"私にできることを"
大地を揺るがす途轍もない揺れに、一同は両手をついたまま立ち上がれずにいた。
今まで体感したこともない震えは、世界全土が揺らいでいると確信するほどに凄まじいものだった。
そしてシルヴィア達は同時にそれを感じ取る。
これは地震と呼ばれるものとは明らかに違うと。
思い起こすのは最悪の現象。
大地から噴き出し、シルヴィアを飲み込もうとした悪しき事象。
まさかと息を呑みながらも、彼女達は全力でそれを否定する。
そんなことはありえないと。
仮にイリスの言葉が全て正しかったとすれば、今までの常識を大きく覆してしまうことになる。だからそんなことはありえないとシルヴィア達は思う。
イリスがもし正しいのであれば、それはまるで世界に意思があるようではないかと思えてしまうのだから。
しかし、それが真実だと、眼前の女性は大振動に怯むことなく立ち続ける。
揺れの影響を全く感じさせないほどの表情を見せる彼女は、右手を胸の高さまで上げると魔法を発動していった。
「――"魔法連結"」
イリスの詠唱と同時に強烈な何かを背後に感じ取り、立ち上がれないまま視線をそちらへと向けていくシルヴィア達。
遠くに見えた黄蘗色に発光するその場所に思い当たるファル達は、強く言葉にした。
「――光!? まさかあの位置は石碑なの!?」
「なんだ!? これは!? 何が起こっている!?」
「イリスちゃん!? 何をしようとしているのですか!?」
勢い良くイリスへと振り返るネヴィアは、叫ぶように親友へ尋ねると、イリスは表情を変えず、美しい姿のまま微笑みながら話した。
「大丈夫です。皆さんなら、これから先も、歩いていけると信じていますから」
「……何を言って、いるんだ…………何を言ってるんだイリス!!」
「どういうことですのイリスさん!!」
これまで聞いたことがないほど、とても強く言葉にするロットとシルヴィア。
しかしイリスは、そんな二人の問いに答えることはなく微笑み続ける。
凄まじい揺れに動くことすら困難な仲間達へ、イリスは持ち得る最高の力で大切な家族を保護する力を発現させた。
白銀の優しい光に覆われた仲間達を確認し、目を細めながらイリスは話した。
「"願いの力"ではなく、"想いと願いの力"で皆さんを保護しました。
たとえ漆黒の雪に触れたとしても、耐えることができるはずです」
とんでもないと言えてしまう状況の中、静かに言葉にするイリスは話を続けた。
これから私は核へと向かいますと、仲間達には理解し難い言葉を言い放った。
彼女の言葉に、ひどく混乱してしまうシルヴィア達。
彼女が一体何を言っているのかですら、理解が追いつかない。
錯乱しつつある仲間達へ、イリスは静かに話を続けた。
「大丈夫です。私は、私にできることをするだけですから」
そう言葉にしたイリスは、続けて何をしようとしているのかの大まかなことを仲間達に伝えていく。だが、流石にもう、詳しく説明するだけの時間の余裕はない。
それほど時間をかけずして、地中から"魔王"が顕現するだろう。
これからのことを話していくイリスだったが、彼女の想定していたように仲間達から猛反対されてしまった。
怒りすら向けているようにも思えてしまう大切な家族に、とても嬉しそうな表情を向けた彼女は答えていく。
「……皆さんならきっと、叱りながらも引き止めてくれると思っていました。
皆さんは本当に優しいですから、必ずそう言ってくれると思っていました」
だからここまで言うことができなかったんですと、満面の笑顔で言葉にするイリス。
その瞳にはとても強い決意と覚悟が窺い知れるものがあり、奈落に来る遥か前からそうすることを決めていたのだと今更ながら思い知った仲間達は、愕然としながらも何か言葉にしようと口を開いていく。
