"ギルド依頼"
時間は少々戻り、ギルドマスターがいる最上階の部屋にロットは来ていた。最上階とは言っても3階なので、然程苦労なく来れてしまうのだが。
質素なりにもそれなりに豪華な来客用のソファーに座りながら、ロットは向かい側に座るギルドマスターの話を聞いていた。
その男は筋骨隆々の厳つい顔をした中年男性で、頭に光るスキンヘッドが更にそれを強烈に思わせてしまう。
昔は有名なプラチナランク冒険者だった経緯があり実力もかなりの物ではあるのだが、若かりし頃に冒険者を引退しているらしいので、全くと言って良いほど強くないぞとロットは以前伺った事があった。
「それで、ギルドマスター直々に話とはまた仰々しいですね。何かあったんですか? ロナルドさん」
シーナさんに入れて頂いたお茶を飲みながら、ロットは少々不安になりつつも彼に尋ねていく。
「ふむ。それが少々問題が起こっていてな」
お茶を飲みながら彼は答える。
「実は今、世界で討伐指定魔物が増えているようだ」
その言葉にロットは顔を鋭くして彼を見てしまう。その意図を察したロナルドは先に教えてくれた。
「いや。ロットが出会ったという獣王国リシルアのガルドとは違う魔物のようだ。そしてリシルアではガルド以降、討伐指定魔物は確認されていない。当然あれほどの強さもなかったようだ。とは言っても、討伐指定されるほどの強さがある事には変わりはないのだが……」
ガルド。それは以前ロットやヴァンたち討伐隊がリシルア国で戦った凶悪な討伐指定魔物の名称である。当時、新種とされたその魔物を解析し、後に名称をつけたものだった。
この200年、あれほどの凶悪な魔物の報告事例は確認されていないほどの、途轍もない強さの魔物であった。
文献にすらその魔物が記されていないことから新種とされたのだが、正直な所あんなものに出て来られては本気で国を揺るがしかねない魔物であることに違いはない。
「報告が上がっているのは聖王国アルリオンと貿易都市エークリオだ」
聖王国アルリオン冒険者ギルドの報告によると、その討伐指定魔物はアルリオンより東にある20年以上前に魔物に襲撃され廃村となった場所に現れたそうだ。廃村によく魔物が住み着いてしまう為に半年ごとに間引いていたらしいが、10日ほど前に討伐指定魔物が出現したとの報告が冒険者から出たそうだ。
その為に急遽アルリオン冒険者ギルドが名のある冒険者20名で討伐隊を編成。討伐に向かい、これを撃破した。多少の犠牲は出てしまったらしいが、辛くも勝利したという報告だった。
そして貿易都市エークリオ北部にある大平原に大型の魔物が出現したらしい。だがこれは討伐指定されていない魔物であった為、苦労はしたものの犠牲者を出さずに討伐に成功したようだ。
「リシルア、アルリオン、エークリオ。いや、エークリオは討伐指定魔物ではなかったらしいが、それでもかなりの強さの魔物が出たそうだ。たった1年でこれほどの報告は過去200年ではなかった」
眉をひそめながらロットはロナルドに返していく。
「それはつまり――」
言いかけて止まってしまう。口に出すのも恐ろしいことだ。
「俺はそう考えている。あくまでもその可能性、ではあるが」
以前その事についてロットも興味本位で調べた事があった。そういった文献が図書館にあり、そしてそれを見つけてしまった。その内容は冷や汗をかくほど驚愕するものであった事を未だに憶えている。その書物が間違っていると信じたいと思えるほどに。
表情を少しだけ鋭くしながらロナルドは話を続けていく。
「よって今回はその調査をお願いしたい。調査範囲はエルグス鉱山周辺から古代遺跡周辺と、その南にある森から聖域の先にある森周辺までだ。あくまで調査だから必要以上に戦うことはない。ロットは斥候の護衛要因として参加してもらえれば良い。調査は専門家に任せ、彼らを守ることを優先してもらいたい。そして魔物と戦った際、少しでも違和感を感じたらそれも報告して欲しい」
もしそれが現実に起こってしまうと大惨事に繋がる可能性が非常に高い。しかも悪い事にイリスが聖域へ向かおうとしているこのタイミングで聞く事になるとは。
だがこれは逆にイリスにとっては良いことにも繋がるかもしれないともロットは思っていた。なぜならイリスが聖域に辿り着くよりも前に魔物の周辺調査が出来るからだ。
良い様に考えればこれはイリスにとって都合が良いことなのかもしれない。しっかりと事前調査が出来ればそれだけ安全性が増すのだから。
