"お茶"を楽しみましょう
上の中庭まで進んでいくと、左右対称に造られた美しい芝生が真っ直ぐお城まで伸びている道の両側を彩り、丁度中央には直線状に伸びた道よりも少々大きめで、少しだけ色が違う石で造られた円形のスペースが設けられていた。左右に真っ直ぐ道が伸びた先には、立派な建物がひとつずつ建っているようだった。
あの建物はなんだろうかと思いつつも、イリスは楽しそうに見渡しながら進んでいった。
何処も彼処もイリスにとっては魅力的に見える。
とても綺麗に手入れをされた草木もお城へ続く道も、両側に周りを彩る建物も。
どこを見ても彼女にとっては、とても美しく色づいて見えているようだ。
時たま近くを過ぎていく蝶々を目で追いかけながら少しずつイリスは進み続け、お城への道を楽しみながら歩いていた。
段々とお城が近く見えてきて、徐々に横に立っている兵士の輪郭もわかるくらい近づいていくと、兵士たちがイリスの近くに来て笑顔で挨拶をしてくれた。
「イリス様ですね。お話は伺っております」
「フィルベルグ城へようこそ!」
「イリスと申します。お招きありがとうございます」
イリスは丁寧に挨拶とお辞儀をしているので気づかないが、兵士達は少々驚いているようだった。なんと礼儀正しい子なのだろうかと。いや、ネヴィアの友人と伝わっているのだからとも思うが、彼女は平民だというのにここまで礼儀正しいとは思っていなかったようだ。
それにとてもいい笑顔をしていた。イリスにとっては普段と変わらないのだが、それでも兵士達が驚くのには十分だった。
そんな中、兵士の一人が話を続けていく。もうひとりは王城の扉を開けに行ったのが見えた。
「城内に入られますと、係りのものがすぐに伺います」
「ありがとうございます」
笑顔で返すイリスに兵士達も気持ちが温かくなってしまった。徐々に開いていく王城の扉を見上げるように見ているイリスの瞳はとても輝いていた。
どうぞお進みくださいと言葉をかけられ、もう一度お礼を言ってイリスは扉の奥へと進んでいった。
エントランスに入ると、そこはもう別世界のようだった。
下の庭も上の庭もとても美しかったし、イリスには別の世界にも思えたが、お城の中は特に違って見えていた。
豪華な装飾品や調度品で飾られ、美しく綺麗な絨毯を敷き詰められた建物内を、イリスはどう歩いて良いのかもわからずにその場から動けずにいた。
あまりきょろきょろと見ては失礼ではあるのだが、それでもイリスの興味は尽きることなく、あらゆる場所をまるで見逃さないように目に焼き付けていった。
だがすぐにひとりの女性から話しかけられて、イリスは少々残念に思うも挨拶をしていった。
話しかけてきた女性は、薄い金色のショートヘアに黄色がかった金の瞳で、長いロングスカートに真っ白なエプロンをつけ、頭に可愛らしい白い飾りをつけた、所謂メイドさんだった。年齢は二十歳くらいだろうか。
物語の中でしか知らないイリスにとってこのお城の中で感じるもの全てが、まるで本の中に入り込んでしまったような錯覚を感じるほど不思議な体験をしているようだった。
「お出で頂き有難う御座います。私は、フィルベルグ王国王室メイド副長兼第二王女付き侍女長のリアーヌ・ラフォレと申します。此度はネヴィア様の為に招待に応じて頂き、真に有難う御座います」
親切丁寧というよりも、丁寧すぎる挨拶をするリアーヌに少々取り乱しそうになるも、挨拶をしていくイリスだった。
「こちらこそご招待して頂き、有難う御座います。私はイリスと申します」
頭を上げたリアーヌはイリスをどうぞこちらですと案内をしていく。
王城はとても広く、ひとりでは迷いそうな気がしてしまうイリスは、言われるままリアーヌに付いていった。途中出会った女性がイリスたちを見かけると、廊下の端に寄りながら頭を軽く下げ目を伏せていく。
その姿を見たイリスはさすがにおろおろとしてしまうが、どうぞお気になさらずにと笑顔でリアーヌが答えてくれた。何となく女性が多いことが気になったイリスは、リアーヌへ質問してみた。
「王城は女性の方が多く勤めているのですね」
