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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第三章 小さな天使
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"自慢"のお姉ちゃん


 フィルベルグ王国のとある店の前をひとりの女性が掃除していた。


 掃除をしながら時折何かを探すように広場の方を見つめ、また掃除していく。しばらくそれが続くと今度は店内に戻り、隅々まで掃除していく。まるでそわそわとする気持ちを落ち着かせるように。


 次第に掃除し尽くしてしまい、今度は料理へと移っていく。それも終わると本当にする事がなくなったらしく、自室に戻って本をぺらっと捲り、すぐ閉じる。落ち着かない様子で女性は自身を戒める。


 「だめね、私は。イリスを信じるって決めたのにね」


 ふぅっとため息をついたレスティは、何かを思いついたように立ち上がり、どこかへ出かけていく。


 そうして彼女はとある場所のとある店の前に立ち止まった。休日ということもあり閉まっているお店も多いが、この店なら常に営業している店だ。レスティはそこまで来る事のない店ではあるが、店主とは割と親しい。先代からの付き合いだからだ。


 店に入るとお客さんで溢れていた。この店は全て型鍛造で造られた物はなく、職人が一つ一つ丁寧に鍛造したもので、どれもが目を見張るほどの名品揃いだ。

 当然それなりにお値段も張るのだが、半端なものを買うくらいならこちらで買った方が良いと言われるほど、信頼と実績を重ねた店であり、それ故に冒険者だけではなく、料理人などの方も多く来られる名店だ。


 レスティのダガーもこの"鋼鉄の(ひづめ)"の先代店主が若かりし頃に作ってもらった名品である。品物を眺めるお客を通り抜け、カウンターへ向かうレスティ。そこには栗毛の髪に茶色の瞳の男性が一人いるようだ。


 「こんにちは、クラウス君」

 「これはレスティさん、いらっしゃいませ」


 彼はこの武具屋"鋼鉄の蹄"7代目店主のクラウス。30歳という若さで一流武具屋の店主にまで上り詰め、6年間店を守ってきた逸材である。国内外からの評価も高い名工と言われていて、フィルベルグ王国騎士団、特にその騎士団長が贔屓(ひいき)にしている。


 レスティは一品物のダガーと採取ナイフを持っている為に、現在では殆どこの店を利用する事はなくなっていた。

 しいて言えば薬師として関わる事がある程度だが、先代の頃からの付き合いがある為、クラウスとも割と親交がある。

 特にクラウスが子供の頃はとても弱い子として有名なほどの虚弱体質で、よくレスティが診ていたという経緯もあった。彼が14歳の頃にはもう快復し、今現在では世界の名工のひとりとも呼ばれるほどの逸材になるまで成長を遂げていた。


 「それでレスティさん、何がご入用でしょうか?」




   *  *   




 "森の泉"に戻るとまだイリスたちは戻っていないようだった。レスティはのんびりお茶をして待つことにするも、やはり不安は拭いきれなかった。

 どうか最愛の孫が悲しむ事のないようにと女神様にお祈りをしているちょうどその頃、お店前で二人の女性の声が聞こえてきた。

 内容まではわからないがどうやら楽しそうに話している気がして、レスティは深いため息と共に安堵の表情を浮かべた。本当に良かった、本当に。きっと全て上手くいったのね、そう思いながら笑顔で迎える準備をするレスティであった。


 カランカランとお店の扉が開く音がして、すぐさま声が聞こえてきた。


 「ただいま、おばあちゃんっ」

 「ただいまー!」


 いつもより元気な二人で涙が出そうになるも、ぐっと堪えて二人を出迎えに歩いていく。


 「おかえりなさい、二人とも」


 満面の笑みを浮かべる二人にまたも涙が出そうになるも耐えるレスティ。そこへイリスが近づいてきてぎゅっと抱きしめた。

 きょとんとしてしまうレスティにイリスはとても優しい声でこう言葉を紡いだ。


「ありがとう、いっぱい心配してくれて。大好きだよ、おばあちゃん」


 一気に視界が歪みあふれ出す涙。(せき)が切れたようにとめどなく溢れる涙をレスティは抑えル事ができなかった。

 愛おしくイリスを強く抱きしめながら、本当に良かったと心の声を呟いてしまうレスティであった。



   *  *   



 ちょうど落ち着きを取り戻した頃、お茶にしましょうかとレスティが二人に話し、イリスとミレイもそれに応じる。

 3人でお茶をして話に花を咲かせていく。それは今日のことではなく、普段のとても他愛無い話で溢れていた。次第にお昼の鐘が鳴り、そろそろお食事にしましょうかとレスティが切り出した。


