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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第四章 真実の愛を
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清らかな"泉"のほとりで


 木々がざわざわと風で揺れるそこまで見通しの悪くない浅い森の中を、美しいドレスを身に纏ったひとりの少女が全力で走っていた。

 まるで木々が侵入者を拒み叫んでいるような、そんな音に聞こえてしまう。

 

 年齢は15,6歳といったところだろうか。フリルをとても上品にあしらわせた白のボレロに、白に黄色がほんのり入ったエレガントビスチェドレス。髪にとめてある黄色の花のコサージュが、彼女の白く透き通るような美しい肌と流れるようなさらさらとした髪をより惹き立てている。


 鎖骨辺りまで伸びたナチュラルストレートロング。前髪は右目の上辺りで横に分けられ、顔周りの内側に少しだけ頬を包み込むように切り揃えられていてとても清楚に見え、美しい黄金の髪と黄金の瞳が更に彼女を魅力的に魅せている。


 だがその美しい瞳と表情は焦りの色で満ちていた。頬を伝う雫がそれをより際立たせており、せっかくの美しいドレスが木々の枝に当たり傷をつけてしまっているようだ。


 このまま止まるわけにはいかない。こんなところで休むわけにはいかない。


 焦りと不安が混じる心情が(にじ)み出ている中、それでも彼女はこの浅く光が射す森の中を全力で走っていた。時折意識を背後に向けながら。


 後ろから迫って来ているモノ(・・)に追いつかれないよう懸命に心を落ち着かせながらも、彼女は状況を打開できる活路を見出そうと試みていく。急ぎながら、でも焦らずに落ち着いて。


 どうやら周囲に魔物はいないようだ。恐らくは背後から追いつこうとするモノに恐れ、逃げてしまったのだろう。それほどまでに禍々しい異彩を放っている。

 正直なところ対峙するだけでも震え上がるほど恐ろしく、一目見て絶対に係わり合いたくないような存在だった。


 このまま聖域まで逃げ込むことが出来れば安全だ。でも、とても間に合わずに追いつかれる。敵は一体。でも恐ろしく強い。

 攻撃魔法がほとんど使えない私では、どうやっても勝つことができない。例え強力な攻撃魔法が使えたとしても、恐らくはたいした効果もなく軽々と打ち消されてしまう可能性もあるだろう。そんな相手にどうすれば――。


 考えて、落ち着いて。なにか、なにか方法はないの……? ここで倒されるわけにはいかない。(わたくし)が倒されることになってしまえば多くの人が悲しむ。それだけは絶対にだめ。責務を果たさずに力尽きる事など、私には許されないのだから。


 足音が後ろに迫ってきた。重く、素早い足音に恐怖を抱いてしまう。なんとおぞましい音なのだろうか。この音を聞くだけで全身が震え上がるほどおぞましく恐ろしい、命を摘み取るモノの旋律(おと)だ。


 私を追っているということは、もう私しかいない。そういう(・・・・)ことだ。目の前に聖域が広がって見えるが、恐らくこのままでは聖域に入る前で確実に追いつかれてしまうだろう。


 近衛騎士を5人も退けたということは、2つの言の葉(ワード)程度ではだめだろう。3つの言の葉(ワード)を乗せて詠唱をしなければ攻撃を防ぐ事はできない。

 試したことはないけれど、()()げるしかない。今の私の強さと、この精神状態で出来るかはわからない。でも出来なければ全てが終わってしまう。


 落ち着いて、気を静めて。――集中して魔力を籠めて、今出来る最高の魔法を。


 言の葉(ワード)を選ぶ。〔塞ぐ〕〔弾く〕〔障壁〕。3つも言の葉(ワード)を入れたことがないが、出来なければ全てはそこまでとなってしまう。


 あとは、落ち着いて。最大の効果を発揮させる為に、ぎりぎりに引き付けて撃たなければいけない。焦ってはいけない。最大限の威力をあれに当てねばならない。


 徐々に迫る足音に震えながらも揺らぐ心を奮い立たせ、敵を引き付けていく。


 怖い……。でも、もう少しだけ、もう少しだけ……。

 迫り来る恐怖に頃合いを見計らい、私は立ち止まって振り返り言葉を紡ぐ――


 「――水よ! 我が前に立ち塞がりて障壁となり、敵を弾け!!」


 前方に大きな白縹(しろはなだ)色の障壁ができ、()に直撃させる。

 バチッ! 大きな音が響き敵を数メートラほど吹き飛ばしながら敵を転がした。


 成功だ! 後は聖域に――!?


