貴女のために、特別な"能力"を
……なんだろう。すごく、あたたかい。
……まるで、ポワル様に包まれてるみたい。
少女は、そのふわふわとした気持ちでいた。
何故こんな気持ちでいるのかも分らなかった。
真っ暗な場所。……なのに、不思議と怖くない。
それどころか、居心地の良さを感じている。
少女はふと思い出す。あぁそうか。私、世界を渡るんだっけと。
次第に意識がはっきりしてくると、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
――イリスさん。イリスさん。
とても綺麗で美しい声だった。
まるで澄みきった水のような、透き通る女性の声だ。
ポワルとは違うその声の持ち主も、きっと女神なのだとイリスは感じていた。
再び少女の名を呼ぶ声が聞こえてくる。とても優しい、穏やかな声に自分まで心が落ち着いていくようだった。
呼ぶ声に応える様に、イリスは重い瞼を開いていった。
瞳を少しだけ開けると光が射し込んで来て、思わず目に力を入れてしまう。
その光はとても眩しく、イリスは目が眩むような感覚に包まれていた。
徐々に光に慣れてきた少女は、次第に視界に誰かの姿が映って見えてきた。
どうやら目の前にいるこの方がイリスを呼んでいたようだ。
朧げだった視界も、段々と良く見えてきた。
その女性は、美しく手入れをされた薄水色の髪を腰まで真っ直ぐと伸ばし、その瞳はまるで美しい海を溶かした宝石のような輝きを放ち、目鼻立ちがはっきりとした整った綺麗な顔で、その佇まいを見ただけで理解出来るほどの上品さと、慎ましやかな端麗さを持っているとても美しい方だった。
あまりの素敵な女性の姿に魅了されてしまったイリスは、言葉を発する事ができずにただただそのお方に見蕩れ続けていた。
そんな様子を見ていた女性は、イリスに向かって話を始めていく。
「はじめまして、イリスさん。私はエリエスフィーナ。
この世界、"エリルディール"を創りし者です」
見蕩れながら呆けてしまっていたイリスは、はっと気が付いたように頭を深く下げながら自己紹介を返していく。
「はじめまして、エリエスフィーナ様。私はイリスと申します」
「ふふ。短くエリーで結構ですよ、イリスさん。長いですからね」
とても優しく目を細めて笑うエリーに、イリスはまた見蕩れてしまう。
本当に綺麗な、いや、とても美しい方だった。
「ここが"エリルディール"なんでしょうか?」
イリスはその世界を見渡してみると、そこは不思議な空間のように感じられた。
全体的にとても淡い水色の空間で、空があるように思えるほど天井が高く、とても壮大な世界のようにイリスは思えた。
美しく透き通るような空気を含んだ、居心地の良い場所だった。
そんな事を思っていた時、イリスはやっと自分が置かれている状況をはっきりと思い出した。何者かに襲われ、神様方に救って戴いたんだったと。
イリスは自身に何が起きたのかを理解出来ていない。
ただ、何かに襲われ、世界を渡る事になった、という程度の認識しかしていないようだった。
それはとても悲しい事で、それはとても不安を感じる事だった。
世界を渡るという意味も、正直なところイリスには良く分らない。
ただ、大好きな両親や大切なポワル様ともう会えなくなる、という事実だけは理解できた。
とても悲しくて辛い。寂しいし不安だし、怖い。でも、頑張らないといけない。
もう大切なひとたちにも頼らないで、一人でも生きていかないといけないのだから。
そんな事を思っていたイリスを察したエリーは、微笑みながら大丈夫ですよと言ってくれた。不思議とその言葉はイリスの胸にすとんと落ちたように感じられた。
時間を挿み、頃合を見計らって、エリーがイリスへと説明を始めていく。
「さて。それでは説明をさせて――」
エリーがそう言いかけた時、その世界の上空の方から、何か小さな音が響いたようにイリスには聞こえた。
まるで薄いガラスが割れたようなパリンという音に、首を傾げながらもその方向を見る少女の瞳に、どこか見慣れた女性の姿が映っていく。
「とあーっ」
とても間の抜けた、聞いただけで脱力しそうな声を放つその女性は、上空でくるくると何度も回転しながら綺麗に着地をした。
謎の音を、声で付け加えながら……。
「しゅたっ」
その見事に降り立つ姿はとても美しく、凛と立ち上がる彼女の横顔は自信に満ちた表情をしていた。自信に満ちたというよりもこれは所謂、したり顔と呼ばれるものではないだろうかと、少女は声に出さず心で思っているようだった。
「うふふ、この程度の結界を破る事なぞ、私にとっては造作もない事なのです」
その聞き慣れない一人称に思うところはあるものの、少女はその降り立った女性に表情を明るくし、大切なひとの名を呼んだ。
