"奇跡の御業"
とある国の大通りに佇む一人の女性。
人口は凡そ二万人と言われるほどの、とても大きな国だ。
しかし、それだけ多くの人達が生活をする国でさえも誰もが歩くことなく、まるで一点を見つめるように空を見上げていた。
多くの者達と同じように、ひたすらに空を見続ける女性。
白に近い金の髪と薄い金の瞳。背中まで伸ばした髪を綺麗な銀のバレッタで留めているその美しい女性は、空から絶えず降り注ぐ、まるで宝石のように輝く白銀の雪を見つめながら涙を流し続け、誰にも聞こえないほどのとても小さな声で呟いた。
「……こんなにも素晴らしいことを成し遂げたのに……それが、理解できるのに……。
……どうしてなのかしら……。どうしても褒めてあげることが……できそうにないのは……」
その声色は、とても強い悲しみに包まれているもので。
まるで悲しみに押し潰されてしまいそうになるほど、とても辛そうなもので。
そう言葉にした女性の切なる想いは誰に聞かれることもなく、穏やかな風が吹く優しい世界にたった独りで佇むかのように空を見つめながら、止まらない涙を流し続けた。
彼女を知る誰もが空を見上げ、彼女を想いながら涙する。
これを成したのが彼女であることを悟るように、理解しながら涙する。
誰に言われるまでもなく、そう魂が告げているかのようにも感じられた。
それはとても不思議な感覚ではあるが、確かにそう思えてならなかった。
絶望の闇を打ち払った偉業を成し遂げたのだと誇らしく想う一方で、どうしても彼女を褒め称えることはできそうにないと思えてならなかった。
たとえそれを成したとしても、たとえ魔王を退けたとしても。
それを素直に喜び、彼女を褒めることなど、彼女を知る誰もができそうになかった。
偉業となることを成した彼女を知らぬ者は、誰もが想う。
あぁ、今自分が目にしているものこそ、女神アルウェナ様の奇跡だと。
女神様の起こす奇跡の御業を、自分達は今、目の当たりにしているのだと。
舞い落ちる破滅の闇を掻き消していく白銀の雪のような光は、とても神々しくて。
それは優しさと温かさを感じる、穏やかな安らぎに満ち溢れたもので。
手のひらで受けると溶けるように消えいく姿は、何ものにも代え難いほど綺麗で。
そのあまりの美しさに、人々は立ち竦みながら涙した。
その光景を優しい笑顔で見つめながら、表情を崩すことなく涙し続けた。
その日、世界中の人々が等しく涙する。
ある者は、世界に降り注ぐ白銀の雪の美しさに。
ある者は、世界に覆われていく優しくも温かい光に。
ある者は、世界に突如として現れた輝く大樹の雄大さに。
人々はその光景を見続け、ただの一言も口を開かずに立ち尽くし、瞳を見開きながらただだた涙を流し続けた。