先ほどから見かける人は全員が女性だった。たまたまそうだったとも言えるのだが、それでもかなり女性が多く勤めていたように思えたイリスに、リアーヌが歩きながら答えてくれた。
「はい。この王城に勤めている女性はとても多いです。王族の方々のお世話をする者や、お部屋の管理、整備をする者、給仕やご来客の方をお持て成しをする者など。多くの場所に女性が勤めております」
所謂メイドと呼ばれる女性達ではあるのだが、お城での仕事はするべきことがとても多く、たくさんのメイドたちがお城勤めとなっている。その役割も多種多様であり、それぞれの役目に分けて仕事をしているのだとか。
淑女の身の回りの世話をする侍女と呼ばれる者。寝室や客室など部屋の整備を担当する者。料理人の指示のもと、台所関係の仕事をこなす者。給仕や来客の取次ぎや、接客を担当する者。お茶やお菓子を管理したり、作ったりする者。庭の手入れ等の手伝いや、メイドの洗濯物を担当する者など。
メイドと一口に言ってもそれこそ多種多様であり、数百人のメイドがこの王城で働いているのだとか。
そんな説明をまるで物語の中の出来事のように聞き入っていたイリスであった。あまりに現実感がないようにも思えてしまう夢のような世界に、少女の瞳には映っているようだ。
そんな話をしていると、リアーヌはひとつの大きな扉の前で止まったようだ。随分歩いていたため、ひとりで戻るとなるともう無理かもしれないと思うほど王城はとても広かった。
リアーヌはイリスへ振り向きながら言葉を発した。
「こちらがネヴィア王女の私室になります」
そういった後リアーヌは扉に手をかけ、ゆっくりと開けていく。
徐々に室内が見えてくると、とても広い部屋が眼前に広がっていった。
室内は茶を基調とした豪華ではあるものの非常に落ち着いた造りになっており、女性らしさを感じるというよりは、落ち着ける客間のような造りにも見えた。
かなり広い造りとなっており、奥の窓まで結構歩かないといけないくらいの部屋の大きさで、少々イリスは言葉を失ってしまうが、部屋の右奥に置いてあるソファーの方から美しい声が響いてきた。
「イリスちゃん。いらっしゃいませ」
「あ。ネヴィアさん。お招きありがとうございます」
笑顔で近くに来てくれたネヴィアに挨拶をしていくイリス。丁寧にお辞儀をしてしまったため、ネヴィアにどうぞ普通になさって下さいと苦笑いされてしまった。
「ふふっ。少し到着が遅れていたようで心配したのですが、イリスちゃんならきっと庭を見ながら歩いて王城まで来るのではと言われまして、お待ちしていた所なのですよ」
「すみません、お待たせしてしまって。とっても綺麗なお庭だったのでつい……」
イリスは言いかけて止まってしまい、ネヴィアに質問した。
「お庭を見てから来ると言われたのですか?」
はて? 首を傾げてしまうイリスは王城まで歩いてて、誰ともすれ違わなかったのを思い出していた。どうやってその事がわかったのだろうかと思っていたところ、すぐにそれに理解することができる人の声が広い室内に響いていった。
「あはは、イリスならきっと綺麗なお庭を見ながらゆっくり歩いてくると思ったんだよー」
声のする方を見てみると、ソファーに腰掛けながらイリスに軽く手を振るミレイが笑顔で迎えてくれた。
「ミレイさん!」
笑顔で答えるイリスにミレイも目を細めて返してくれた。
ソファーに座るイリスにミレイはここまでの経緯を話してくれた。招待状が送られていたようで、イリスよりも先に辿り着いていたらしい。そしてミレイはどうやら歩いては来なかったようだ。
「あはは、せっかく馬車に乗せてくれるって言うんで甘えちゃったよー」
「ふふっ、私も実は悩んだんですよ」
「せっかくですし、イリスちゃんも乗ってくれば良かったのに」
「すっごく綺麗なお庭だったので、何だかゆっくり見たくなってしまって」
「確かにあの庭はとても綺麗だったねー」
ゆったりと会話をしていると、イリスを案内した後下がっていたリアーヌが戻ってきてネヴィアに報告をした。
「ネヴィア様。準備が整いました」
「ありがとう、リアーヌ」
優しく微笑みながら答えるネヴィアは、二人へ話しかけていく。
「今日もお天気が良いので、外でお茶を飲みませんか?」
「わぁっ、素敵ですねっ」