「ポワル様っ」
「イリスちゃんっ」
イリスを見るとポワルはすぐさま駆け寄り、ぎゅっと強く抱きしめた。
少女もとても嬉しかったようで、抱かれると彼女に甘えるように瞳を閉じ、その暖かな温もりを愛おしく感じていた。
その二人の姿はとても微笑ましいのだが、
エリーは表情を曇らせながら何故あれ程の結界を突破出来たのかを考えていた。
正直なところ、エリーには力を抑えるのが苦手だ。ポワルの様に細やかな力配分は出来ない。それ故に彼女がいる"管理世界"を外部の存在から護る為に覆ってある結界も、かなりの強固な物で創ってあった。
その筈だったのだが、それを軽々と壊されるとは思っていなかったエリーは、少々ポワルに苛立ちを覚えてしまう。
「ポワル、貴女……」
「やぁやぁエリーちゃん、おひさ!」
少女を抱きしめたまま、頭だけエリーに向けて挨拶をするポワル。
そんなエリーは、呆れた表情でそんな彼女を見つめているようだ。
イリスは次々と大切なひとから飛び出てくる聞き慣れない言葉に驚いていたが、あまり気にしない方がいいような気がしたので、あえてここは聞かない事にした。
エリーはそんなポワルの自由奔放な姿に、思わず顳顬を押さえながら瞳を閉じていく。せっかくの美しい顔に皺が寄ってしまい、おろおろとするイリス。
そんなイリスをよそに、エリーはポワルへと質問していく。その声はイリスに優しく語り掛けるものとは違い、少々冷たく聞こえる様なものだった。
「何しに来たの、ポワル」
「やだー、決まってるじゃない。愛しいイリスちゃんに会いに来たんだよ?」
瞳を閉じたままポワルに尋ねたエリーの眉がぴくっと動き、イリスには何故か辺りが少々肌寒く感じる様な気がした。何だろうかと考えている少女を抱えたままのポワルに、続けてエリーは質問をしていく。
「私はこれからイリスさんを"エリルディール"に導かねばならないのですが?」
「うん。知ってるよ。どうしたの、エリーちゃん。そんな当たり前の事言って」
急激に温度が下がった様な寒さを感じたイリスは、少しだけ身体を震わせてしまい、それに気が付いたエリーは瞳を閉じて心を落ち着かせていく。
次第に暖かさを取り戻していく空間に、先程とは違うエリーの優しくて美しい声が辺りに心地よく響いていった。
これから大切な話をするので、ポワルも流石にイリスから離れていく。
「イリスさん。貴女はこれから私の世界、"エリルディール"に向かう事になります。私の世界の常識や、言語、流通通貨の価値や年齢相応の知識等は、ここから世界に向かう間にお渡しする事になります。
とは言っても、イリスさんが何かをする必要はありません。ここから"エリルディール"に旅立ち、世界に降り立った時には習得していますので」
まるで至れり尽くせりをして頂いている様に感じるイリスは、驚きのあまり目を見開いてしまった。そんな様子にエリーは微笑ましく思うが、これはあくまで異世界に降り立つ為に必須なものとなるものだ。決して喜ばれるものではない。
ポワルの世界から来たという事は、平和な世界の出身者となる。それはつまり、エリーの世界でイリスが暮らすには、こんな程度のものでは生きて行けないだろうと彼女は思っている。
その点も含めて、エリーは説明をしていった。
「イリスさん。私の世界、"エリルディール"は、貴女がいた世界、"リヒュジエール"とは大きく異なる点が多々あります。いえ、全く違うとも言える世界です。
この世界には、貴女の世界に存在しなかったもの、そして貴女自身を脅かしかねないものが存在しています。俗に"魔物"と呼ばれる存在です」
魔物。その言葉はイリスには全く馴染みのない、いや、聞いた事すらない言葉だった。ポワルからも教えて貰った事が無いその存在にきょとんとするイリスは、どう反応して良いのか分らずにいるようだ。
その様子も想定していたエリーは話を続け、イリスに魔物とはどういった存在かを丁寧に教えていく。
「はい、"魔物"です。魔物とは、言葉が通じず一方的に襲ってくる存在、と言えば良いでしょうか」
その言葉に青ざめ、頭が真っ白になってしまうイリス。
そんな危険な存在がいる世界に行く事に、物凄く不安になってしまう。
恐怖に慄く様な震えたとても小さな声で、エリーに聞き返してしまった。
「……襲って、来るんですか?」
まるでそれは、冗談ですよねと聞いている様に周りには聞こえてしまい、二柱の女神は胸が痛んでしまう。
だが、これはとても大切な事である以上、しっかりと説明を続けねばならないエリーは、尚もイリスへ明らめていった。
「そうです。それはとても危険な存在で、"エリルディール"の住人たちも魔物に倒されてしまう事もあります」
「倒されるって……。それって、つまり……」
