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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十九章 誰もが笑って、幸せになれる世界を
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"彼女のように、前へ"

 こつこつと心地良く響く靴の音に、ネヴィアは振り返るように向くと、そこには姉が抱きしめるようにしながら何かを持っているようだ。

 良く見るとそれは一冊の本だと分かるが、見慣れない表紙に首を傾げるネヴィアだった。


「なに、その本」


 ネヴィアの横にいたファルは、同じような表情をしながら尋ねた。

 彼女の問いに表紙を見せたシルヴィアは、とても楽しそうな笑顔だった。

 視線を本へと向ける二人は、そこに書かれた題名に目を通しながら言葉にする。


「"冒険者の基本"?」

「どこかで聞いた気が……。

 ……そういえば、アルリオンでお酒を頂いた時に姉様が仰っていた本ですか?」

「ですわ!」


 笑顔で答えるシルヴィアにファルは半目になりながら、そんなのを持って行くつもりなのかと尋ねると、勿論ですわと元気に即答されてしまった。

 荷物になるだけじゃないかなと思っている彼女に、シルヴィアは本を優しく撫でながら話した。


「ここには、冒険者の様々な基本的なことが書かれています! 冒険者同士のやりとり、剣の振り方やお酒を呑む作法まで多岐に渡って書かれている凄い本なのですわ!」

「……なに、そのうさんくさい本は……」

「うさんくさくなどありませんわ! これを読めばすぐに分かります!」


 両手で空に掲げるように本をあげるシルヴィアに、ふたりが少々困っていると、彼女は続けて、イリスさんに見て貰いたかった本ですからと小さく呟いた。

 どこか寂しそうに微笑む彼女に、ふたりも同じような表情になってしまいながらも、そうだねとファルは答えた。

 そんな彼女達のところへ、ヴァンとロットもやって来たようだ。


「あ、おかえりー。どだった?」

「うむ。問題ない。いつでも出発できる」

「車軸も傷んでいなかったし、問題なさそうだよ」


 既に荷物も積み込み済みだとヴァンは答えた。

 後は挨拶くらいとなるのだが、そんなことを考えていた彼女達の下へエリーザベト達がやってきた。

 両親とルイーゼだけでなく、とても珍しいと思えてしまう人が一緒にいるようだ。

 こちらへとやってくる女性に答えていくネヴィア達。


「おはようございます、レスティ様」

「はい。おはようございます」

「レスティさんがお城にいらっしゃるのは、とても珍しく思えてしまいますわね」

「うふふ、そうですね。私も久しぶりにお城に来ました」


 どうかされたのですかとロットが尋ねると、レスティはいつもと変わらない笑顔で答えた。


「私も、今回の旅にご一緒させていただきたいのです」


 そう言葉にした彼女は、続けてシルヴィア達に話した。

 皆さんが辿っていった冒険を、今度は自分もその目にしたいのだと。

 彼女の願いを誰一人として断ることなく、是非にとシルヴィア達は答えた。


「これでも旅には慣れてるつもりよ。一応、ダガーも持ってきたけれど……」

「ふむ。まだ詳細は分かっていないが、魔物の様子が随分と変化しているらしいな」

「俺達が魔物を見た時も随分違った印象でしたが、あれからも変わり続けていると聞きましたね」

「その件について、ロナルドさんからの報告書が届いています」


 ヴァン達の問いに答えるように、ルイーゼは持っていた書類を持ちながら話した。

 どうやら世界的にみても、魔物の様子がかなり変化しつつあるようだ。

 始めは向こうから襲い掛かることがないと思える程度だったが、魔物自体の攻撃性が納まりつつあるのではないか、という経過報告だとルイーゼは話した。

 あくまでも今現在での報告から判断すると、という意味になるらしいが、それでも随分と世界は変わりつつあるのではないかと推察していると報告書にはあるようだと彼女は続けて話す。


「恐らくはイリスの力によるものだと推察しますが、それも未だ確たるものはありません。ですが、少し落ち着いた頃を見計らって、あの子が成したことを世界中に公表しようと思います」