「あはは、いいねー」
そう言いながらネヴィアについて行く二人。入ってきた入り口からではなく、奥にある窓の方へネヴィアは進んでいった。
リアーヌが窓を開けるとそこは大きいテラスになっていて、隣の部屋とも繋がっているようだ。テラスの端から中庭へと行けるようになっており、そこから広がる手入れをされた芝生の先に白く可愛らしいガゼボが造られていた。それは石造りで円形の形をしており、休憩やお茶を飲む為の憩いの場に良く使われているそうだ。その周囲を色とりどりの春の花が咲き乱れ、とても幻想的な世界を創りだしていた。
この場所はイリスにとっては全てにおいて見たことがない場所で、ついつい目を輝かせてしまう。その様子をミレイとネヴィアは微笑ましそうに見ていた。
「もしかして、あの場所でお茶を飲むんですか?」
イリスが質問すると、優しく皆が答えてくれた。
「ええ、そうですよ。あの場所は涼しくて私のお気に入りの場所の一つなんです」
「既にお茶のご用意もさせて頂いております」
「あはは、楽しみだねー」
「ふふっ、そうですね」
ガゼボまで着くと各々座っていく少女達。リアーヌはそれぞれにお茶を淹れていき、他のメイドがお茶請けのお菓子を用意していった。
準備が終わるとリアーヌ以外のメイド達はテラスの方まで下がっていったようだ。リアーヌはそれぞれにお茶を注いでいく。
イリスは前にあるカップを手に取り、胸の辺りまで持ち上げただけでとても良い香りがしていた。少し目を開きながら驚いたイリスはそのまま飲んでみると、香りがとても豊かなお茶なのがよくわかった。渋みも全くなく、まるで透き通るような素敵なお茶だった。
「わぁ、このお茶すごく美味しい」
「ほんとだね。香りも味も透き通るようなお茶だね」
「ふふ、いつも美味しいお茶をありがとうね、リアーヌ」
「お褒め頂き光栄です」
ガゼボの外に待機するようにしているリアーヌは、とても素敵な笑顔で答えるも、それを見たネヴィアの顔は一瞬だけ表情が曇ったようにミレイには見えた。続けてネヴィアはリアーヌに話を続けていく。
「今日はリアーヌもご一緒にお茶をしませんか?」
「私はネヴィア様の専属メイドでございますので」
笑顔で即答するリアーヌに、ネヴィアはとても寂しそうな表情をしていた。
そしてその表情を見てミレイは理解してしまう。これがあの時躊躇った理由かと。
ネヴィアはフィルベルグ王国の第二王女だ。一国の王女となれば、周りが萎縮してしまうのも仕方がないのかもしれない。
だがそれこそがネヴィアの抱えている寂しさの原因であり、自由に友人が作れない環境となっているのだとミレイは思っていた。だからこそ、聖域で躊躇うように口に出した言葉が、どんな想いの上に出てきた言葉なのかを理解できた気がした。
つまりネヴィアはお友達を作ることが出来なかったということに。
そのネヴィアの様子にイリスは気がついていないようで、どうしたんだろうという顔をしていた。こういった所は本当に13歳なんだなぁと改めて思うミレイであったが、ネヴィアへ言葉を優しく静かに投げかけていく。
「大丈夫だよ」
その言葉にネヴィアは直ぐには気がつかなかったが、しばらくするとそれを察してくれたようで、とても綺麗な笑顔をミレイに見せてくれた。その顔はまるで心からの感謝をしているような表情で、ミレイは目を細めながらネヴィアに返していく。
カップを持ったままきょとんと首を傾げるイリスに二人は気づき、また互いを見ながらくすくすと笑っていた。
* *
「冒険者とは大変なご職業なのですね」
「やっぱりすごいなぁ、ミレイさんは」
ネヴィアとイリスは、冒険者としてのミレイの話を聞いていた。
割と冒険者では普通の知識なんだけどねと、頬を書くような仕草をしながら照れるように苦笑いをするミレイであったが、冒険というものにほとんど経験のない二人にはとても刺激的であり、まるで物語を聞く子供のように瞳を輝かせていた。
「ふふっ、楽しそうで何よりですわ」
3人で楽しくお茶とお話をしていると、イリスの近くから声をかけられた。
そこにはネヴィアを大人にしたような女性と、30代くらいの鎧を身に纏った女性が笑顔で立っていた。