王女の"提案"
次第に話は恋バナから家族の話になっていった。
どうやら二人は生まれてから母である女王陛下に育てられたらしい。基本的に王城には乳母が数人待機しているのだが、その者たちの手を一切借りることなく独学で育児を学び、大きくなるまで育て上げた凄いお方なのだそうだ。
当然育児だけではなく、様々な教育まで女王陛下に教えて頂いたのだとか。
こういった事は王族ではとても珍しいらしく、どうやらフィルベルグ王国の建国の母である初代女王陛下が最初にそれを為したそうで、その英雄譚のように書かれている書物から学び、憧れを抱きながら自身もそうすると決めたのだとか。
無事にシルヴィアを授かり、育児に奮闘したと当時を知る侍女から聞いたそうだ。当然ネヴィアも女王の手で育て上げ、立派に姫として成長するまで教育をして貰ったと二人は語る。
女王自ら育児をするという事に驚きを隠せないミレイは、シルヴィアへ当たり前のことを質問してしまった。彼女も相当驚いて気が動転しているようだ。
「は、母って、つまりは女王様だよね?」
「そうですわ。何でも王族の血が流れているのは母の方なのだとか」
「昔は冒険者のような事もしていたのだと聞いております。いつも優しい母なのであまり想像もつきませんが」
そんな中、ふと気になったことをイリスが二人に聞いた。そしてそれはネヴィアにも関係していく事なので、聞いた彼女も顔を赤らめてしまう。
「そういえば、どちらかに王族の血が流れていれば結婚できるって聞きました」
「はい、そうです。父は王族ではなく元冒険者なのだそうですが、母は王族なので結婚できたのだとか。もちろんお互いの気持ちがあってのものですが、いずれは私も、とは、思っているのですが……」
徐々に声を小さくしていく、いじらしいネヴィアにふわふわした気持ちになる3人は、この子の恋を全力で応援しようと思いながら話を続けていく。
「ネヴィアさん! 私、応援します!」
「そうだね、幸せになってもらいたいね」
「私も応援しますわ。可愛い妹の為ですもの」
とても心強い言葉に涙が溢れそうになるほど嬉しくなるネヴィアは、涙をぐっと堪えながらも素敵な笑顔で3人へお礼を言った。
「ありがとうございます」
そんな彼女の様子に心がほっこりした3人は、笑顔で返していった。
気持ちを落ち着かせるようにお茶を飲むネヴィアを笑顔で見ていた姉は、ミレイに気になっていたことを聞いてみた。
「ところでミレイ様は冒険者だそうですね」
「あはは、様はいらないよ、シルヴィア」
「つい癖で言ってしまうのですよ。宜しければ呼び捨てでも構いませんか?」
「もちろんいいよ。というか、あたし呼び捨てで話してるし」
笑いながら答えるミレイに、シルヴィアはとても嬉しそうな笑顔でミレイの名前を呼び、改めて質問をしなおした。そしてそれに笑顔で答えていくミレイ。ついでにランクも伝えていった。そのランクの高さに驚く彼女はしばしの間を挟んで思いついたように話し出していく。
「そうですわ! 今度の太陽の日に皆で冒険に行きましょう!」
シルヴィアのその急な発案にきょとんとする一同は固まってしまうが、彼女だけはとても明るい顔をしながらそれがいいわと納得してしまっているようだった。
正直なところ何がいいのかわかっていない3人はそれぞれに質問をしていく。
「えっと、冒険、ですか?」
「姉様、さすがに脈略が無いように思うのですが」
「あはは、シルヴィア楽しそうだねぇ」
ひとりで盛り上がっているシルヴィアに一同が説明を求めていくと、その理由を明示していった。つまりはネヴィアの恋の為なのだと。どこか一緒にロットとお出かけをして愛を育むという作戦らしい。
場所はフィルベルグ周辺の日帰りできる所という制限は付くものの、噂に聞くロットにも会える上に、大切な妹の恋路にも繋がるとても重要な事となるとシルヴィアは言う。ついでに自分も外に出られて息抜きが出来ると。
それを聞いた3人は、もしかしてそれが本音なのではないかと思ってしまうような、きらきらとした瞳をしているシルヴィアを見てしまって言葉が続かずにいた。
しばらくシルヴィアの独擅場だったが、それを止めるようにミレイは話だした。
「5人で冒険に行くの?」
「もちろんですわ!」
即答したシルヴィアにネヴィアも言葉を返していく。とても尤もらしい言葉を。
「で、ですが姉様、公務が無い時も習い事がありますし、出かけるのは少し難しく思うのですが」
「たまには息抜きも必要ですわ。お城に篭っていては身体にも良くありません」
国王陛下や女王陛下はほぼお城から出られない状況なのですがと言いかけて、ネヴィアは話を止めた。どうやら姉の瞳には何を言っても伝わらないような輝きで満ちてしまっていたからだ。半ば言葉を返すのを諦めたネヴィアだったが、イリスはふと気になったことを聞いてみることにしたようだ。
「でも、お姫さまふたりが同時にお城を離れるのは、あまり良くない事なんじゃ」
そのイリスの問いも尤もな事だった。そもそも姫である二人が同じ時期にフィルベルグから離れる事もあまりないことだ。
ましてや同時に行動を共にするなど更にない、いや滅多にないと言えるだろう。王族の直系はシルヴィアとネヴィアだけである以上、なにか問題が起こった場合は大変な事となってしまう。傍系であるなら他にも王族はいるのだが、その者たちは確実に王や女王になるとは思っていない。直系であるふたりの姫様がいるからだ。
更にこのふたりはとても優秀で、姉であるシルヴィアは外交に長けており、妹のネヴィアは政務に熟達している。どちらが女王となっても支えあいながらフィルベルグを護る柱となっていく事になるだろう。
だがもし、もしもの事があってしまったら、国民にとっては途轍もない衝撃と打撃を与える事となってしまう。どちらも替えなど利く筈がないフィルベルグ王国の宝であり、未来に輝く光たちだ。冒険は命がけである以上、連れて行くこと自体を危惧するイリスとミレイだった。
そんな様子を見て察したシルヴィアは、二人に大丈夫ですよと説明していく。
「恐らく問題はありません。私の予想では快く了承を頂けると思っています」
その言葉に目を丸くしてしまうイリスとミレイであったが、そんな簡単に言える事なのだろうかとイリスは思いながらも確認するようにミレイの方へ視線を移してみると、ミレイの耳はぴんと真っ直ぐ伸びたまま固まっていた。その表情はとても真面目な顔をしている。
イリスはミレイにどうしたんですかと聞いてみると、ミレイは少々低い声で静かにこう言った。
「……凄い人が来る」
イリスが首をかしげながらも暫くの時間が空き、ミレイに再度聞いてみようと思った時、彼女達の近くからとても美しい大人の女性の声が響いていった。
「御機嫌よう」
そこに立っていたのは、綺麗に纏めたゴールドの髪と美しい金色の瞳で、とても素敵なドレスを身に纏いながら優しく微笑む大人の女性だった。