ロットが考えている間にロナルドはこう続けた。
「今挙げた場所は初心者冒険者が多く訪れる場所だ。ある程度調査が出来るだけでも彼らの安全にも繋がるし、何よりエルグス鉱山はキャルコプリテスが採れる場所だ。あれの採掘が止まればフィルベルグは大打撃を被る事になる。どうだろう、今回の依頼を引き受けて貰えるだろうか?」
キャルコプリテスとは汎用性のとても高い鉱石の事だ。世界各地で採掘がされると言われる鉱石で、この周辺ではエルグス鉱山が主と言われている。
この鉱石は鉄、銅、銀、金といった鉱石だけではなく他にも様々なものが集合された複合鉱石で、とても需要の高い金属だ。
もしこれの採掘が止まれば、ロナルドの言ったようにフィルベルグに大きな打撃を与えてしまう結果となる。現在もエルグス鉱山はゆっくりではあるが彫り進められており、掘り尽くされてしまったミスリルが再び発見されるかもしれないと言われている。
もしミスリルが更に見つかることになれば、この国に大きな益を与える事となるだろう。そしてそのミスリルで武具を作れた冒険者の命を救う事にも繋がっていく。
ロットにはこの重要性が理解できる。そしてこの依頼を受ける事は、イリスのためにも繋がる。ならば断る理由など彼にはなかった。
「わかりました。お引き受けします」
「……そうか。ありがとう」
あくまでも調査でいいからな。もし魔物が多めにいれば、すぐにギルドに報告して欲しいと言ってくれた。調査結果次第だが、王国騎士団に間引く事も要請することになるだろうと彼は付け加えていった。
フィルベルグ王国冒険者ギルドマスターであるロナルドは元冒険者ということもあり、とても仲間想いで何よりも冒険者を軸に考えてくれる人だ。顔は怖いがとても優しく立派な方でギルド職員からの信頼も厚く、例え王国の依頼であったとしても冒険者に益の無い事であるならきっぱりと断れる決断力も持っている。
そしてその人間性に惹かれた冒険者がフィルベルグを目指し、このギルドに席を置き続けている大きな理由のひとつにもなっている。それはロットにも言えることだった。
「近々、エークリオで代表者会議が行われる。この国のお姫様もそれに参加するようだ。それまでに騎士団込みでこの周辺を間引いていかねばならんのだ」
もし凶悪な魔物が出現した場合、現在の騎士団だけではまだ対処が出来ない。そうなれば再びロットや多くのゴールドランク冒険者が駆り出される事になるだろう。
恐らくそれはミレイやレナードたちにも声がかかるはずだ。そうしなければならないほど、強過ぎるとも言える魔物が出てしまうことは避けたい事態ではあるのだが、いつ出るのかも、どこに出るのかも、そして何故存在するのかも解明されていない。
現在世界中で起こっている事態が最悪の方向へ向かわない事を、二人は祈るばかりだった。
お茶を飲み一息入れたロナルドは、ロットへ向かって別の話をしだした。
「それで、ロットは何を言いたいんだ?」
顔に出ていたのだろうか、まさか先に言われると思わなかったロットは目を丸くしてしまう。そんな顔を見たロナルドは少々笑いながら話していく。
「俺が何年ギルドマスターしてると思ってるんだ? まずは気にせずに言ってみろ。内容まではわからんからな」
そう言いながら楽しそうに笑っていた。
「実は少々お話がありまして――」
ロットは話していく。プラチナランクではあるものの、今後はあまり依頼を受ける事を控えたい旨を。そしてその理由と自身の意思を誠実に話していく。
さすがにイリスのプライベートな事までは話せないのでその部分は伏せさせてもらったが、それでも彼は出来る限り隠さずにロナルドへ伝えていった。
そして伝え終えるとロナルドは瞳を閉じ、しばらくすると瞳をクワっと開いて口にした。
「素晴らしい! そうだ! それこそ男というモノだ! 大切な誰かを守ってこそ男と呼ぶのだと俺は思うぞ!」
さすがにこの反応は想像出来ていなかったロットはかなり引いてしまったが、要するに必要以上に依頼を受けなくていいのかとロナルドに聞いてしまったのだが、どうやらそれは愚問だったようだ。
「当然かまわん。いや、むしろそうしろ。そうするべきだ。今回のような件は依頼すると思うが、これからはもっと自由に行動ができるようにしてくれてかまわんよ」
これはとても寛大な待遇である。他の冒険者ギルドに所属していれば絶対にありえないと言えるほどに。プラチナランクは最悪の場合、体よくギルドに使いまわされる可能性だってあり得る。
