表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十九章 誰もが笑って、幸せになれる世界を
530/543

"誰もが笑って、幸せになれる世界を"

 世界の中心へと向かうイリスに、噴き出し続ける凄まじい負の感情が襲いかかる。

 まるで、巨大な意思によって動かされているとも思えるような想いを感じてしまう。

 触れただけでただでは済まないほどの高濃度のマナに、イリスは臆すことなく進み続けていく。


 それを可能とした力、"想いと願いの力ウィシーズ・フィーリングス"。

 "願いの力"ですら人の領域を大きく逸脱していると思えるほど強大な力ではあるが、この力はそれ以上に凄まじいものとなる。

 新たに手にしたこの力に身体が耐えられなくても、イリスの成すべきことは不可能となっていたが、これだけ強く発現しても無事でいられることもまた、彼女であれば対処ができるとコアが判断したのかもしれない。


 そんなことを考えていた彼女に、声が聞こえてきた。

 それはとても懐かしいと思えてしまう声で、純粋に心から逢いたいと思えてしまう人達の声だった。




『自分を万能と思ってはだめよ。

 人には出来る事と出来ない事がある。

 これは決して変わらないと私は思うわ』


 そうだね、おばあちゃん。

 人にできることは、とても限られてる。

 もしかしたら、できないことの方が多くて、悲しく思う人もいるかもしれない。


 でもね、できることもたくさんあると思うんだ。

 たとえ命を救うことができなくても、笑顔でありがとうって言ってもらえたの。

 きっと薬師は、そうやって人のために行動することが大切なんだと私には思えるの。


『人は神様じゃないもの』


 そうだね。

 それはどうやっても変えられないものだよね。

 だからこそ人である私達は、自分にできることをしていけばいいと思うんだ。

 一歩ずつ前へ、前へと進むことだけで、きっとそれだけで人は十分なんだと思うんだ。


 それにね。

 人には想うことで力に変えられる、とても凄い力を持ってるんだよ。


 誰かのために、何かのために行動すること。

 "思いやり"と呼ばれる想いの力で、日々の暮らしの中で誰かに手を差し伸べてる。

 家族であったり、友人であったり、見ず知らずの人であったりと、人によって違うと思うけれど、していることはみんな同じことなんだと私には思えるの。


 "想いは力"になるんだよ。

 それは魔法じゃなくても言えることなの。

 だからね、想いが強ければきっと、無限大の力を引き出せると思うの。


 人にはそれができるの。

 良くも悪くも、想いは世界を動かし、世界は想いで溢れているんだよ。




『人のいない世界! これこそが世界の浄化に繋がるんだ!』


 とても悲しいけれど、それもきっと、ひとつの答えなんだと思うよ。

 人がいなければ世界が安定するという考えは、悲しいけれど正しいと思う。


 人が世界に居続ければ、いつかは必ず同じことを繰り返すのかもしれないね。

 人は強欲で、猜疑心も強くて、恨み、羨み、蔑み、嫌悪し、妬む愚かな存在だって、もうひとりの私は黒いマナに()てられて、そう思えたんだよね?


 争い合い、奪い合い、時には相手の命にすら手をかける。

 悲しみは世界に広がり、嘆きの中、武器を持つ。


 誰かの為に、別の誰かの命を奪う。

 誰かを救うために、別の誰かを犠牲にする。

 これが、人の本質なのかもしれないね。


 そんな存在は世界にはいらないって、そうあなたは思ったんだよね?

 全ての人をいなくすれば世界は正常化すると、本気であなたは思ったんだよね?


