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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十九章 誰もが笑って、幸せになれる世界を
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"白銀の雪"

 その日、世界は闇に覆われた。


 全てを塗り潰すかのような漆黒の空。

 生きとし生けるものを否定するかのような絶望。

 美しい青い空は見る影もなく、消し去られてしまった。


 今まで体験したことも、話に聞いたことすらないほどの大振動に泣き叫び、取り乱していた者達ですらその光景に瞳を見開いて、吹き出す闇の柱を見つめ続けることしかできずに呆然と"魔王の顕現"を見続けた。

 天にまで届かんばかりの闇に誰もが希望を見出せず、己が未来を悟る。


 その先に待つのは"死"ですらない。

 魂すらも消失させる"終焉"だと、誰もが悟る。


 誰に言われるまでもなく、本能でそれを理解する。

 人如き矮小な存在では、もうどうしようもないことだと。

 人ならざる崇高な者でなければ、どうしようもないのだと。


 世界中の誰もが絶望しながらも想う。

 世界中の誰もが自らの死を確信しながらも願う。

 世界中の誰もが終焉に強く怯えながらも祈る。


 この世界を見守る女神アルウェナに助けを請う。

 この世界には存在しない架空の女神に救いを求める。


 しかし、懇願する世界中の人々を嘲笑うかのように、漆黒の空から舞い落ちるは全てを塗り潰す闇の雪。遙か上空から無慈悲に襲い掛かる、終焉を齎す破滅の雪。

 肉眼では未だ見ることはできなくとも、誰もがそのおぞましい光景を確信する。

 言い伝えですら聞いたことがなくとも、誰もが未来のない絶望に強く震える。


 終わりだ。

 そう誰もが胸中を吐露する。

 その言葉に誰もが取り乱すこともできずに、ただただ震えていた。


 どこに逃げようと、たとえ強固な城に逃げようと、結果は変わらない。

 全てを消失させる雪には何の意味もなさない。

 全てを終焉させる"魔王の降臨"に抵抗など無意味だ。

 破滅に触れる瞬間が遅いか早いか、その程度でしかない。


 己が運命を悟るかのように、力なく地に膝をつく。

 男も、女も、子供も、老人も、馬でさえも。


 世界中にいる全ての者が、力なく地に膝をつく。

 魔王を前に抗うことなどできるわけがない。

 その姿はまるで魔王に屈したかのようだった。



 再び大地を大きく揺らすが、圧倒さている人々は声すらもあげられなかったようだ。

 己が死期を悟っているのだ。地が揺れようが、大地が裂けようが命運は変わらない。

 漆黒の雪に触れずとも、終わるまでの時間が多少早くなる程度に過ぎないのだから。

 そういった認識しか持てない人々は、空へと立ち昇る闇をただひたすらに見続けた。


 大地の揺れは尚も続き、地上から空へと昇る四つの光。

 闇の空を包み込むかのような優しい黄蘗色をした光に、人々は大きく困惑する。


 世界中の、それもとても限定された場所から光は放たれているが、それを眼前で目視できた者達がいたのは、大陸東にある国のみとなる。

 今現在でも読むことのできないと言われている石碑を、眩い光で包み込む謎の現象は、終焉の闇を頑強な建造物の中からも感じていた人々でさえも、目を逸らすことができず視線を釘付けにしていた。


 その現象に推察を立てる事のできる者達が十数名、石碑の前でそれを見続けていた。

 一際立派な衣を身に纏い、とても優しい眼差しを大きく驚かせながら、その現象を瞬きもせずに見据える老人は、ぽつりとある人物の名を言葉にする。

 とても小さく放ったその名は、真隣にいる高齢の男性には聞こえてはいたが、その後ろで同じように見つめる神官達や、石碑を見学していた者達には届かなかったようだ。


 天を貫くかのような光が空へと向かうが、光は建造物を優しくすり抜けていた。

 それが何を意味するのか、アルエナの名を知る彼らにも正確なところは分からない。


 ただ、唯一分かることは、その現象を成した人物の姿。

 あの日この石碑が持つ理由を伝えてくれた女性が、この件に深く関わっていること。

 その程度でしか分からないことに歯痒さを覚えるのは、彼女が成そうとしていることに、ただならぬものを感じ取っていたからなのかもしれない。


 続けて光を強く放つ石碑は、その上部から空へと溶け込むように消えていった。

 音もなく消失していく姿に、まるで全ての役目を終えたかのように空へと還ってしまったように見えたと、その光景を間近で見続けていた者達には思えてならなかった。


 同時に、眩いばかりの光が世界を照らし出し、人々は目をすぼめる。

 突如として湧き上がる白銀の光は、闇の柱を飲み込む閃光となって空へと上がった。

 空を覆い尽くさんとするかのような漆黒を、まるで悪意のすべてを赦し、優しく包み込みながら闇を打ち払っていくようだと、それを目の当たりにした者達は思う。

 床に伏しながらも室内で闇を感じ取っていた者がいるように、空を、そして世界そのものを抱きしめるかのような慈愛の光を目で見ずしてそれを感じ取れる者がいたのも、それを魂で理解していたからなのかもしれない。


 美しく光り輝く白銀の光は、やがて全ての闇を消し去るように空へと広がり、とても小さな白銀の雪をゆっくりと降らせていく。

 世界に穏やかな光が差し込み、闇が払われるかのように、雲ひとつない美しい青空が広がっていた。


 再び大地を大きく揺らすも、これまでとは全く違う気配を人々は感じていた。

 まるで生命の鼓動のようだと思えてしまう、とても強い揺らぎ。

 温かな息吹に触れているかのようにも思えてしまう。



 空へと昇る光は、次第に落ち着きを見せていく。

 時を同じくして、奈落と呼ばれた場所に立つ数名の者達は、彼女の気配を完全に感じなくなってしまったことに大きく戸惑いながらも、眼前に突如として現れたものを見つめていた。


 世界の果てに現れ出た、巨大な柱。

 あまりの大きさと近さに何が現れたのか理解できなかったが、目の前に出現したものは真っ直ぐと空へと向かって伸びる大樹の幹だと、ようやく思考が追い付いたようだ。

 煌く白銀の幹と、白銀の葉を多く茂らせたとても美しい大樹は、どことなくあの廃墟となってしまった街に佇むスラウのようだと、間近でそれを見つめる者達は思う。


 だとすると、コアを抱き抱えるように幹が存在しているのだろうか。

 この大樹を世界に出現させることが、彼女の成したかったことなのだろうか。


 そう思いながら言葉を発することもできずにいると、空から光が舞い降りてきた。

 白銀色の、とても美しくも細かな雪のような優しい光を放つ結晶体。

 世界中を優しさで包み込むように舞い落ちる光は、静かに大地へと向かう。


 魔王の存在が消え去り、後に残るは光り輝き、穏やかな風が頬を撫でる優しい世界。

 世界にいる誰もが建物から外へと向かい、その美しく煌きながらゆっくりと降り注ぐ白銀の雪を見つめて涙した。

 その姿はまるで、女神が降臨されたかのような神々しさに思えてならない世界中の人々は、瞬きすることなく光を見続け、ただただ涙した。


 絶望の闇を慈愛の光で覆った煌きは何よりも美しく綺麗で、曇りのない青空を見つめながら、その降り注ぎ続ける白銀の光を見た誰もが立ち上がり、ただの一言も口にすることなく涙を流し続けた。

 零れ落ちる想いを拭うことなく涙を流し続けた。

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