 「ふふっ、そうだね。おなかぺこぺこ。ミレイさんもご一緒しましょ?」

 「そうさせて貰っちゃおうかな。あたしもおなかぺこぺこだよ、あははっ」

 「うふふ、それじゃあちょっと待っててね、すぐ用意するわ」

 「私も手伝うよ」

 「あたしもー」

 「うふふ、それじゃあお願いするわね」


 料理は既に作ってある為、温めるだけとなっている。料理を温め、その手伝いをする3人はまるで仲の良い姉妹のように見え、食事中も他愛無い話で盛り上がり、笑顔と笑い声が絶える事がない優しく温かな時間となった。


 食後のお茶を3人で飲みながら、ゆっくりと今日あった事を話し始めていく。途中レスティは悲しい顔をしたが、それも一瞬の事ですぐに笑顔に戻っていった。

 全てを話し終えるとお茶を一口飲んだレスティはイリスに優しく言葉を発した。


 「よく、頑張ったわね、イリス。私はイリスを誇りに思うわ」


 そう言われるとイリスは少し頬を赤らめるも、ミレイさんがいてくれたおかげだよと言った。


 「ううん、頑張ったのはイリスだよ。あたしはただ傍にいただけ」

 「そんなことないよ。ミレイさんがいなかったら私は達成できずに逃げ出してた」


 そうだ。あの時、自身の目的を再認識することが出来たのも、恐怖と立ち向かう事が出来たのも、そしてそれを克服とまでは言えなかったとしても、それでも前へ進む事が出来たのも全部ミレイさんのおかげだ。あれほど心強かったものはない。

 ミレイさんがいてくれたから、私は頑張れたんだ。


 イリスは心で確信付けるように思っていた。実際の所、確かにそうだと言えるほど、ミレイの存在はとても大きかった。


 「傍にいるだけでとても安心できて、とても強くて、とても優しい。私の自慢のお姉ちゃんだよ」


 満面の笑みでミレイに答えるイリス。瞳を閉じながら笑うイリスには気が付いていない。そしてそれは瞳をイリスが開くと同時に気が付いてしまったようだ。


 「み、ミレイさん!? どどどどうしたの!?」

 「ぇぅ…… イリズ、ほんどによがっだよぅ……」


 それはそれは大粒の涙を見せる大号泣であった。耳はもうくしゃくしゃにへたり込んでしまっている。その姿はとても可愛らしいが、イリスはそれどころではなく狼狽(うろた)えていた。レスティも涙ぐんでしまっている。

 どうやらイリスは『言葉で人を号泣させる』という新しい力に目覚めていたらしい。


 尚も泣き続けるミレイを抱きしめながら頭を撫でるイリスは、自分のことを本当に大切に想ってくれる素敵な人たちがいてくれる事を知る。

 温かくて優しい気持ちに包まれながらも、私にはこの素敵な人たちに何か出来ないだろうかと考えていた。出来る事はとても少ないし、喜んでくれるかもわからない。でも、何かしてあげられたらと思っていた。


 次第に落ち着きを取り戻していったミレイはイリスにお礼を言いながら笑顔を見せ、それに安心したイリスも席に戻っていく。

 そんな様子を微笑ましく見つめていたレスティは席を立ち、今朝用意したものを手に取り、イリスの目の前にその箱を置いた。きょとんとその箱を見つめるイリスに席に着いたレスティは話し始める。