言葉を詰まらせるイリスは、心の何処かでそれを理解していたのかもしれない。
だがその言葉を口にする事はとても出来ずに、エリーへとその答えを求めてしまっていた。それはとても恐ろしい言葉で、そして考えたくも無い事だった。
その様子も手に取るように理解する二柱は更に胸が痛くなるも、それを伝える義務があるエリーは、イリスへその事をはっきりと隠さずに伝えていく。
「はい。それは、"命を奪われる"、という事です」
その言葉に真っ青になるイリスは、あまりの恐怖に震えてしまっていた。
そんな様子を感じたポワルはイリスを優しく抱きしめ、少女の耳元で静かに大丈夫だよと囁きながら頭を撫でていく。
温かく、優しく、穏やかな美しい大好きなひとの声に、イリスは次第に落ち着きを取り戻していった。
少女が落ち着きを取り戻した頃合を見計らい、エリーが話を続けた。
「さて。このまま何も守る術の無い貴女を、"エリルディール"へ送る訳にはいきません。そこで私からイリスさんへ、何か特別な能力を差し上げようと思います」
特別な能力ですかと聞き返してしまうイリスには、少々理解出来ない様子だった。
そんな目を丸くする少女に、ポワルが悪戯な目と声で口を挟んでいく。
「むふふー。チートだよ、チート! イリスちゃんが"エリルディール"でも生きていけるように、すんごいのをあげるよ! まぁ、あげるのはエリーちゃんなんだけどね」
チートなる聞き慣れない言葉に呆けてしまうイリスは、今のポワルの言葉を頑張って頑張っている様だった。エリーはそんなポワルの言葉を否定はしないものの、瞳を閉じながら軽く溜息をついてしまう。
どうやら少々考えている様子のエリーに変わり、ポワルがその説明をとても楽しそうにしていった。
「チートって言うのはね、とっても凄い力の事なのです!」
腰に手を当てながら胸を張って答えるポワルにどこか可愛さを感じるイリスは、そんな凄い力を貰えるんだと、今一理解し切れていない様子で聞いていた。
その言葉にもしやと思ったエリーであったが、念の為に確認の意味を込めて言葉を返していく。
「まぁ、あまり世界に影響を与える様な物はあげられないのだけれどね」
「だいじょーぶだいじょーぶ。エリーちゃんなら調整くらいらくしょーだよ!」
物凄く軽く即答されてしまい、悪い予感が的中してしまったようだ。
あまりにも他人任せな言い方にかなりの苛立ちを覚えるも、何とか気持ちを落ち着かせ、エリーは冷静に言葉を返していった。
「調整って、世界を改変するような強大な力を渡させた挙句、私に全てを丸投げして、まさか貴女は一人でお茶してるつもりじゃないでしょうね」
その表情は呆れた顔でいっぱいであったが、ポワルは更なる追撃をした。
「いぇーす、ざっつらいっ!」
瞬間、世界にひびが入った様な音が聞こえてきた。
その言葉はイリスには聞き覚えの無い言葉であったが、どうやらエリーには伝わったようだ。悪い意味で。
指をエリーに向かって指しながら、ポワルはまたしたり顔でエリーを見ていた。
そんな彼女はとても素敵な笑顔でポワルへ言葉を返していくも、イリスにはその満面の笑みに怖さを感じていた。イリスですら理解出来る。これは怒っている顔だと。
言いくるめる様に語るエリーは、怒らない様に我慢しながら話していく。
「ここは、私の、世界なの。調整をしない、部外者は、黙ってなさい」
「平気でしょ? エリーちゃん、完璧超神えりりんだもん」
美しい笑顔で語るエリーに、更なる追撃を繰り出すポワル。
どうやらそれは沸点を突破するには十分な威力を含んでいたらしい。
ビシッと凄い音が世界に響くと同時に、エリーの額に青筋が立ってしまった。
その表情は変わらずの満面の笑みのまま青筋が立つという、却って凄まじい表情にイリスには見えた。
どうやらポワルにも今更ながらそれに気が付いたらしく、青ざめながらその場から逃げ出した。
ぬぅっと彼女にエリーの手が伸びた様に近寄り、ポワルが後姿を見せる間もなく、エリーに頭を掴まれてしまった。ポワルは何とかそれを振り解き、逃げようとするも叶わず、そのままエリーに力を込められてしまう。
「"異世界の秘技"その十五。鋼鉄の鉤爪」
「ぎゃあああ~~」
その悲鳴に驚くも、流石に女性がその言葉を使うのはあまり良くないですよと、割と冷静に事の成り行きを見守っていたイリスであった。
じたばたと足をばたつかせながら、頭を掴んでいる手を何とか振り解こうとするポワル。どうやらとてもがっちりと掴んでいるらしく、ポワルが両手を使っても離れる事が出来ないようだ。
その姿に、エリーの力が凄まじいのだろうかとまた冷静に考えているイリスだった。
そんな中、ポワルがエリーへ強い口調で言葉を発していった。
「あー! ミシっていった! 今、ミシっていった!!
