵士達は、ご希望の場所までお送り致しますがと言われたが、さすがに目立つからという理由で二人は遠慮させて頂いたようだ。
そこから真っ直ぐ噴水広場までミレイと話しながら歩いていくイリスは、とても楽しそうに笑っていた。
また大切なお友達ができたと心から喜んでいる彼女を見ながら、ミレイもまた楽しそうに微笑みながら歩いていった。
ちょうどギルド前まで来た所で、ミレイはイリスへ挨拶をしていく。
これからギルドでまたレナード達と酒盛りをするのだそうだ。
「それじゃあたしはここで」
「はい! 今日は楽しかったですね」
あはは、そうだねと笑いながら、ミレイはまたねとイリスへ手を軽く振りながらギルドへ入っていった。
ひとり残ったイリスはすぐ近くの家までゆっくりと歩いて行く。
ふと見上げた空は、夜の帳に包まれつつあるオレンジの美しい色をしていた。
帰ったら今日あったことを早速おばあちゃんに話そう。
そんな事を思いながら、少女は家路へとゆっくり向かっていった。
* *
「もう帰られてしまったのか……」
「ええ、そのようですね」
「せめて娘達の友人に挨拶くらいはしたかったのだが」
物凄く残念そうに語る男性に、エリーザベトは私が挨拶しましたので問題ありませんよと言った。
ここは執務室となっている場所で、今現在はこの部屋に二人しかいないようだ。
とても落ちつきのある造りとなっている場所ではあるのだが、かなり広い部屋なので二人だけでいるととても寂しくも感じてしまう。
「女王というだけで驚かれてしまいましたので、更に国王まで会いに行ってはお二人に悪いと思いますが」
「むぅ。それもそうではあるのだが」
貴方の言いたい事もわかりますけれどねと、エリーザベトは優しい声で夫に話した。しばらくの沈黙の後、ロードグランツは妻にせめてどんな子だったのかを聞いてみた。
「それで、お友達はどんな方だったのかな?」
「そうですね。とても良い友人関係を築けると思いますよ。王族という事も気にせず普通に接して下さる方達ですから。特にイリスさんはネヴィアととても似通った方のようです。あの頃のネヴィアを思い出し、思わず抱きしめてしまいたくなりました」
「そうか。これで少しはあの子達の寂しさを取り除けそうで良かったよ」
心からホッとするロードグランツ。あの子達はとても寂しい思いをしている。娘達と仲良くしてもらえる存在はとても貴重だ。二人からすると可愛い娘達という意味が強いのだが、どうしても姫という立場がそれを邪魔してしまう。
ましてやあの子達は国民から愛され過ぎている。いや、愛されるのもとても良くわかる程の淑女なのだから、それも仕方の無い事なのだがと彼は思っていた。
だがエリーザベトはイリスに少々不安を感じていた。その様子に気がつくロードグランツは妻に聞いていく。
「何か不安でもあるのか?」
「ふふ、流石に分かってしまいますか」
「流石に今のは私でも分かると思うよ」
軽く笑いあいながらエリーザベトは不安な事を述べていく。
「イリスさんは少々危ういですね」
「危うい? 話を聞いた限りでは、とても良い子だと思うのだが」
「ええ。間違いなく良い子です。あの子との相性も最高と言って良いほど合うでしょうね。ですが……」
不安が消えないエリーザベトは少々止まってしまう。その姿に怪訝な顔で言葉を待つロードグランツ。
そして女王は言葉を選ぶようにしながらはっきりと口に出していく。
「あの子は力を持ち過ぎています。あの年齢で言の葉を2つも扱えるとなると、かなり危ういかもしれません」
その言葉に目を見開きながら驚く王は瞳を瞑りながら考える。
しばしの時間を挿み、少しだけ目を開いて呟くように言葉にした。
「……その子が、そうなのか?」
「今はまだ可能性と言うべきでしょうね。恐らくは様々あるであろう道の一つとして存在しているのかもしれません」
黙ってしまう王に妻は話を続けていく。
「もし、あの子が独学でその強さを手に入れたのだとしたら、かなり危険かもしれません」
「……ネヴィアの話では次の太陽の日に冒険に出るそうだな」
とても楽しそうに語っていたネヴィアを微笑みながら聞いていたが、今はもうそれどころではなくなってしまった。
「もしかしたらその片鱗が現れるかもしれませんね」
「それ次第、という事か」
「そうなりますね」
重い空気に包まれながらも二人は話を続けていく。
「もしあの力を手に入れたのだとしたら大変ですからね」
「それは流石に無いだろう。図書館の本ではそれに至らない筈だ」
「いえ、あの子はとても聡明です。一目見ただけでわかる程に」
「いずれはあれに気づくという事か?」
「もしくは既に所有しているか、ですね」
その言葉にありえないと思うも口には出せない驚愕するロードグランツ。
だが憶測でこれを判断するわけには絶対にいかない。慎重に調べる必要がある。
まさかあの子達の初めての友人のひとりがそれを持つ可能性があるだなどと。
「……これも何かの運命なのだろうか」
ぽつりと王は遠くを見つめているように呟いた。
「それもイリスさん次第でしょうね」
エリーザベトはどこか確信じみた何かを感じているようだった。恐らく次の太陽の日に分かる事であるだろうと。
不穏な空気が漂う中、ふたりは無言になってしまっていた。