「イリスさんが成したことはとても素晴らしく、また誰もがそれを成せない、彼女だけが可能とすることですから」


 誇らしげに語るルイーゼだったが、その瞳の奥は強い悲しみの色をしていた。

 彼女だけではない。ここにいる誰もがそれを信じられずにいる。

 だからこそ、彼女を探す旅に同行したいのだとレスティは話した。

 誰もが彼女に逢いたいと強く想いながら、彼女を探そうと躍起になっていた。


「……本当は、私もエリザもルイーゼも、付いていきたい気持ちは強いのだが、この国を離れるわけにはいかない。騎士団長もそうだが、王や女王が国を離れては、国民にいらぬ不安を与えるだけになる。非常に残念ではあるが、諦めることにするよ」

「……そうですね。このままでは結婚式に出席することも難しいですからね」


 寂しそうな声色で答えるエリーザベトは続けて話す。

 ドレイクの件もありますからねと、どことなく楽しげに。


「……あー、やっぱ女王様でもびっくりしたんだね……」

「寧ろ、驚かない方がどうかしています。伝説の存在を倒しただけでなく、ドレイクの素材を持ち帰るなど、フィルベルグ始まって以来の大事件となるでしょうね。

 そんなおいた(・・・)をしたイリスには、ドレスの四着や五着を着せ替えるだけのおしおきが必要ですから」


 満面の笑みで答えるエリーザベトに、背中をぞくりを震わせるシルヴィア達だった。

 そんな彼女にやれやれといった表情を浮かべるロードグランツ、とても楽しそうにもう何着か作りましょうかと尋ねるルイーゼと、頬に右手を当てながら笑顔であらあらと答えるレスティだった。