いけないんだー! こんな音出しちゃいけないんだー!!」
物凄い他人事っぷりに、驚きと呆れが半々のイリス。
尚もエリーはポワルの頭を掴み続け、ぎりぎりと手が震えるエリーの瞳の奥は、まるで光って見えるような気がした。
暫く攻防は続き、置いてけぼりの少女は地面に座ってその光景を眺めていった。
十分程続いた後、ポワルは解放されたが、うつ伏せでぐったりとして静かになってしまった。どうやら頭から煙出てるようで、エリーの力の凄さを目の当たりにするようだった。
「イリスさんにお渡しする能力ですが――」
エリーは今の出来事を完全に無かったようにしたいらしい。
近くでひっくり返るポワルを一度も見ることなく、話を続けていった。
「イリスさんは、どんな能力がご希望ですか?」
立ち上がった少女はどんな能力と言われても全く想像もつかなく困ってしまう。
何せこれから必要となる力も、あると良いような力もまるで見当が付かない。
うんうんと考え続けるイリスに、エリーは言葉を補足していった。
「例えばですね、こんな力あったら便利だな、といったものでいいのですよ」
その言葉に考えるイリス。あったら便利な力、便利な。はて、何だろうかと再び考え込んでしまうイリス。
そんな中、ふと何かを思い付いた様な仕草をして、エリーがそれに応えていく。
「何か思い浮かびましたか?」
そのエリーの言葉にイリスは答えて行く。
「洗濯物の頑固な汚れが落ちるのとか欲しいです」
本人の瞳は輝きに満ちているようで、どうやら本気で言っているらしい。
流石にそれを容認出来ないエリーは、何と言っていいのやらという複雑な表情でイリスに説明していく。
「……えっと、ですね、イリスさん……。この世界は魔物が蔓延るとても危険な世界でしてね、所謂"倒す力"が無いと"倒されて"しまうんですよ?」
聞き慣れない魔物という存在を忘れていたイリスは思い留まる。
凄く便利な能力なのにと思う一方で、流石にそれを貰ってしまうと危ないのかもしれないと感じた。
だからといって、どういった能力が必要になるのかも見当が付かないイリスは、
一体どういう能力があればいいのだろうかと再び考えてしまう。
悩める少女にエリーは、優しく助け舟を出していく。
「例えば、そうですね。"身体能力上昇"等は如何でしょうか?」
「身体能力上昇、ですか?」
「はい。この能力は――」
「"世界最強"になれる能力がいいよ!」
エリーの説明を途中でぶった切ったポワルは提案をしていく。
それが助け舟ではなく、泥舟になるとは知らずに。
思わずイリスも耳を疑ってしまった。
完全に目が点となってしまう少女はポワルを見つめ続けるも、当の本人は話を物凄く楽しそうに続けていった。
「世界最強になれる能力! 剣も魔法も身体も、なーんでも最強!
イリスちゃんの魅力とパンチに、みんなイチコロだよ!
魔法も最強! 一発どかーん! お城とか飛んじゃうくらいの!