やはりこの人がギルドマスターをしている限り、フィルベルグ王国の冒険者は自由でいられるのだろうと改めて思うロットであった。
「ありがとうございます」
「構わんよ。無いとは思いたいが、ここを離れる時は直接一報してくれ」
「フィルベルグ所属を離れる気は考えていませんよ。もしあるとすれば遠出をする事くらいでしょうか。これも可能性の話で更にずっと先の事になりそうではありますが」
「そうして貰えるとこちらとしても助かるよ。……しかし、それにしても――」
急にロナルドはにやにやしながらロットへ含んだ言い方をしていく。
「お前さん程の男が随分と入れ込んでるじゃないか。今度その妹君にもご挨拶させて貰おうかな。それくらいはせねばなるまいて」
「いやいや、いきなりギルドマスターが会いたいなんて聞いたら、あの子は取り乱すので止めていただけると助かるのですが」
「む? そうか? まぁそうだな、まだ13歳だというし、しばらくは様子見でいいか」
「ありがとうございます」
「いやすまなかったな。少々気持ちが先走ったようだ。それにしてもあの子はもうギルドだけじゃなく、街でもなかなか良い評判になりつつあるようだぞ」
その言葉にロットは考え込んでしまうが、恐らくは売り子をやっているからだろうと推測した。どうやらそれは合っているようで徐々にではあるが"森の泉"の客足が伸びているのだとか。
それも悪い噂なぞ聞いた事すらなく、誰一人として例外なく親切に、そして丁寧に対応する売り子の鑑のような子なのだという。
更にはギルド職員からも絶大と呼べるほどの謎の評価を得ており、受付嬢たちは日夜その話で持ちきりのようだ。
おまけに噂では王国一の薬師の弟子とも言われており、いずれは王国中が知れ渡るほどの存在になるのではとロナルドは思っていた。
そして今まで沈黙を守り続けていたシーナさんがロナルドに釘を刺した。
「一応今下にいますけど、行かないで下さいね?」
「む? 今いるのか。……こう、影からこっそり――」
「その体系でどうやってこっそりするのか聞きたい所ですがミレイさんも一緒ですよ。彼女に気づかれない自信がおありですか?」
「むぅ。さすがにそれは無理だな。まぁ仕方あるまい」
恐らくミレイであればロナルドが3階から一段だけ降りた瞬間にわかるだろう。彼もそれをよく理解しているようで、さすがに無理と判断したようだ。どんなに気配を消した所で兎人種を欺く事など誰にもできないだろう。
お茶を一口含み、ロナルドは話を戻していった。
「まぁそんな訳だから、まずは今回の依頼を4日ほどかけてじっくりと調査をして欲しい。それ以降はなるべく依頼を回さないように配慮させてもらうよ」
「助かりますよ」
それにしても、とロナルドは言いながら怪訝な顔になっていく。
「……何事も起きなければ良いんだが。せめて俺がいる時にそんな事態の無い事にしたいもんだ」
ロットもシーナも言葉を失ってしまう。もし、もしもそんな事態が起きてしまったら。そう考えるだけでも恐ろしい事だ。
そしてそれは恐らく後の歴史書にも間違いなく記される災厄となるだろう。予測など出来るはずが無い事態だ。起きない事も十分に考えられるが楽観など出来ない。冒険者であるなら最悪の事態も想定した上で対処していかねばならない事でもあるからだ。
だがそれが起きてしまった場合、想定の範囲を大きく越えるものとなるだろう。多くの者が犠牲になるかもしれない。ガルドクラスの魔物が出てしまったら今度は対処出来るかすらわからない。
紅茶を口に含み落ち着かせようとするも、ロットの心は不安な気持ちを抑えられずにいた。
少々変わった素材が出てきたので説明させていただきます。ついでに鉱山についても書いとこうかな。
◇エルグス鉱山
フィルベルグ王国南東にある古代遺跡の近くにある鉱山。非常に貴重な鉱石であるキャルコプリテスが大量に採掘できる。
最奥周辺まで進むと極々稀にミスリル鉱石が存在することがあり、多くの冒険者で溢れかえっていたが、現在ではミスリルは採掘され尽くしてしまった為に初心者冒険者の練習場として扱われているらしい。
◇キャルコプリテス
世界各地で採掘されるとても重要な鉱石。銅、鉄、硫黄を多く含み、微量の金、銀、錫、亜鉛などの他、少量のニッケルやセレニウムまで加わっている鉱石。
多種多様な使い道が出来る非常に貴重な鉱石であるため需要がとても高い。世界各地で採掘されるが、フィルベルグ周辺ではエルグス鉱山が有名。