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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第四章 真実の愛を
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"純粋"な想い

 

 ロットと分かれたイリスとミレイはそのまま真っ直ぐ"森の泉"へ帰っていった。中ではレスティが店内の掃除をしていたようだ。その後姿を見ながらイリスは店の扉に手をかけた。


 カランカランと音を鳴らせ店に入っていく二人はレスティへ挨拶をしていく。


「ただいま、おばあちゃん」

「ただいまー」

「あらあら、おかえりなさい」


 笑顔で迎えてくれたレスティにイリスは言葉を続けていく。


「お薬作ってみたから鑑定して貰えるかな」

「ええ、もちろんよ。まずは機材を置きに行きましょうか」

「あはは、そうだね」


 そう言いながら3人は隣の調合部屋へと足を運んでいく。調合機材を置いて身軽になったイリスは作った薬をレスティへ手渡す。

 そのまま鑑定をしていくレスティはすぐに笑顔で答えた。


「高品質のヘレル病治療薬ね」

「よかった。それじゃあこれを保管してみようね」

「ええ、そうね。もしこれで品質が変わらないのなら大発見だわ」

「あはは、そうなるよね」


 はて? その言葉に疑問に思うイリスは首を傾げてしまった。どうやら自身が何を作り出そうとしていたのかに気が付いていないらしく、少々外れた質問をしてしまったようだ。


「使用期限がないヘレル病の治療薬が作れるだけじゃないの?」


 その言葉に一瞬ふたりは目が点になってしまうが、すぐさま直り、まぁイリスだからね、そうね、と言い合っていた。


 きょとんとしてしまうイリスに二人は教えてくれた。


「つまりね、イリス。このお薬がもしイリスの思う通りに完成するって事は、聖域で作れる全てのお薬にも適応できる可能性が出てくるんだよ」

「そうよ。今まで聖域の素材で作ることが出来ていたお薬の殆どの物に、使用期限という制限が無くなるかもしれないの」

「このヘレル病治療薬が使用期限なしのお薬になれば、そうなる可能性が高いとあたしは思うよ」

「そうね。それはつまり最高峰の薬師と呼ばれる可能性も出て来るわね」


 ヘレル病など一例に過ぎない。特にこの病気は発症から影響が出るまでの期間が長いため、早期発見、さえ出来れば完治する病気だが、発病から影響が出る時間がとても短い病気も当然存在する。聖域の素材の殆どはルナル草のように咲く時期が限られている材料の場合がとても多い。

 それはつまり採取、調合から患者に届くまでの時間が足りなくなる場合が高い。


 更には高品質で作られたヘレル病治療薬は、その使用期限を半年から1年は保たせられるという薬ではあるが、他の薬はそうはいかない。恐らく現状ではどんなに品質を良くしても、最長で3ヶ月ほどしか保てない薬となってしまうだろう。

 これがレスティの店に常備していない理由であり、世界から病気の恐怖がなくならないという意味でもある。高品質の治療薬で使用期限が3ヶ月という事は、病気によっては間に合わず命に関わることが多いという意味にもなってしまう。


 ヘレル病に関してなら作られていた薬だけで補えるのだが、保存に適さない他の病気の治療薬を常に用意し続けるのはかなり厳しい。無理だと言えてしまうほどに。

 まして聖域に生えているとなると、薬師だけでは採取に行くわけにも行かず冒険者を雇わねばならない。その資金だけでもかなりの金銭がかかるため、現状では薬の保存がとても難しいとされているからだ。

 戦える薬師であるなら採取に行けるかも知れないが、レスティはそんな薬師を知らないし、恐らく世界にもいないだろう。


 病気の人の為に用意しておきたい気持ちもレスティには勿論あるが、元々ヘレル病を患っている者はとても少ない。薬の使用期限がある以上は完全な赤字にもなってしまう。

 患者の数、緊急依頼としての冒険者への依頼料、保存期間、経営方針、保存場所や製作時間など様々な理由から、現状では手が回らない薬師が多いのも仕方の無い事ではある。


 "森の泉"を利用してくれる客が数多くいる以上、その需要に応えていかなければいけないのは魔法薬店として優先すべき事でもある。

 これは何に重きを置くかに繋がる問題ではあるのだが、レスティの経営方針は『安定供給』に重きを置いている。


 何時如何(いついか)なる時も同じ物をいくつでも、同じ値段で。これが薬屋に一番必要だと彼女は思っている。

 どんな緊急事態にも耐えうるだけの在庫を揃え、万一に備える。薬の使用期限が無いからこそ、何よりも優先すべきとレスティは思っているようだ。

 そしてもうひとつレスティは心配している事があり、彼女としては常備薬の確保を優先したいようだ。

 その為に店番をしてくれる人をギルドにお願いし、イリスがそれを引き受けた経緯となっている。


 だがイリスによって、それが大きく改変される可能性が出てきた。いや、成功すれば恐らくそれどころでは収まらない。これは世界的に見てとても凄い事なのだから。もしそうなれば史上に名が残る事は確実だろう。