剣も最強! 一振りで山とかスパスパ切れちゃう!」
イリスは思っていた。おかしいな、ポワル様って女神様じゃなかったっけ、と。
先ほどから美しい口から発せられる恐ろしい言葉にイリスは戸惑いつつも、未だ楽しそうに話を続けているポワルに、おずおずと手を挙げながら質問してしまった。
「……あの、ポワル様、ご質問が……」
「はい! そこの可愛いイリスちゃん、どうぞ!」
凄い勢いで掌をこちらに向けて聞き返すポワル。物凄くノリノリである。
「山をスパスパって、その近くにいる人や動物達はどうなっちゃうのかって、思うん、ですけど……」
徐々に小さくなる声になってしまうイリスの質問に、ぴたっと止まったポワルは考え込む。今自分が何を言ったのかを。
「んん~? うーん。えーっと。……やばいかも?」
半目になるポワル。どうやら気が付いてくれたらしいと思うイリス。
「貴女は――」
近くでとても小さな声が聞こえた様に感じたイリス。
ポワルにもその声が聞こえたらしく、声のする方へ向き直ったようだ。
声の主はとても素敵な笑顔でぷるぷると震えていて、その姿がイリスにはとても可愛らしく見えたが、どうやらポワルにはエリーの逆鱗に触れてしまった様に感じ、笑顔で真っ青な表情をしていた。
「――少し黙ってなさい!」
青ざめたポワルが逃げようと身体を動かす前に、物凄い速度で近寄ったエリーは
彼女の片腕を掴み、そのままポワルに背を預けるように背中を向け、腕を引き寄せながら素早くポワルの体を回転させ、地面に叩き付けた。
ズドォォン!
世界の果てまで届くような物凄い音が、凄まじい振動と共に辺りに鳴り響いていった。その凄い音にイリスは驚くよりも、その流れるような美しいエリーの動きに見蕩れていた様だ。素直に格好良いと思え、目を輝かせてしまっていた。
そんな瞳を向けられていると気が付いたエリーは、こほんと咳払いをして、後ろでみぎゃみぎゃ言いながら転げ回るポワルを、白い目をしながら一瞥しながら話を戻していった。
「あの女神の言った"世界最強の力"を与える事は出来ません」
そうですよねと普通に納得してしまうイリスだったが、さっきまで転がっていたポワルは勢い良くがばっと起き上がり、強めの勢いでエリーに反論していく。
「なんでー!? それがあればイリスちゃんも安全だし、世界も平和になるんだよ!?」
寧ろそれは危険ではないだろうかと思うイリスは、喋らずに黙っていた。
何となく今のポワルには通じない気がしてしまったからだ。
そんなポワルにエリーが真面目に尤もらしい説明をしていった。
「……何がどう平和になるんだかはこの際置いておくとして、そんな力を持っていたら、悪目立ちしすぎて大変なことになるわよ。
最悪、貴族や王族から狙われかねないわ。あなたはイリスさんを態々危険に晒したいの?」
最後の一言が止めとなり、ポワルは再びうつ伏せに倒れてしまう。
怪しげな『ぐふっ』という言葉と共に……。
エリーもポワルの気持ちが分らない訳ではない。この子は何よりも、自身よりもずっと大切な子だ。最近はこの管理世界へ来なくなったが、彼女が生まれてから2年位は毎日のようにここへ訪れ、その度にイリスの成長日記を見せられながら、ひたすら朝まで喋り続けていた。
その嬉しそうな顔といったら、形容し難いものがあった程だ。
"祝福された子"とは、余程大切な存在になるのだろう。
だからこそ離れ離れに成らざるを得ない状況にしてしまった自分が赦せなく、憤りを強引に心の奥底へ押し込め、同時にどうしようもない悲しみで溢れてしまう。
分りきった事を説明させたり、知っている事を知らない振りをしたり。
彼女の不安を少しでも取り除き、楽しい気持ちで旅立たせてあげようとする姿を見ているだけで、エリーには痛々しく思えてしまう。
エリーとポワルはとても仲が良い神だ。親友と言って良いほどに。
ポワルに親友という言葉を言われると何故かイラッとするのだが、それでもエリーにとっては、とても大切な友人である事に変わりは無い。
そんな普段のポワルを知っているからこそ思う。無理をし過ぎている、と。
だがそれを口にする事は出来ない。
この少女の前でそれを口にしてしまう事は、普段から感情を押し込める事が苦手な彼女に対する侮辱と裏切りになるだろう。
私は私の出来る事をするだけねとエリーは思いつつ、これから旅立つ少女への贈り物を話していく。