素敵な"姉妹愛"
話はイリスたちへと戻り、ここは素材買取カウンターの前となる。
現在二人はホーンラビットの素材を鑑定してもらい、その報酬を受け取ろうとしていたのだが……。
「こちらが今回の報酬となります」
そう言ってカウンターに置かれた小さな袋。これが今回のホーンラビット討伐のお金らしい。まじまじと見つめるイリスにミレイが取って渡してくれた。
近くにいたお姉さん達はそれぞれお仕事に戻っていったようだ。ちらちらとイリスの方を見ているが、イリスには見えていないようだった。
ミレイから受け取ったそのずしりと重い袋に違和感を感じるイリス。
「あの、ホーンラビットの報酬って15000リルじゃないんですか? これ、明らかに多い重さなんですけど……」
堪らず質問してしまうイリス。中身は確認しなくてもわかる。恐らく間違えているんじゃないだろうかと思えるほど、この袋にはお金がたくさん詰まっているようだった。
だがその問いに二人は一瞬きょとんとするも笑顔でこう答えてくれた。
「いいんだよ、イリス。それであってる」
「はいっ、その金額に間違いはございませんっ。素材鑑定士として誇りを持って言えますっ」
目が点になってしまっているイリスに、ミレイがその説明と素材の内訳を説明してあげて下さいとクレアに頼んだ。こほんと咳払いをしつつ、クレアは真面目な顔で答えていく。
「ではまず討伐報酬から説明させていただきます。これはホーンラビットでいうなら角ひとつでは討伐したとは判定できません。お肉や毛皮、牙などが含まれる事で1匹討伐とされます。理由は主に、しっかり倒したと判断できる事と、多くの素材に有効的な使い道がある事が関係しております。魔物とは害獣指定されてはおらず、所謂"災厄"とさえ呼ばれるほどに凶悪な存在です。危険生物とされている虎や熊なども我々と同じく狙われる存在であり、魔物を討伐する事そのものがひいては我々の安全に繋がるのです」
そこでギルドが世界的に掲げた討伐システムである。これはあくまで国からの報酬が出される物なので、大きい街ではここまでの報酬は見込めない。
変わりに国からの報奨金が出ない大きな街では、生活している者たちの税金や、有志による寄付金や報奨金として支払われる場合もある。
ここはフィルベルグ王国という世界でも大きな国都のひとつであるため、その報奨金額も高く設定されている。
あくまで討伐自体に報酬をつけず素材を確認した上で討伐を認めることは虚偽の報告を避けるためであり、その代わりに素材の値段が高く設定されている。
今回で言う所のホーンラビットは討伐報酬としては15000リルと安値ではあるものの、他の大きな街で仮に同じような金額の魔物を討伐すると、その報酬額はおよそ5000~8000リルといった所だろう。
小さな町では討伐報酬すら出せないことも多い。代わりに素材買取金額に少々色をつけたりはしてくれるようだ。
小さな町は冒険者が生活できるような環境ではなく、あくまで近隣に鉱山や森林などの資源がある場所に限られており、そういった物を手に入れて生計を立てているものたちが次第に拠点を大きくしていったに過ぎない。
そういった小さな町が魔物討伐に資金を出せないのも仕方ないのかもしれない。当然そのまま放置されているわけではなく、所属している国の兵士や騎士達が間引きに来てくれるため、冒険者に頼らずとも安全はそこそこ護られている。
だがこれも完全に行き届いているわけではない。過疎化してしまった小さな集落などに関しては情報が伝わりにくい事も考えられ、兵士達が間引きに来てくれることが無い場合もある。
これは国の情勢に大きく関わってくる可能性が高いので、単純に放棄されたなどとも一概に言えないことではあるのだが。
話を戻すとこの上乗せされた金額が国からの報奨金となり冒険者にそのまま渡される。当然高額の魔物も存在し、中でも討伐指定された魔物に関してはその金額は跳ね上がる事となる。
だがこれは危険と比例して増えていくため、討伐指定魔物をお金目的で狩るような冒険者はあまりいないようだ。
そして討伐報酬とは別に魔物の素材が買取されている。肉や角、毛皮などは需要があり高値で取引されるため、討伐報酬よりも素材代の方が高く設定される事も多い。
まずは肉。上質とはいかないまでも、美味しく食する事が出来る素材である為に、なかなかの値段で取引がされている。
今回のホーンラビットはおよそ10リログラルとされ、うち枝肉は2.5リログラル。中身や角などが重く、食べられる場所はそこまで多くないようだが、それでも100グラル230リルで取引されるため、買い取りは100グラル200リル、2.5リログラルで合計5000リルにもなる。
ここにも王国からの補助が入るため、冒険者には多く報酬が支払われるようだ。
続いて毛皮。こちらはラビットファーやコートになる素材とされ、色艶や状態によって変わってくるが、その滑らかな手触りと柔らかな暖かさで王国中の女性達に大変好まれており、素材としての価値もなかなか高い。
今回の場合は通常の質ということもありそこまで高くは無いが、それでも一頭分で5000リルにはなったようだ。高品質ともなれば、同じ素材であっても倍額以上の取引がされることも多い。
次は骨と牙。こちらはあくまで職人見習いの修練用素材とされているため、ほぼ捨て値の金額で取引される。だが問題はお金ではなく、その素材を渡すことで後の名工と呼ばれる者達の育成に繋がるかもしれないので、ホーンラビットの骨と牙を持ち帰る冒険者はお金ではなく、ギルドからの評価を得ることになる。