 聖域の方向へ向き直ろうとした瞬間、強烈な立ちくらみを起こした。言の葉(ワード)3つを乗せた魔法に成功はしたものの、思っていた以上に魔力消費が激しかったようだ。


 そんな…… あと…… もう…… 少しなの…… に――。



 そこで彼女の意識は途絶える。




   *  *   




 「ぅ……」


 少女はぼんやりとしつつ瞳をゆっくり開けるも、小鳥のさえずりで一気に目が覚め飛び起きてしまう。


 いき…… てる……? どうして……?


 目の前に広がる美しい泉の聖域に心を奪われるも、現状を理解するだけの落ち着きを少女は持っていないようだった。


 どうやら美しい泉のほとりで横に寝かされているらしい。現状把握が追いつかずに辺りを見回していると、茂みから音がして一気に警戒してしまった。


 そこから現れたのは鎧を身に纏った若い男性だった。


 「あ。気がついたみたいですね」


 若い男性が茂みから優しい笑顔で声をかけた。


 美しくさらさらとした黄金の髪。目鼻立ちが整っていて背は高く、平均的な男性より細身な体系。


 その穏やかで優しい眼差しを含んだ青い瞳に見つめられただけで彼女は見蕩れてしまっていた。なんて美しい方なのだろうかと。白く輝く鎧を身に纏い笑顔で話しかけた男性の風体は、まるで物語に出てくる主人公のように見え、英雄譚が好きな少女にとって魅了されるには十分な姿をしていた。


 しばらく少女が見つめてしまっていると、男性の方から声をかけてきた。どうやら少女は完全に固まってしまっていたようだ。


 焦ったように現実に戻る少女は、その男性に言葉を返していく。


 「そちらに行っていいですか?」

 「――っ! はい、どうぞ!」


 男性は少女の近くに来て座り、何が起こったのかを説明する。


 「泉のほとり近くで薬草採取をしていたのですが、仲間が聖域を目指して走ってくる音がすると言うので確かめに来たんです。するとすぐ近くで貴女が魔法を使ったのが見えたので急いで行ってみると、魔物が貴女を襲う直前でした。貴女に意識が向いていたので斜め後ろから強烈な一撃を入れる事ができ、何とか倒すことが出来たんですよ」


 はははっと笑う男性。笑顔がとても爽やかで素敵な方と思う少女は自分を戒め、まずは礼を尽くさねばならないと思い改めた。


 「助けて頂いて本当に有難う御座いました」

 「いえ。俺一人ではさすがに面と向かってグルームは倒せませんから、本当に運が良かったです」


 グルームとは二足歩行の獰猛な魔物だ。存在が発見された時点で国から討伐指定依頼が発注されるほど危険な魔物で、もし普通に戦っていたら彼だけではとても倒せない凶悪な相手だった。本当に運が良いとしか言えない。


 「それでも、有難う御座います」


 少女はお礼を言いなおしながらも頭を下げていく。男性は本当に無事で良かったと言いながらも、少女に名乗っていない事に気が付き自己紹介を始めていった。


 「まだ名乗っていませんでしたね、失礼しました。俺はロットと言います。ロット・オーウェンです。冒険者をしている者です」

 「(わたくし)は、ネヴィア・フェア・フィルベルグと申します」


 少女のその言葉に一瞬で目を丸くしてしまい、ロットは驚きを隠せないまま謝罪をした。


 「――!? フィルベルグ王国の王女殿下!? ご無礼をお赦し下さい!」


 ロットは座るのをやめ、片膝を着き右手を左の鎖骨にふれるように胸につけ頭を下げ目を伏せる。これはフィルベルグにおける正式な最敬礼の形となる。


 貴族のご令嬢かと思っていたが、さすがにこんな場所で王女殿下が一人でいるとは思っていなかったロットは、王女殿下に対して失礼な言い方をしてしまい、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。