 それは多くの人を癒す"光"となるのだから。これはもはや改変ではなく、革命になるのかもしれない。


 聖域は世界に多数存在しているそうだ。レスティもミレイも聞いた事がある程度で行った事はないが、恐らく同じように特別な場所であり、特殊な素材があるのだろう。


 もし使用期限なしの新薬が作れるようになれば、世界中の薬師がこぞってイリスの発見した方法で薬を作ることが出来るようになる筈だ。

 それはつまり、世界中で期限なし治療薬が大量に出回ることになり、現在重大な病気と言われているものの中で、聖域の素材で治療薬を作れる全ての病気に怯えなくて済むようになる。


 これは本当に凄い事だ。一国の王から表彰される程度では確実に済まない。イリスの名が幼くして史上最高峰の薬師と肩を並べる事と同義になるのだから。

 そしてそれは同時に最年少最高峰薬師と呼ばれるようになるだろう。


 これを説明していくレスティとミレイは、ふとイリスが大人しいことに気が付いていく。珍しくおろおろする事もないイリスを見ると、どこかを見つめているようだった。ミレイはイリスに呼びかけてみるが、どうやら完全に固まっているようで動かなくなっていた。


「おーい、イリスー?」

「あらあらまあまあ」

「……」


 尚も固まるイリスに呼びかけるが、完全に時間が止まったままだった。どうやらあまりの事態に意識が飛んでいるらしい。


 まぁそのうち戻ってくるよねとミレイがレスティと話し出した。


「それにしてもここまでイリスが規格外だとお姉ちゃんとしては動揺しちゃうよ」

「私としては薬師の道も嬉しいわねぇ。こんなに優秀な子、他にはいないもの」

「だろうね。どうせならイリスには世界一の薬師とかにもなってもらいたいなぁ」

「あらあら素敵ね。イリスならきっとなれるんじゃないかしら」

「あはは、今回の件もきっと良い方向に行くような、そんな気がするんだ」


 それはミレイの推測に過ぎないが、ある種の確信じみたものを感じるのだとか。

 実際は長期的に検証をしてみないといけないので、はっきりとした結果が現れるのは2年近くは先になりそうではあるのだが。

 その情報を公開した後も、更に数年は検証に時間がかかることだろう。


 それでもイリスの作ろうとしている使用期限なし治療薬はとても魅力的なものだった。

 もしかしたらと思わせることだけでもとても凄い事だし、何よりも成功する事ができれば、多くの悲しんでいる人たちの笑顔に繋がるのだから。これはもはや偉業を成し遂げるという言葉以外の何物でもないはずだ。


「本当にイリスは、世界を光で照らす事が出来るかもしれないね」


 ぽつりと優しい声で呟くミレイにレスティも同調してしまった。この子はとても優しい子だ。イリスはただ世界から悲しみを取り除きたかっただけで、何も自分が目立とうなどとは一切思っていない。偉くなる事も、有名になる事も、尊敬される事も望んでいない。

 そこにあるのはただ救いたい、笑顔にしたい、幸せになってもらいたいという純粋な想いだけだ。

 それはもはや優しいなどという言葉ですら越えてしまっているものなのかもしれない。他者を慈しむ心や慈愛の精神と呼ばれる、とても崇高で美しく尊いものだ。


 この子は一体どんな大人になっていくのだろうかと、楽しみになってしまうレスティであった。


 もしこの件に確証が得られ、世界中に新薬が行き届くことになれば、ブリジットとは違った意味で世界を光で照らすことになる。

 そうなればきっと世界中にいる多くの人がイリスに感謝する事になるだろう。名声など求めていないイリスも、感謝の気持ちを向けられる事には素直に喜んでくれる筈だ。


 見返りを求めず、ただただ無償の愛を他人(ひと)に与える存在。そんな大人になるのかもしれないとレスティは思っているようだ。


 尚も固まり続けるイリスを見守る二人は、少女が帰ってくるまでのんびりとお茶を飲みながら会話を続けていった。

 少女の意識が戻ってきたのは、ここから30ミィルほど先の事となる。



 *  *   



 翌日の早朝、レスティは店の前を掃除していたのだが、そこへ身なりの良い男性がとても丁寧な言葉遣いで一通の手紙をレスティへ渡していった。


 その手紙を見ただけで内容を察したレスティであったが、渡されたと同時に男性から告げられた言葉に少々驚いてしまう。どうやらレスティ宛ではないようだった。


 その手紙の内容を見ずとも、昨日イリスとミレイから聞いた話を思い出し、近いうちにそういった事があるとは思ってはいたのだが。

 まさか翌日の朝一番に送られてくるとは、さすがのレスティにも思わなかったことのようだ。


「――では、宜しくお願い致します」

「はい。必ずイリスへ渡させて頂きます」


 そう言って身なりの良い男性はレスティに一礼をして帰っていった。


 ひとり残ったレスティは手紙を持ちつつ、さてどう言って渡せばあの子に負担がかからないかしらと思っているようだ。


「……また固まっちゃうような気がするけれど、仕方ないわよねぇ」


 小鳥がさえずる早朝にひとりの女性の呟くような小さな声が、ぽつりと口から出てしまっていた。



 発症とは病気が現れる事で、発病は病気になることです。微妙に違うので書かせていただきました。

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