 「これはイリスへのプレゼント。今日、この日の為のお祝いに私からイリスへ」

 「わぁ、いいの? おばあちゃん」


 その問いにもちろんよと返していくレスティ。その様子は本当に仲の良い孫と祖母のようにミレイには見えていた。


 「開けてもいい?」

 「うふふ、もちろんよ」


 わくわくとしながらその箱を開けるイリス。


 「わぁっ」


 箱の中に入っていた物は、刃渡りが15センルほどで白銀色のブロンズナイフだった。皮製の鞘で収められており、イリスが扱うとしても軽くて使いやすく丈夫そうなナイフだ。


 「これ採取用ナイフ? いいの? こんな良い物貰っちゃって」

 「うふふ、イリスの為に買った物だもの。使って貰えると嬉しいわ」


 レスティは初心者の採取用ナイフとしては立派なものだけれど、これはそこまで高いものじゃないのよ。青銅で出来ているから丈夫だし、そんなに重くないからイリスでも使えると思うわと言ってくれた。

 あくまでも採取用だから強度を重視して作っていないもので、魔物なんて攻撃しちゃったら折れちゃうわよと教えてくれた。


 そして説明を終えるとこう話を続けていく。


 「もし本格的に薬師を目指すならその時にしっかりした物をプレゼントするわ。今はまだなりたいものや、やりたいことを見つける段階だから、じっくりゆっくり考えていくと良いわ」

 「……ありがとう、おばあちゃん。大切にするね」

 「それを持って聖域に行こうね、イリス」

 「うん。ミレイさん」


 それじゃいつ行こうかねとミレイが話し出し、やはり時期が早いそうなので来週の太陽の日という事になった。それならばロットも同行できるはずだから、今度は3人で冒険にいけるねとミレイに嬉しそうに話すイリス。そして笑顔でそうだね、今度はロットも連れて行ってあげないとねと笑うミレイと、全てが何事も無く上手くいっているようで、心から安堵するレスティだった。



 防御魔法も覚え、魔物の恐怖心と対峙できるだけの精神力を持つことが出来た。もうイリスは聖域へも問題なく行くことが出来るだろう。そしてそれはフィルベルグ周辺で行ける場所がかなり増えたということにも繋がっている。

 イリスなら必要以上に冒険へ出ることもないだろうから、きっと理由もなく行きたがる事はないだろう。でも聖域を行き来できるようになりさえすれば、きっと行動範囲も増えることになっていくはずだ。

 この子が大人になりどんな道を進もうとも、応援してあげたいと心に思うレスティであった。


 まずはイリスの不安を少しでも拭い去れるように、聖域周辺の魔物についての勉強をしておけば更なる安心へと繋がることになる。次の太陽の日に念願叶ってルナル草に辿り着けるはずだ。


 「聖域に行くまでにルナル草について詳しく教えないといけないわね」

 「そうだったね、私まだよく知らないんだった」

 「あはは、色々あったからねぇ」

 「ふふっ、そうだね」


 笑顔で話せるほどの内容となったことに喜ぶ二人であった。



 ルナル草が咲くまで、例年ではあと1週間ほど先と言われている。時間はまだまだたっぷりある。その間にルナル草についてと、ヘレル病の治療薬、聖域周辺の魔物を勉強する時間はしっかりと取れるだろう。


 イリスはとても物覚えが良い。まず問題なく勉強し終えるだろうから、そういった意味では全てにおいてタイミングがとても良いと言えるほど順風満帆であった。


 話をし終えた3人は今日の予定を話していく。イリスはせっかくのお休みなんだから楽しもうというミレイの話から、レスティが前々から行きたがっていたお洋服屋さんとカフェでのお茶を3人でしましょうと言い、3人で向かっていく事になった。


 途中また他愛無い話に花が咲き、周囲にはとても中の良い3姉妹に見えたようだ。あまりの嬉しい出来事にお財布の紐が緩んでしまった二人は、たくさんのお洋服をイリスに着せまくりながら、ああだこうだと話し合い、徐々に買ったもので両手がいっぱいになっていった。


 買い物帰りに素敵なカフェで美味しいお茶と美味しいケーキを食べて、楽しくお話をする。夕日に街が色づいていくのを見ながら、3人は幸せな時間を過ごしていった。



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