 世界は徐々に変わっていく。

 それが彼女の望んだ世界かはまだ分からない。

 彼女が信念として持ち続けた"誰もが笑って、幸せになれる世界"であるのかも、正直なところ分からない。

 全く違った未来へと歩んでいってしまうのかもしれない。


 それでも。

 きっと、彼女が望んだ世界に近づくことだけは確かだと思えた。

 もしかしたら、魔物がいなくなる世界になっていくのかもしれない。

 魔物がなくならない世界であっても、これまでと同じような存在であり続けない可能性だって考えられる。

 イリスがそれを強く望み、現在でも美しい白銀の大樹が存在するのならば、そういった未来になっていくことだって十分に考えられるのではないだろうか。




 白銀の大樹。

 それはまるで、彼女の"想いと願いの力ウィシーズ・フィーリングス"の輝きそのものだとシルヴィア達は想う。

 帰路につくまでに通った街では、あの大樹のことを"世界樹"と呼ぶ者も多かった。

 言い得て妙だと思えてしまうイリスを良く知る者達は、本当にそうなのかもしれないと素直に思っていた。


 そう遠くないうちに、正式な書簡として彼女の成したことが世界中に広まる。

 そうすれば、世界中の人達が彼女を探してくれるだろうとエリーザベト達は考えたようだ。


 その考えは恐らく当たっていると思えた。

 あれだけの偉業を成したのだから、彼女を探さぬはずがない。

 いちパーティーが世界を隅々まで捜索することは不可能に近い。

 だが、世界中の人達に助けてもらえれば話は別だ。

 そう考えながら、エリーザベト達は何が一番かを話し合い、彼女達なりの答えを出したのだとシルヴィア達は思っていた。


 だから大丈夫。

 イリスは必ず見つかり、そう遠くないうちに再会できるはずだ。

 世界中の人々が善意で探してくれるのだから、見つからないはずがない。

 そう彼女達は信じながらも、報告を待つことではなく、もう一度旅をすることを選んだ。



「準備万端ですわね!」

「そうですね! 姉様!」


 気合十分の娘達に、父と母、そしてルイーゼが言葉にした。


「いっておいで。大切な仲間を探すために」

「女王となる教育はいつでもできます。気の済むまで旅を続けなさい」

「皆さん、どうかお気をつけて。

 魔物が落ち着きを見せているようですが、警戒するに越したことはありません」




 そして再び、あの日と同じように彼女達は旅に出る。

 母と父、そしてルイーゼに見送られて。


 あの時と違っていたのは、旅の連れが増えたこともではあるが、何よりも彼女がいないということだ。


 馬車に乗り込む彼女達の背中を見つめる三人は、想わずにはいられない。

 力になってあげたいが、国を任せられている以上、それを放棄するわけにはいかないと。非常に悔しい想いで一杯になる。大切な娘を迎えにいけないことを心から悔やむ。


 今回も見送ることしか出来ない彼女達は、馬車を歩かせていく者達に想いを託すしかできなかった。

 そんな彼女達の乗る馬車を、見えなくなるまで見送っていく三人だった。




 街の噴水広場の前で、イリスを良く知る冒険者達に逢った。

 それぞれ思い思いに言葉にし、彼女のことを頼むとシルヴィア達に託してくれた。


「まぁ、なんだ。ヴァンやロットもいるし、問題ないだろ。嬢ちゃんを頼むよ」

「本当はアタシも一緒に行きたいが、アタシらは別経路で探してみるさ。

 どうせ辿った道を進むんだろ? じゃあアタシらは、西寄りでリシルアを目指すさ。運よく合流できたら、そこで酒でも飲もうぜ」




 世界を救った彼女は言っていた。

 大丈夫ですよ、と。


 たった一言ではあるが、そこにはとても多くの意味と想いが込められている。

 そんな気がしたシルヴィア達だった。


 彼女はきっと、これから先の未来も大丈夫だとも言っていたのではないだろうか。

 そう思える確かなものが、目の前にある気がした。


 彼女は"人の可能性"を信じていると言葉にした。

 それはきっと、"人を信じる"という意味も含んでいたのではないだろうか。

 それを確かに感じさせる人達が、目の前にいる気がした。


 優しく微笑む、イリスを中心として集まってくれている者達。

 仲間達もそうだ。ここにいる誰一人として、イリスと関わりがない者などいない。

 ルイーゼが持っていたロナルドの報告書によれば、フィルベルグだけでもイリスの捜索依頼が張り切れないほど張り出されているらしい。あまりにも依頼が多く、急遽もうひとつの掲示板を用意し、捜索専用として使っているそうだ。


 きっと、世界中で同じようなことが起きているのではないだろうか。

 誰もが彼女を探そうとしてくれているのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、一行はその場を離れていった。



 街門近くにまで行くと、一人の女性が旅用の大きな鞄を持ちながら、とある店の前で待っていたようだ。

 見知ったその女性は馬車を視界に捉えると、元気に手を振りながら声をかけた。

 楽しそうに駆け寄った彼女は、馬車のすぐ近くまで来ると話していく。


「私も一緒に行っていいかな? もう待つのはうんざりなんだ。それにね、アデルちゃんにも逢いに行きたいし、新しいお人形も作ったから届けたいんだよ」


 ブリジットはそう言葉にして、手に持っていた人形を一同に見せていく。

 木で作られたその人形は、アデルが大切にしていたものとは全く違う、とても精巧に、そして何よりも温かみのある笑顔の素敵な人形だった。




 この世界は不条理で理不尽だ。

 それはこれからも変わらないのかもしれない。


 でも、それでも彼女達は、きっとそうではないと信じていた。

 たとえそうであったとしても、それを変えようと心からの善意を込めて行動に移した、この世界の誰よりも優しい女性を知っているから。

 彼女であれば、想いで世界を変えてしまうのではないだろうか。



 そんなことを考えながら、シルヴィア達は再びフィルベルグを離れていく。

 あの時と同じように、しかし、あの時とは違う仲間を連れて、彼女達は旅に出る。

 この世界のどこかにいる大切な人を探すために、彼女達は再び前へと進み出した。


 彼女と同じように。

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