しかし彼女の覚悟を目の当たりにし、何も言葉が出てこずに目を丸くしたまま口を開閉させるだけの自分達の不甲斐なさに苛立ちを非常に強く覚えながらも、続くイリスの言葉を静かに聞くことしかできなかった。
「これは、私が成すべき、この世界でも私にしかできないことですから。
レティシア様とも、アルエナ様とも、メルン様ともお話をして決めました。
皆様は私に敬意を払って下さいましたが、それは私の方なんです。
レティシア様がいて下さったから"真の言の葉"を手にし、エデルベルグの存在とフェルディナン様への想いをを知ることができました。
アルエナ様がいて下さったから世界に何が起き、その命を賭して世界を護った英雄の皆様と、この世界を救おうとしたアルル様の想いを知ることができました。
メルン様がいて下さったからエリエスフィーナ様の想いと、世界にこれから起こるであろうことを知り、ここまでの旅でその対応策を十分に考えることができました。
そしてそれは、皆さんにも言えることなんです」
そう話す彼女の表情はとても美しく、まるで女神のような神々しさで言葉を続ける。
その姿に最早何も言葉にできなくなってしまった仲間達は、静かに彼女の話に耳を傾ける。揺れる大地に手をつき、ただただ呆けながらイリスの話を聞き続けることしかできない彼女達へ、心を込めて言葉にした。
「皆さんがいて下さったから成し得たことで、共に旅をして、様々な想いを分かち合ってくれたからこそ、私は今、こうしてこの場に立つことができているんです。
私ひとりではどうしようもありませんでした。途方に暮れて、たとえ同じようなことをしようとしても、成功することはないでしょう。
だから私は、皆さんに心から感謝をしています。私にとって皆さんは、私を支えてくれた最高の仲間で、何ものにも代え難い大切な家族です」
そしてイリスは満面の笑みで言葉にする。
その言葉に涙が溢れる女性達と、未だ現状が把握しきれない男性達だった。
「ありがとうございます。これまで私を支えてくれて。
ありがとうございます。これまで私の傍にいてくれて。
誰もが笑って、幸せになれる世界を創るために、私にできることをしてきます。
世界中の人の命を背負うことは私にはとても荷が重いけれど、レティシア様達もお力をお貸し下さいますからきっと成功します」
まるで離別に聞こえてしまう話を続けるイリスに言葉をかけようとした瞬間、それを遮るかのように、凄まじい勢いで奈落から漆黒の闇が天に向けて噴き出していく。
空を射貫かんばかりに天にまで上り詰める闇の柱は、シルヴィアを襲ったそれとは比べ物にならないほどおぞましい気配をびりびりと感じる。
途轍もない力の奔流を感じるそれは、ひとたび触れてしまえば肉体すら残さずに消し去ってしまうことを、本能的に認識させられた。
こんなものが大地に降り注げば、人など耐えられるはずがない。
それを一瞬で理解させられたシルヴィア達は、心底震えていた。
そんな仲間達に『大丈夫ですよ』と優しく微笑みながら言葉にしたイリスは踵を返し、仲間達から離れていく。
思考が真っ白になりながらも、必死に自分でもできることを模索するも、何ひとつ碌な考えが浮かばない彼女達は、無力さを噛み締めることだけしかできなかった。
右足の先を奈落へと触れたイリスは振り返り、大切な家族へ満面の笑みで話した。
「いってきます」
ふわりと背後に飛ぶように奈落へと飛び、イリスは満面の笑みのまま、仲間達の視界から見えなくなった。
泣き叫ぶような声をあげながら必死に地を手足で駆け、彼女の姿を確認する仲間達。
だが、大切な人の姿はそこにはなく、その場に崩れて瞳を大きくしながら涙を流し、呆けることしか仲間達には許されなかった。
背後に置かれたセレスティアとミレイのダガーが輝き、まるで涙しているように見えるが、想いを流し続けながら奈落の底を見つめ続ける彼女達が知ることはなかった。