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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第三章 小さな天使
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互いを"補い合う"関係


 その場にへたり込むイリスの姿を横目に見ながら、ミレイはホーンラビットを捌いていく。こいつにはたくさん使える素材がある。どうせならいつもよりも丁寧に捌いて、イリスに説明してあげよう。

 そんなことを思いながら、ミレイは地面に広げた大きな布の上に素材ごとに分けていく。


 ちょうど捌き終えた頃にイリスが近くへやってきた。どうやら眩暈も落ち着いたようだ。捌いた素材をまじまじと見つめているイリスは、動じることなくミレイに話しかけた。


 「ホーンラビットを捌いたんですね」

 「そうだよ。基本的に倒したままにしておくとあまり良くないんだ」


 そう優しくミレイは答えてくれた。


 これはホーンラビットに限っての事ではなく、魔物を倒したまま放置する事はあまり望ましい行為とされていない。この辺りでは問題ないのだが、場所によってはその魔物の血で他の魔物を呼び寄せる事も考えられるからだ。特に小さな集落や村などの近辺で捌くのは危険とされている。

  これはそこまで嗅覚も鋭くなく草原は広いため、あまり問題にはならないが、場所によってはそれが危険な事態を招いてしまう場合もある。


 故に魔物を倒した後は、捌き、使わない血や中身などは土に埋めていくのが常識となっている。

 それでも、埋めたものを掘り起こしてしまう魔物もいるが、その場所の周囲にかなり近づかないと気づかれ難くなるために有効な方法とされている。


 そして、基本的に魔物の素材の多くは有効利用する事ができる。もちろん魔物の種類によって、使えるものと使えないものがあり、同じ部位の素材であっても別の使い道をするものも多く存在する。


 ホーンラビットで言うならば、まずは肉。これは多少堅いが美味とされている食材だ。多少、獣臭さはあるものの串焼きにして塩胡椒を振るだけでも、相当美味しく食せる食材として多くの人に好まれており、ハーブなどでしっかりと臭みを取りつつじっくりと煮込んでいけば、まるで蕩けるような柔らかく肉汁溢れる料理となる。


 次に毛皮。状態や品質次第ではあるが、これも素材屋が高く買取をしていて、中でも特に毛艶の良いものは高級服としても扱われる素材である。滑らかな肌触りとしっとりとしたその質感に、多くの女性たちに愛されている素材だ。

 今回イリスが倒した際、首に一撃というかなり良い状態で倒すことが出来たため、減額にはならずに買取してもらえるそうだ。


 そして骨。これは少々特殊なものである。ホーンラビットの骨は加工がしやすくとても軽いため、加工職人の練習材料としても扱われている。

 あくまで練習用に使うものなので、基本的に価値はあまり無いが、それでも明日の名工を目指す若き見習い加工職人たちから貴重な素材として好まれながら使われる物であった。


 牙も同様の加工用の練習素材として扱われている。こちらはとても硬く、加工もそれなりの技術が必要となってくるのだが、ホーンラビットの牙には特に使い道が無いため、こちらも若手加工職人たちの技術力向上の為の素材となる。


 最後に角。これはかなり特殊な素材らしい。なんでも角を粉状にしてある素材と混ぜる事で、武具の強化素材として使えるようになるのだとか。

 ミレイは説明してくれるが、一体何に使われているのかは知らないそうだ。ただ、角と肉が安定して買取をしてくれるんだよと、優しくイリスに説明してくれていた。


 残りの血と中身に関しては、さすがに使わないものらしいので破棄するんだとミレイさんは言っていた。

 基本的には倒した場所で解体するか、安全な場所まで魔物を運んで捌くのが主流で、魔物を捌いた場所でその使わないものを地面に埋めていくらしい。

 こうする事で魔物を呼び寄せる可能性をかなり低く出来るのだとか。


 ミレイはその知識をイリスへと教えていくが、イリスにとってこの知識を知ることがとても嬉しかった。これは冒険者の知識だからだ。それをミレイの口から聞けることが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。まるで一緒に冒険をしているような気持ちになってくる。

 もしもミレイと一緒に世界へ旅に出ることが出来れば、これが日常となるのではないだろうかと、大人になってからの先の、今よりもずっと未来の話ではあるのだが、今のイリスにとっては十分すぎるほどわくわくと夢が膨らむ話だった。


 実際に冒険者になるには、まずは身体を鍛えねばならない。魔法に関しても勉強をもっともっとしなければならない。一般的な知識だってまだまだ足りなさ過ぎる。

 このままではとても冒険に行く事はできないし、何よりもまだ将来のことをイリスは決めかねていた。


 そんなもやもやしていた気持ちをミレイは察し、今はゆっくり将来のことを考える時期でいいんだよと言ってくれた。でも冒険者も視野に入れるなら、今のうちから鍛えておいたほうが良いんじゃないでしょうかとイリスが聞くと、本気でなりたいと決めてから鍛えた方が、下手に怪我をしなくて良いんじゃないかなとミレイは言った。


 「一朝一夕で手に入る力ではないからこそ、慎重になるべきだとあたしは思うよ」


 その言葉に納得できたイリスは、まずは将来のことをじっくり考えてみようと思った。焦らず、ゆっくり自分のしたい事を見つけようと。


 お薬屋さんになるにしても、冒険者さんになるにしても。……魔法学者なんてなりたくないので忘れよう。

 どの道に進んだとしても、おばあちゃんもミレイさんもきっと私を信じて応援してくれるから、のんびりゆっくり前に進んでいこう。



 捌いた素材をミレイが袋に包み終えた頃、さっきの魔法の話題になっていった。口数が少なかったミレイはもうそこにはいなく、いつも以上に楽しそうに話すお姉ちゃんがそこにいた。肩の荷が降りたような、そんなすっきりしとした優しい笑顔のようだった。