 でもね、それはとても悲しくて、とても寂しい答えなんだよ。

 人がいなくなってしまえば、きっとひとりぼっちになっちゃうんだ。


 誰もいない世界。

 それは孤独と虚しさしか残らない、とても寂しくて悲しい世界だと私には思えるの。


 だからね、私はその道を選びたくはないの。

 あなたにも理解できていたよね。

 私達の大好きな風をその身に受けながら、私達は笑顔になれたんだもの。


 大丈夫。

 大丈夫だよ。


 私はその道を選ばない。

 人のいない世界は、消滅した世界と同じくらい悲しいと思えるから。

 大切な人達がいるこの世界を、私は心から愛しているから。

 大切な人達を、もう誰一人として失いたくはないから。




『アレは魔物で、あたし達の敵だ。

 理屈なんて通じないし、ましてや話なんて絶対に聞かない存在だ。

 だから、躊躇っちゃだめだ』


 ありがとう、お姉ちゃん。

 お姉ちゃんは私のことを心配して、覚悟を持たせる為にそう教えてくれたんだよね。


 でもね、違うの。

 そうじゃなかったんだよ。


 魔物は人の変わりにマナを受け止めてくれていたの。

 それはとても黒いマナのような強烈なものではないけど、それでも姿形だけでなく、性格までも強制的に変えてしまうほどの強いものを浴びて変化してしまった動物なの。


 確かに人に牙を向けて襲い掛かる存在だけど、それは決して悪じゃないの。

 ただ、感情が抑えきれずに、自分の意思とは違う行動をしてしまっているだけなの。

 魔物になってしまった動物達は、自分でも抑えきれない衝動に突き動かされているだけなんだよ。


 だからね、必要以上に魔物を敵視することは良くないと、私には思えるんだ。

 それもきっと、これから証明することができると思う。

 お姉ちゃんにもきっと分かってもらえると思ってるんだよ。




『我々は負けたのだ。

 眷属にも、人々の想いにも、時代の流れにも』


 そんなことはありません。

 八百年もの歳月を経ても尚、その尊い想いは受け継いでいるのですから。

 ヴェネリオ様達リシルア元老院の皆様が、それを証明されているじゃないですか。


 だから大丈夫です。

 今も、昔も、負けてなんていません。

 真実を語らないことで安寧を保ち続けている皆様がいてくださる限り、リシルアは武力で解決するような国には決してなりません。


 きっと私達が思っている以上に、世界には善意の想いが溢れているのですから。

 それこそが、八百年という途方もない未来にまで戦争が起こらず、人も犠牲になることはなかったのですから、きっともう、大丈夫なんだと私は信じています。




『どんな形であっても、誰もが笑って幸せになれるもんなんて、無いんじゃねぇかな』


 本当にそうかもしれませんね、レナードさん。

 世界中の人すべてが幸せになる方法なんて、存在しないのかもしれません。


 人はそれぞれ、違った心を持つのだから。

 自分が正しいと思うことは、相手にとってそれが正しいとは限らないのだから。


 きっと、誰もが等しく幸せに感じることなんて、存在しないのかもしれません。

 子供染みた考えで、我侭で、身勝手で、自己中心的な考えなのかもしれません。


 でも。

 それでもいいじゃないですか。

 そんな世界を夢見てもいいじゃないですか。


 夢みたいな世界で人が幸せに暮らせるのなら。

 子供染みた願いでもいいじゃないですか。

 誰もが笑って、幸せになれる世界に、少しでも近づけるのなら。


 そこに、同じ理由で人々が幸せになる方法を考えるから答えが出ないんだと、私には思えたんです。

 人は、それぞれに違う価値観を持つのだから、それぞれが幸せになれる方法で笑顔になればいいんだと、私には思えたんです。


 そのために私は、できるかもしれないことを試してみようと思います。

 すべての人が幸せになれる方法ではなく、より多くの人が幸せに思ってくれるかもしれない方法を、私は試してみようと思います。


 誰もが笑って、幸せになれる世界を目指して。


 夢物語みたいな話に聞こえるかもしれませんが、それでも私は、まず信じてみようと思うんです。

 信じて、前を向いて望みに手を伸ばせば、届くかもしれないから。

 きっとそこからすべてが始まるんだと、私には思えるから。




 やがて黒い闇の中から光が僅かに煌く場所が見えてきたイリス。

 徐々にそれは巨大なものとして、その姿を現していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