 だがネヴィアは焦った様子になりながら、それを止めて貰うよう頼んでいく。


 「や、やめて下さい。貴方様は私の命の恩人です。どうか普段通りになさって下さい」

 「で、ですが……」

 「……お願いします」


 ロットは悩みしばらく考えた後、わかりましたと言った。


 「どうぞ座って下さい」

 「有難う御座います」

 「それで殿下は――」

 「ネヴィアです」

 「……え?」


 『殿下は何故こんな場所に』と言いかけて、ネヴィアに遮られてしまったロットは、一瞬で思考が止まってしまい、その意味するところを考えてしまうロットはきょとんとしてしまっていた。

 そこに追い討ちをかけるようにネヴィアは言い直していく。


 「ネヴィアです」

 「……ネヴィア様は――」

 「ネ、ヴィ、ア、です。それと敬語も丁寧語もやめて下さい」

 「で、ですが…… さすがに呼び捨ては……」


 さすがにそれはとても失礼だとロットは思ってしまう。いくらなんでも一国の王女殿下に対してその呼び方は不敬すぎる。

 そんな事をロットは焦りながら考えている中、王女様の様子を見てみると、彼女はとても寂しそうな顔をしていた。


 それはまるで『貴方もそうなんですか』と言われてるような気がして、ロットは心臓をぐっと掴まれたような痛みが走った。ずきずきと走る痛みの中、根負けしてしまったロットは王女の望みに応えていった。


 「――ネヴィア」

 「! はいっ!」


 ぱぁっと花が咲いたような満面の笑みを浮かべたネヴィア。その美しく優しい顔にロットはどきっとして目を逸らしてしまう。

 しばらくどきどきが続くも、ロットは護衛している少女がいるので合流しなければと思った。


 「――そうだ、そろそろ戻らないと」

 「?」


 首をかしげるネヴィアにまたどきっとしてしまう。


 「俺は今、護衛をしてるんだ」


 丁寧語もネヴィアに封じられてしまったロットはなるべく心がけて話すようにしてはいるのだが、その違和感は凄まじいものを感じ、本当にこれで良いのだろうかと思っているような言い方をしていた。


 そんな事に気づく様子もなく、ネヴィアは普通に話を続けていく。


 「護衛対象の方はこの辺りにいらっしゃるのですか?」

 「ここからだと泉の反対側になるんだ。少し歩かないと見えないみたいだね。悪いけど一緒に来て貰えるかな」

 「はい……」


 ネヴィアは不安になる。正直なところ彼女は男性が苦手だ。ロットはとても素敵な方だと彼女も思うが、他の男性となれば話は違ってくる。


 「大丈夫だよ」


 不安な顔をしてるネヴィアを察してロットが笑顔で答える。その言葉にほっとするネヴィアは会った事がないその方と出会うとしても不思議と大丈夫な気がした。


 泉の反対側に向かいながら話をする。泉は然程(さほど)大きくないのですぐに反対側にいる女の子が見え、そしてその近くには長い耳を頭に乗せた女性がいるようだ。

 女性の方は鎧を着ているので、隣にいる子が護衛対象者なのだろうかと思い、ロットに確認してみるネヴィアだった。


 「あの子を護衛しているのですか?」

 「そうだよ」


 よかった、男性じゃなくて。心からそう思ってしまう。……それにしても遠くから見てもかわいい子だ。


 ネヴィアとロットは遠くに見える銀色の髪の少女と女性に近づいていく。しばらく歩いているとどうやら少女もこちらに気が付いたようだ。手を振って応えてくれている。


 なんとはなしにではあるが、あの子とは仲良くなれそうな気がしていた。それはとても不思議な感覚で、ネヴィアは今までこういった気持ちになったことがなかった。



 ――この日の出会いが、4人の運命を大きく変えていくことになる。



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