 「それにしてもさっきの魔法はすごかったねー。あたしじゃあんなの使えないや。あの魔法はハリスくらい強かったんじゃないかな」

 「ふふっ、さすがにそこまで強くないと思いますよ」

 「ううん、ハリスは大技ばっかりじゃないからね。乱戦になった時も冷静に周りに影響が無い魔法を使いこなすから、さっきのイリスが使った魔法みたいなのも普段から使うんだよ」


 そうなんですね、火属性って言うと広範囲、高火力の魔法ばかりって想像してました、とイリスが答えると、あはは、それもあるんだけどね、それだけだとパーティーの迷惑になっちゃうからとミレイは説明してくれた。


 魔法とは強大なものというイリスの考えは当たっている。それが顕著に表れるのが火属性と言われており、その文字通りの火力は凄まじく、人が攻撃できる範疇を軽く越えてしまうほど強い。

 それをどう使うかがとても難しいと言われる属性でもある為、現在世界にいる火属性魔術師のほとんどは、ハリスのような大火力魔法をあまり使わない傾向も見られるほどだ。魔物と対峙して味方を退治しては意味が無いのだから。


 そんな中、イリスは先ほどしてしまった失敗談を話し始める。いくら攻撃の意思を示すためとは言っても、使った事すらない攻撃魔法に加え、言の葉(ワード)を初めて二つも入れるという大変危険な行為をしてしまったからだ。


 あの時はなんとか強烈な眩暈だけで済み、意識を刈り取られずに済んだが、これは結果論だ。一歩間違えば大変な事どころか、取り返しのつかない事になりかねないとイリスは思っている。

 そんなイリスをミレイは優しい言葉でそうとも言えないんだよと教えてくれた。イリスにとってそれは首を傾げるには十分な言葉の返しだった。

 これはあたしの考えだけどねと先に言いながら、その事を説明してくれた。


 「イリスが思うように、いきなり使った事のない魔法を実戦で使うのはとても危ないよ。でもね、それは独りの場合、とも言い換えられるんだ」

 「独りの場合、ですか?」

 「そうだよ。独りでさっきみたいな試した事のない魔法を使うのは、最悪の事態に限っての場合だと思う。つまり『ここで倒さなければやられてしまう』っていう時だけに使う魔法だと思うよ。何より今はあたしがいるからね。イリスは独りじゃないから、そこまで考え込まなくて良いんだよ」


 そういうものなのでしょうかとイリスが聞くと、そうだとあたしは思うよと優しく答えてくれた。


 誰かがパーティーにいる場合、それは然程(さほど)気にすることはない事もある。なぜならパーティーが他に傍にいるからだ。例え意識を喪失したとしても仲間が守ってくれる。自分に出来ない事を別の誰かがする。これは何事においても言えることだ。それは誰かの変わりではなく、お互いを補い合う関係という意味でもある。


 冒険者には常に危険が伴う。それはつまり命の危機に脅かされ続けるという事だからだ。いつ何時、自分達よりも強い魔物が出るかわからない。一瞬の迷いや気の緩みが命を失うという事に直結してしまう。


 そんな中、ひとりの魔術師が自身の力を使い果たして仲間を守ろうとする事のどこに非があるというのだろうか。

 彼は命がけで俺達を守ってくれた、ならば気を失うほど力を尽くしてくれた仲間を守るのは当たり前の事であり、その行いに感謝こそすれ、非難する事こそありえないのだとミレイは言った。


 「仲間を信じて、自らの限界すら超えて、いま出来得る全てを使い仲間を守る。これは仲間を信頼(・・)しているって事だと、あたしは思うんだ」


 信頼。その言葉を聞いたイリスは心が温かくなっていった。


 そうか、自身に出来る事をすればいいんだ。無茶をする必要はないけど、時と場合によってはそれも必要なのかもしれないとイリスは思っていた。

 そうだ、今使わなきゃって場合がきっとあるんだ。そんな時、迷ってしまったら、その短い間に悲しい事が起こってしまうかもしれない。

 それなら私は、その時に出来得る最大の事をするべきなんだ。人の命は決して代えることが出来ない尊いものなのだから。


 とても美しく、気高くも見えるその瞳に映るどこか決意にも似たイリスの想いを、ミレイは優しく見つめ続けていた。



 空を見上げた少女は、その高く浮かんでいる雲の流れを見つめ、風を感じるように瞳を閉じた。

 身体に触れる暖かな春の風を心地よく感じながら、どこまでも果てしなく続くかのように見える草原の中を立ち尽くしていた。


 そしてこの日がイリスにとって最初の、本当の意味での冒険の始まりだったのかもしれない。


 未だに少女が抱く魔物への恐怖心が拭い去れた訳ではない。何か特別な力に目覚めた訳でもない。

 それでも小さな少女にとって、それはとても大きな、そしてとても重要なものを見つけられたような、そんな気がしていた。


 魔物はまだ怖い。それは変わらない。もしかしたら克服なんて出来ない事なのかもしれない。でも――。


 「さあ、帰ろうか」


 優しい姉の言葉が聞こえた。少女はゆっくりと瞳を開け、声のする方へ向いていく。そして満面の笑顔でそれに応えた。


 「うん! 帰ろう、お姉ちゃん!」



 それでも、ミレイさんと一緒ならどこへでも、ううん、どこへだって行けそうな気がする。

 この広い広い世界を旅する事だって、もしかしたら出来るのかもしれない。


 そんな思いを馳せながら小さな少女は、どこまでも果てなく続くかのような草原を大切な姉と二人で歩いていった。



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