そんな理由から金銭的な価値としてはあまりないので、一頭分で1000リル程度のようだ。
最後は角。これは特殊素材である。何でも粉にして鉱石に混ぜると強い合金を作ることが出来るらしく、武器防具屋や鍛冶師に大変重宝されている。ひいてはこれも冒険者に還って来る物なので、ここにも国からの報奨金が追加されるようだ。
角の質にもよらないため、安定して取引がされる。今回は一頭である一本分なので、金額は8500リルとなる。
つまり今回の報酬額は、討伐報酬15000リルに素材買取額の19500リルを加えた、34500リルが報酬となる。
魔物により素材買取額も討伐報酬も変わるため一概に同じとは言えないが、それでも討伐報酬の倍近くかそれ以上の金額にはなるようだ。
一通りの説明が終わると、クレアは喜びの表情を浮かべていた。
「ふふっ、これでも冒険者さんからはもう少し上げてくれって言われることが多いんですよっ。なのでイリスさんみたいに多すぎるって言われたのは初めてで、なんだか新鮮な気持ちでしたっ」
「あはは、あたしも初めて聞いたよ、そういう類の言葉は」
「すみません、世間知らずで……」
少々しょぼんとしたイリスに、そんなことないですよ、その気持ちとても嬉しかったですとクレアが、イリスはその純粋なままでいてねとミレイが話してくれた。
イリスはミレイから受け取ったお金の入った小さな袋を返そうとしたが、ミレイには何故か断られてしまった。
「それはイリスが倒したホーンラビットのお金だからイリスのものだよ」
その言葉にイリスは戸惑いつつも、自分が倒せたのはミレイさんがホーンラビットを抑えてくれたおかげですし、素材に捌いたのはミレイさんですからとお金を返そうとしたが、それでもミレイは受け取ってはくれなかった。
ならばせめて半分だけでも受け取って欲しいと言うと、彼女はこう答えた。
「いいや、全部貰って欲しい。イリスはここまでとっても良く頑張ったから。あたしは何も出来なかったんだ。それにこれを少しでも貰ってしまうと、後ろめたい気持ちが出ちゃうんだ。もっと良い方法があったんじゃないかって。だからこれを全部貰ってくれる事は、あたしの為にもなるんだよ」
ミレイはどこかでイリスには無理な事だと決め付けていたのかもしれない。辛くて、胸が痛くて、苦しくて、イリスに嫌われる事が嫌で逃げ出そうとした。目の前でこんなに小さな少女が頑張っていたのに自分に負けて諦めようとしてしまった。
それが未だに許せない。なぜ妹を信じられなかったのだろうかと。もしこのお金を10リルでも貰ってしまえば、自分はイリスの傍にいてはいけない様な、そんな気すらしてしまう。
ミレイはイリスへ言葉を続けていく。
「それに全額貰う事で、これもひとつの冒険者というお仕事なんだってわかりやすいと思うんだ。イリスは魔物を倒すだけでこんなに儲かるから倒しまくろう、なんて思わない子だからね。どこかの猪と違ってお酒ばっかりに消えることもない。このお金を大切に使ってくれるのがわかってるから。だからイリスにあげたいんだ。こういう生き方もあるんだよって教えてあげたいんだよ」
冒険者とは言うなれば自由な者という意味でもある。自分達の好きな冒険に出かけたり、世界にある色々な町を訪れてみたり、魔物を退治して生計を立てたり、大切な人を守ったり。何をするにも本人の意思が尊重される自由な存在だ。
危険も付き纏う為にそれなりの強さが必要にはなるが、それでも冒険者を目指す若者は決して少なくない。それは憧れの職業とも思っている人が多いくらいだ。
何をするにもどこへ行くにも自由。好きに冒険し、好きな街へ向かい、好きな物を飲んで食べる。自由気ままな生き方を体現したような人たちだ。
命の危険と隣り合わせだからこそギルド内は活気で満ち溢れている。だからこそ、冒険者は生き生きとして輝いて見えるのかもしれない。
そしてミレイはこう続けた。
「このお金をどう使うかはイリス次第だよ。好きな物を買ってもいい、美味しいものを食べてもいい。このお金を自分が魔物を倒して手に入れたって言う事実をしっかり持って欲しいんだ。そうすることで将来なりたいものの中にひとつ選択肢が増えると思うから」
「……ありがとう、ミレイさん」
ゆっくりと両手で小さな袋を愛おしく抱きしめるようにするイリス。そしてそれを優しい眼差しで見つめる姉。そしてクレアは涙をぼろぼろと零していた。
「く、クレアさん? どうしたの?」
声が裏返りながらミレイが聞くも、クレアの涙は止まらない。
「すごい良い子たちなんだもん。涙止まらな――」
そう言いかけてクレアは号泣してしまった。イリスはおろおろとしだし、ミレイはしまった、ここはギルドだったと渋い顔をしていた。
暇になった受付嬢たちに抱きしめられながらぽんぽんとされるクレアを見つつ、これだけ大事になってしまうとレナードさんたちに知られてしまうと若干焦るミレイだった。
「……やばい。レナードさんたちの酒の肴にされる」
ぽつりと呟くミレイに泣いているクレアをおろおろと見るイリス。そしてひとつの選択を選んだミレイは、はきはきとした声でしっかりと話を切り上げた。
「よし! 逃げよう! イリス、行くよ!」
「ええええ!?」
目が点になるイリスの腕を引き、軽く受付嬢たちにそれじゃあ失礼しますねーと軽く答え、颯爽とミレイはイリスを連れてギルドを出て行った。
後に残されたのは泣いている素材鑑定士と、それを慰めている受付嬢たちだけであった。
1グラルは1グラム
1リログラルは1キログラム となっております。
ちなみにこの世界の一番安い硬貨は鉄貨の10リルです。1円に相当するものはこの世界にはありません。